第44話 実験場

 結局その日の夜は、俺の爆睡により事なきを得た。目が覚めるとソフィーは横で不貞寝していた、当然だろう結婚初夜に夫が爆睡していたのだから…。

 実際何度か起こそうと試みたようなのだが、昨晩の俺の眠りにはそんな甘いものではなかったそうだ。だが、この話はここで終わらなかった、今日は肉体を纏ったままで過ごすよう厳命されたのだ。

 今夜は流石にマズいかもしれない。俺はこの屋敷に来てからそういった処理を一切していないのだ、心にも体にも余裕などなかったからな。

 下の見学から戻ったら、すぐに話をするべきだろう。薄着のソフィーを見ただけでちょっと反応していたし、暴発したら目も当てられん。

 

 本来なら百年の恋も冷めるような出来事なのだろうが、彼女の場合百年くらいどうということも無いようだった。千年間も拗らせ発酵し熟成された恋心は、俺が推し量れるような代物ではないのだろう。

 冗談はさておき、機嫌の悪いソフィーを宥める頭を撫でたり、体を少し強めに抱き締めたり、終いには唇にキスをしてみた。真っ赤にになるソフィーは機嫌の悪さなど、どこかに行ってしまったようだ。しかしこの誤魔化し方は両刃なので危険だ。

 食堂へ向かうことにした、扉を開け廊下を歩くのは三日振りくらいだ。途中でお豊とウサオを拾おうかと部屋を覗いたが、既に居なかった早速修行に出掛けたのだろう。食堂にだろうけどな。



「おはよう」

 挨拶をして席に着く。変則的にだが今日は飯が食えるのだ、嬉しくて笑顔になる。

 ソフィーは軽く会釈をしただけで隣に座った。

「あら、おはよう」

 挨拶を返したのは先ぱいだ、頼むから変なことは言ってくれるなよ。

「おはようございます、お兄ちゃんのご飯も準備しますね」

「おはよう、旦那」

 色々省略しすぎなお豊の挨拶だがまぁいいか、リタちゃん発言が一番怖かったのだが無事に済んだし。

 二人が配膳してくれる、品数が多いが昨晩の余りだろうか。


 配膳を終え席に着いた従者二人、大人しく飯でも食おうかと思った矢先、リタちゃんの発言で台無しになる。

「ソフィーリア様、昨晩はお楽しみでしたか?」

 口にしてみたかった言葉なのだろうか、してやったりという顔をしているリタちゃん。爆弾落としやがった!

 ソフィーは顔を真っ赤にして俺の右腕を叩く、否、これは殴っている。涙が垣間見える、心と腕が痛い。

「リタ、その話は控えなさい」

 珍しく先ぱいが制止してくれた。

「申し訳ございません」

 リタちゃんが謝罪することで場は収まったのだが、空気が悪い。


「この後、下の見学に行くんだけどさ、弁当作ってもらえないかな?」

 相手を特定せずにお願いしてみる。

「お弁当でしたら私が腕によりを掛けて作りますね」

 ソフィーが名乗り出た、気合が入っている?

「じゃ任せるけど、そんな大層なものでなくて良いからね」

 気合入れて何段もある重箱を積み上げられても困る、普通のお弁当が良い、握り飯だけでもいい。

「では、早く食事を済ませてしまいましょうか。私と豊もお手伝いします」

「あ、ああ、手伝うよ」

 リタちゃんは空気を読んだ上で、敢えて爆弾を落としているのだろうか?侮れんな。





 朝食時にはあんなこともあったのだが、無事に下にやって来た。

 ただ今居る場所は、その上空に位置している。


「なんだこの違和感の塊のような世界は」

 俺の第一声だ。サバンナに似た風景と云えばいいのか、見渡す限りの草原と遠くに見える林だか森。

「何かが足りないような気がしますね」

 ソフィーも同じように感じるらしい。

「何よ! 文句言うなら帰るわよ」

「まあいい、降りてみようぜ」



「ここがいいわね、ほらよく出来ているでしょ?」

「良くは出来ていると思うが、何かおかしいんだよ」

 地面に触れて、土を手に持ってみた。土というより砂だな、しかもカラカラに乾燥している。

 わかった! 水だ。上空から俯瞰した限り、川や湖なんかが一切見当たらなかった、水場が一切ないのに人間や動物?が生活している。

「わかったぞソフィー、水が無いんだ。ついでに山も無い」

「どうなっているの? サ…」

 なんだ?先ぱいがソフィーを睨んだように見えたが。


「井戸を幾つか掘ってあるわ」

「相変わらずだな…。なんでこの文化レベルで井戸があるんだよ?」

 石器時代もよく保ってると言いたくなるな。

「なんでって、水がないと文明が花開かないって教わったから」

 誰かに指南されたような言い方だな。

「それは正しいと思うよ、まあいっか今は上手く回っているみたいだし」

 やめた、意味を成さない気がする。この世界はこういうものなのだ、先入観に囚われた眼で観てはいけない。

「そうですね、ここは彼女の管理下にありますから。…他も見て廻りましょう」

 流石はソフィー、俺の言いたいことを理解してくれる。



「あそこを見て、小さいけど集落が出来ているのよ」

 先ぱいの指さす先には確かに集落らしいものが出来上がっている。

「あれは例の獣耳か、人間に獣耳がついただけなんだな。でも、人間の耳が残ってるから耳四個なのな」

 単純にくっ着けただけみたいだ、遠近問わずよく聞こえそうだ。

「いけないわ、私としたことが…」

 何か反省を促したようだ。

「手足も獣に似せているのですね」

 よく見てるなソフィー、俺は耳に集中していたよ。



 この世界は何から何まで驚きと呆れの坩堝だ。神様って自由なのな、もう遣りたい放題だ。

 この世界が後にどのような変化をしていくのか、興味が無いとは決して云えない。


 まあでも、やはり実験場だな。命の価値が限りなく軽い、神の感覚とはそういうものなのだろうか?

 俺は甘えを捨てようと考えた直したが、こうは成りたくはないな。俺に実験場は不要だ。

 俺が成ってしまった神とは本当に何なのだろう。

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