第24話
「ほ、本当……? 縄が外れたりしない?」
「うん、ナイフが手元に無いと外れないかな。おっとそうだ、一応確認させていただきますね、司書さん」
一応断わってから、司書さんの服を探る。
念入りに探る。
ナイフなどあったら大変だ。同じ女だから遠慮はない。
隅々まで探る。
……状況が違えば私は変態の仲間入りをしているように見えるだろう。別に好きで触ってなどいない。
特に何もなかった。
とりあえず、このままうつ伏せにしておいても色々と聞くことが出来ない。椅子に座らせよう。
司書さんの背中の服を掴むと引き上げる。女性にいうのもなんだが、結構重い。
今のところ抵抗しようとはしていない。
司書さんは私が引っ張る服を支えにしつつも足を地面にきちんと着ける。立ち上がった司書さんの首の襟の部分をしっかりと持つ。そうすれば、逃げ出そうとしてもすぐに引き倒せる。
「司書さん、一応言いますが、抵抗はしないように」
チラリと隣を見ると、特に感情を浮かべていない司書さんの顔が見えた。先ほど浮かべていた笑顔が一切見当たらない。
そのことに違和感を覚える。何か策があるのだろうか……?
警戒を下げずに司書さんの一挙一動を注意深く見ておかなければ、危ないかもしれない。
司書さんはこの国の生まれじゃないし、特許も持ってないはず。ということは、精霊との契約はしていない。服を探ったときに、精霊の心臓もなかった。
武器もないのに、嫌な予感が消えない。
とりあえず、座らせよう。
キースの席に誘導すると、座らせた。
「キースの縄ちょっと貸してくれる?」
「うん、わかった」
いつの間にか足で蹴ってしまっていたのだろう。そこらへんに落ちていた縄をキースが拾い上げ渡してくれる。
「キース、司書さんの額に指をおいてくれる?」
「僕の指を?」
不思議そうに自分の指を見るキースに簡単に説明をする。
「そうすると立てなくなるから」
「へー……。あ、そうか、なるほどねー。重心が移動できなくなるからそうなるのか」
お、さすが天才。結果を言うだけで仕組みが分かるとは。
キースの言う通りだ。人間は重心を移動しなければ立ち上がることが出来ない。それを妨げられてしまえば、立ち上がることは出来ない。
キースはこちらに近づいて恐る恐る司書さんの額に指を一本置いた。
司書さんは、その指を無感情に見つめている。
「そのままね」
私は司書さんの足を縛り付けた。
「さて、と」
とりあえず、一区切りついたことに息を吐く。これからが大変だが、少しだけ安堵する。
私は隣にある、さっきまで座っていた椅子に刺さっているナイフを抜き取り、手に持った。そのまま司書さんの後ろ首の襟を掴んだ。
「ありがとう、キース。もういいよ」
そう告げると、キースは手を離し私の近くに寄ってきた。
「で? 捕らえたはいいけど、これからどうするの?」
司書さんを見るキースの目は、少しの戸惑いと恐怖がちらついていた。
そんなキースには悪いが、これから司書さんには脱出するのに有利な情報を短時間で吐いてもらう必要がある。例えば、この場所にいる司書さんの仲間の人数とか、他に攫われている人が居ないか、ここの地理など。
仲間がいれば、司書さんの戻りが遅いことに気がついてここに来るかもしれない。さっさとしよう。
「司書さんにはこれから、ここを出るのに必要な情報を吐いてもらうよ。その為に捕らえたんだしね」
「聞いて素直に答える気がしないんだけど……」
まぁ、その時は……。
「なんとかなるよ。では、司書さん、猿轡を外しますから叫ばないでくださいね?」
私はキースに先ほどまで私が掴んでいた襟を掴むように言うと、素直に掴んでくれる。
そのまま、私は司書さんの背後に行き猿轡に手を掛けた。
「あ、そうだ。司書さん叫ぶような素振りや、何か他の余計なことをしようとしたら遠慮なくこのナイフを活用させてもらいますので」
とりあえず、右手に持っているナイフを司書さんに背後から手を回してはっきりと見せておく。
一応司書さんの表情を確認するが、特に変化は無かった。
本気で使うか信じていないのか、刺してもいいと言う覚悟の表れなのかは定かでは無い。
まぁ、本気にするかは司書さん次第なので別にいいことだ。
「じゃあ、外しますよ」
ナイフの持ち手を握りこんで、右手の人差し指と親指は自由に使えるようにして猿轡の一枚目を取った。それは左手に持っておく。今度は前に回り込んで、キースが詰め込んだ布を引き摺り出す。その時に司書さんと目が合う。その目に一瞬何かの感情の色が走ったかのように見えた。
その途端に司書さんが大きく息を吸い込んだ。
「だっ! アグッ!」
すぐに左手を司書さんの口に突っ込む。そしてそのまま右手のナイフを司書さんの太ももに向けて、宣言通りに遠慮なく振り下ろした。
「レイラッ!」
横からの制止に、手に持ったナイフがピタリと止まる。ナイフは少しだけ司書さんの肉に食い込んでいる。そこから少量の赤い物が流れ出ている。
目が合ったままの司書さんの瞳には、無表情の中に驚きと恐れの感情が混ざっていた。それに満足する。
「……なに? キース」
司書さんとの目線を外さずにキースに問いかける。
「なにって……。今、なにしようと……」
戸惑ったような声が横からかけられる。
視線を横に滑らせると、声の通りキースが戸惑った青い顔で私ではなく司書さんの太ももを見ていた。
「ん? 宣言通りの事をしようとしてただけだよ?」
「いや、そうだけど……。そうじゃなくて……」
自分が言いたいことが迷子になってしまったのか、キースの言葉が詰まる。
「あー、大丈夫だよ。少し血が出たぐらいで、死なないから」
大丈夫だから、と再度言うとキースは何か言いたそうにしながらも引き下がった。
まぁ、キースの反応が普通だ。人道的にも、人のことを刺そうとするなんてとてもおかしいし、やってはいけない事だ。
しかし、今の状況でそんなことを言っていたら、ここから出るに出れないだろう。
……まぁ、これで司書さんは私の本気がちゃんと分かったはずだ。
「さて、司書さん。今度は素直に答えてくださいね? 今度は首を狙いますから」
司書さん瞳を見つめる。少し間が空いてから、司書さんは微かに頷いた。
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