閑話 小さな冒険⑦

インクの港街の街道沿いの入口は朝を少し過ぎた頃だと言うのに早々たる人たちが並んでいた


「みなさん、ありがとうございました」


ルナの隣に立ったリファがペコりと頭を下げる

ちなみにルナは街を出たので通常モードで巨大な銀狼に戻っている

ファムはルナの本来の大きさにびっくりしていたが、リファに大丈夫と言われておっかなびっくり近づいて触ると、そのもふもふぶりにすっかりはまったようだった

ルナもファムが気に入ったのか嫌がらずにされるままになっている


「戻ったらリロイ…いやルシアによろしく言っといてくれ」

「はい。あの、魔法袋ありがとうございます。必ず返しに来ます」

「楽しみにしている。今度はルシア達みんなで来るといい」

「はい。ジンバックお爺ちゃんもたくさん料理のレシピありがとうございます」

「なに、可愛い孫の為じゃ。気にするでない」

「リファちゃん、また遊びに来てね」

「はい、是非」


キルエラ、ジンバック、ファムと挨拶を交わしたリファはしゃがんだルナに跨るとルナは立ち上がる


「ありがとうございました。今度は遊びに来ます」


若干の名残惜しさを滲ませたリファだが、ルナがサッと背を向ける


「リファちゃーん、またねー」


今回の事で仲良くなったファムは瞳に涙を滲ませながら手を振っている

リファも振り返り手を振り返していたが、次第に見えなくなっていった


「あーあ、行っちゃったー」

「仕方がなかろう。内緒で一人で街に来たのじゃぞ。一刻も早く帰りたいに違いなかろう」


ルナがいて、実はルシアがいて、キルエラやジンバック、ファム達に支えられていたのだがそれは言うのは野暮というものだろう


「でもリファちゃんのあの白い髪、綺麗だったなー。まるで女神か天使みたいだった」

「ファム、あまり周りでその話をするでないぞ?」

「なんで?」

「今回みたいな事に巻き込まれたくないならな…」


訝しむファムにキルエラの言葉が浴びせられ、思い出したのか彼女はぶるりと身を竦めた


「まぁしばらくは大丈夫じゃろう。あの貴族崩れも気が変わる事はあるまい」

「第二、第三の奴隷商人が来ない事を祈るばかりだな」

「あの…リロイさんってすごいね…」


ファムは窮地に現れた白髪の男を思い出し、二人に尋ねるが、彼らは揃ってこう言った


「「ただの化け物だ(じゃ)」」



リファが見えなくなると、どこに隠れていたのか守護隊のメンツがぞろぞろと現れた


「あー天使ちゃん行っちゃったっすねー」

「もっと間近で見たかったなー」

「お前はいいよな、俺なんか港の鎮圧だもんよ。ろくに見てないんだぞ」

「くぅぅぅ、天使ちゃんまた来ないかなー」

「さっき言ってたろ。今度はみんなで来るって」

「俺、リンちゃんに会いたい」

「俺はモカちゃんだ」

「ミエイちゃんとカラネちゃんもいいぞ」

「バカ言うなミンクちゃんに決まってるだろう」


口々に喋り出す守護隊の面々だが、中には手を合わせて拝んだり涙を流す者までいる


「お前らもご苦労だったな」

「隊長はいいよなー。天使ちゃんと間近で接して」

「さらには頭を撫でたりしてたんだぞ」

「何?それはずるいっす隊長!」

「横暴だ!」

「職権乱用っす」

「お前ら…」


労ったつもりが部下達からの思わぬ反撃にキルエラの頬が若干引き攣る





─死者の大森林、大樹の村─


「あ、リファちゃんだ!」

「え?ほんと?」

「ほんとだ、おーい」

「リファちゃーん」


死者の大森林の奥深くにある、大樹の村の入口でリファは仲間と数日ぶりの再会を果たした

村の子供達は全員寒い中リファの帰りを待っていたのだ


すでに日没時間はとっくに過ぎ、粉雪が待っていて寒い中、リファはみんなが待っていてくれたことに驚き涙した


「おかえりリファ」

「あ、カルナさん…ごめんなさい」


ルナから降りたリファはカルナの前に行くと頭を下げた


「どうして謝るの?」

「こっそり一人で街に行っちゃったから…それでみんなに物凄く迷惑かけたから…」


俯き涙をポロポロ流すリファにカルナは怒るでもなく優しい声で話しかけた


「反省してるなら良いわ。誰も怒ってないもの」

「え?」


そのセリフに思わずリファは顔を上げる


「うちの男達は甘すぎるのね。普通は怒るところなのに「無事でよかった」って言うんだもの。中には涙流してた人もいたし…で、その男達は無事だとわかると早々と宴会しだしてるけど」


ほんと困ったわ、と言う仕草をすると見上げるリファの頭を軽く撫でる


「ほら、ずっと外に居たら風邪ひくわよ。中に入りなさい」


するとミンクがリファに近づいてきて手を握る


「リファちゃん中入ろ」

「ミンちゃん…」

「内緒で行ったのは文句言いたいけど今は言わないでおく」

「うん…ごめんね」

「いいよ。その代わり街の美味しい食べ物教えてね」

「もー、ミンクはそればっかじゃん」

「いいじゃん美味しい食べ物気になるんだもん」


リンに指摘され頬を膨らますミンク


「ほら、みんな話は後にしよ。リファちゃん凍えちゃうからお風呂が先だよ」

「街での話聞かせてね」

「うん!」

「わーい!」


ミエイとカラネも喜びの声を上げる

そしてそのミンクと反対側にはモカがいつの間にか周り、リファの手を握る


「おかえり」


小さいながらもハッキリとした声にリファは嬉しくて再び泣きそうになる


「ただいまモカ」


そしてわいわいしながら住居へ入っていくリン達


「ルナもお疲れ様。大変だったでしょう?」


カルナは残っていたルナに近づき話しかける

ルナは尻尾をゆらゆら揺らしながらカルナの問に楽しそうに答えた


「《ええ、でも知己にも会えたし楽しかったわ》」

「ふふ、後で詳しく教えてね」

「《ルシアから聞いてないのかしら?》」

「帰ってきてからも忙しそうに動いてて、今は寝ちゃったわ。疲労が溜まってたみたい」

「《仕方ないわね。それじゃあーー》」

「それでもスペアリブはたくさん作っていったから大丈夫よ」

「《そう。それは楽しみね。じゃあそこで話すわ》」

「場所はいつものホールよ」


そういうとカルナは歩き出し、ルナも横に並ぶようにして歩く

心なしかルナの尻尾は先程よりも揺れが大きくなっている





お風呂に入ってホカホカと湯気を上げながら食堂へ入ってきたリファら子供たちは準備されていた料理を見て感嘆の声をあげた


「わぁ」

「美味しそう」


部屋に入ってきた子供たちは先を急ぐように椅子に座る

すでにテーブルには出来立ての料理が並べられていて、食べられるのを待っている

その時、リファは何かに気づいたように辺りに視線を彷徨わせた


「あれ、ますたーは?」


他の知っている大人達──流石に全員ではない──は揃っているのにルシアだけが見当たらない


「もう寝てるわ」

「まだ日が暮れてそこまで経っておらんのに、気づけばいつも寝ておる」


カルナとルシーリアが呆れたような声を上げる


「あやつには起きてから言えば良かろう。どの道寝たら何しても起きんからな」

「そうね。料理も冷めちゃうしいただきましょう」


些か腑に落ちないリファだったが、周りはそんなリファには気付かずに料理に目が釘付けである


「いただきます」

「「「いただきます」」」


カルナの言葉で一斉にナイフとフォーク、または箸を持った子供達が料理に躍りかかる


「おいひー」

「ミンク、口の中の物を食べてから喋りなさい」


カルナに窘められたミンクはしゅたっと手を額に当てて了解ポーズを取ると次はどれを食べるか吟味し出した


「うむ、うまいな。今日は誰が作ったのじゃ?」

「ルシアよ」

「ほぅ。婿殿の手料理か。どうりで美味いはずじゃ」

「引き籠って何してるかと思えば料理。よっぽど凝った物が作りたかったのか、時間がかかるものだったのか」

「うむ?婿殿一人でこれを拵えたのか?」

「そうみたい。手伝うって言ってもいらんの一点張りよ」

「婿殿らしいのぅ」

「───!?」


カーナとルシーリアの会話を聴いていたリファは驚くと共に目の前に並べられた数々の料理達を見た

これらを一人完成させるにはどれくらい大変だったのだろうか


そう思ったらリファの目尻に涙が滲む


「リファちゃんこれ、美味しいよー」

「…これも。食べてみて」


察したのかどうかは定かではないが、良いタイミングでミンクとモカから皿が差し出される

慌てて目尻の涙を拭うとミンクとモカに礼をいい、それぞれ食べる


「…美味しい」

「でしょー。あ、これも美味しいんだよー。こっちも」

「…ミンクは自分の好きなのばかり勧めてる…」

「えーいいじゃん美味しいんだからさー。モカも食べてみなよこれ」

「いらない。ボクにはこれがある」

「モカも自分の好きな物ばかり食べてるじゃん」

「リファには勧めてないから大丈夫」

「いや、美味しいなら勧めなよ」

「あはは」


わいわいと賑やかに食事を進める子供達を見て、ルシーリア達大人は内心ホッと胸をなでおろしたのだった

特にリファは心配だったが、大丈夫そうだ





毛皮の絨毯が引かれた廊下を一人の少女が歩いている

少女は一つの扉の前まで来ると扉をノックした

コンコン


ノックしてしばらくの後、扉が開いた


「はーい。あら、リファちゃん」

「カーナさんこんばんは」

「寒いでしょ、とりあえず中に入って」


そう言うとカーナはリファを招き入れると扉を閉めた

部屋の中は八畳程の部屋で奥には暖炉が置かれており、薪がぱちぱちと音を立てて燃えている

灯りは暖炉の火だけだが、大きい暖炉の為かそれ程暗くは感じなかった


その暖炉の前にはロッキングチェアが置いてあり、その横の小さなテーブルには編みかけの編み物が置いてある

どうやらカーナは何かを編んでたようだ


中へ通されたリファは丸テーブルが置いてある椅子に座らされた

そしてカーナは暖炉に置いてあったヤカンを持ってくると陶器のカップへ飲み物を注ぎリファの前へ置くと、自分の分も注ぎ丸テーブルに着いた


「あ、美味しい」

「でしょ?眠る前はこれを飲むとゆっくり眠れるのよ」


ふーふーとカップの飲み物を冷ましながら飲むリファに彼女は柔らかい笑みを浮かべる


「あの…」


しばらくカップを見つめて沈黙していたリファは顔を上げる


「ますたーは本当に怒ってないんでしょうか」


その瞳は不安で彩られていた


「本当よ」

「でも…」

「帰ってきてから顔を合わせてないのは怒ってるから会ってくれないと思っている?」

「…はい」


再びリファは消え入りそうな声で顔を俯かせた


「あの人はね。照れ臭いのよ」

「え?」

「心配してるのがバレてしまうのが恥ずかしいと思ってるのよ」


カーナの言葉に思わず顔を上げるリファ

まさかと言う表情をしている


「表では平静を装ってるけれどね。リファが居なくなった時の様子ったら…物凄い慌てっぷりだったわよ。リファにも見せたかったくらい」

「…そうなんですか?」

「そうよ。リファはあの人に嫌われたらここから追い出されちゃうと思ってるでしょ?でもそれはないから安心しなさい」


図星を突かれたリファだが、続くカーナの言葉で少し安心した様子を見せた

しかしその表情はハテナマークが浮かんでいる


「あの人はね。常に孤独だったの」

「え…?」

「信じられないでしょ?でも本当なのよ。ずっと、ずっと一人だったの。だから孤独の寂しさは誰よりも知っている人なの」


カーナは一呼吸置き、空になってるリファのカップに飲み物を注ぐと再び語り出した


「だから仲間は人一倍大事にする人なのよ。それこそ過保護だって言われるくらいに。ここに住む人達はね、あの人の家族も同然なのよ。リファ、あなたもね」


「もちろんみんないつかここから出て行くかもしれないけれど、それでも家族には変わりないわ。みんなも、私もそう思ってる」


「はい」

「だから何も心配しなくていいのよ」


カーナから差しだされたハンカチを受け取り涙を拭うリファ


「明日ますたーに会ったらお礼を言います」


「それでいいの。そうだ面白い事を教えてあげるわ。あの人の目をまっすぐ見て言ってみなさい。絶対照れて顔を背けるから」

「やってみます」


カーナの言葉に笑いながら答えるリファ

どうやらもやもやは晴れたようでスッキリした表情をしていた


「ありがとうございます。カーナさんに話して良かったです」

「そう言ってもらえると私も嬉しいわ。もう一杯飲む?」

「いただきます」





─翌日─


「ふぁー」

「おはようございます」


食堂へ入ってきた二人、ルシアとリファを見て他のメンツの表情は様々だった


「うふふ、おはようございます」

「あらあらまぁまぁ」

「ルシアが朝起きてるのは珍しくわね」

「見てわかるだろ、起こされたんだよ」


寝ぼけ眼のルシアはリファに手を引かれて入ってきていた


「ますたー、なかなか起きなくて…起きてもまた寝ちゃうから大変でした」


そう言いながらもリファの表情は笑顔だった

そこへカーナが側へ来て小声でリファへ話しかける


「リファ、どうだった?」

「はい、カーナさんの言った通りでした」


二人してハイタッチをしていると後ろから何やら殺気がほど走った


「カーナ…お前がいらん事を吹き込んだのかー?」

「リファちゃん退避!」

「はい」


幽鬼のようにゆらりと二人の後ろに立つルシアを見て、彼女たちは即時撤退した

と言ってもテーブルに着いただけだが、ルシアもそれ以上は何もする気が起きないのかテーブルに着く


「婿殿が朝から居ると変な気分じゃな」

「天変地異でも起こるんじゃないかしら」


ルシーリアとカーナが口々に言う悪口を目力でシャットダウンしたルシアは目を瞑る


「はい、ルシアの分。ちゃんと食べてね」

「………」


カルナが持ってきたトレーには朝食とは思えない程の量が乗っていた


「じゃあいただきましょうか」

「はーい」

「「「「いただきます」」」」





「朝からこんなに食ったのは何年ぶりか…」

「その割りには全部綺麗に食べたわね」

「まぁな。今日のは味付けは違っていたが美味かったしな」

「うふふ、それは良かったわね」

「ん?」


ルシアが訝しげに周りを見るとみなニヤニヤしていた


「今日の朝食はね、リファちゃんが作ったのよ」

「はぁ?」


カーナのセリフにルシアは思わずリファを見るとリファは若干嬉しそうにニコニコしていた


「まじか…すげーなリファ」

「ふふ、それだけじゃないのよ。ね、リファ」

「はい、少し待ってもらっていいですか?」

「なんだ?もう流石に食えねーぞ」

「違うわよ」


リファがキッチンに消えた後しばらくして大きめのトレーを持ったリファが戻ってきた


「!?まさか!」


トレーに乗っていたのは人数分のカップでカップからは芳醇な香りが漂っている

いち早く香りを嗅いで、それが何かを察したルシアは顔が引きつっている


「ますたーどうぞ」


コトンと置かれたカップに恐る恐る視線を移す

それはコーヒーであった


他の人達にも配り終えたリファは自らもテーブルに着く

その視線はルシアに向いている

否全ての視線が彼を見ていた


しかし彼は動かない、動けなかった

カップにはすでにミルクと砂糖が入っているのだろう

しかしそれは少量であった


ルシアはコーヒーが苦手で嫌いだ

最近は何とか飲めるようになってきてはいるが、それもミルクと砂糖をダバダバ入れ、コーヒーの苦味を消さないと飲めない


そんなルシアの前にリファが入れてくれたコーヒー

飲まなけりゃダメだろうなぁ…とルシアは意を決してコーヒーを口にした


しんと静まり返る食堂


「……」


誰もがルシアの言葉を待った


「………うまい」


小さく呟いた

その瞬間歓声が湧き上がった

一人腑に落ちないルシア


「それはね、リファがルシアの為に試行錯誤しながら一生懸命作った彼女特性のブレンドコーヒーよ」

「まじか?」


リファを見ると頬を赤らめて照れくさそうにしていたが、横からミンクやミエイ達が抱きついてててんやわんやであった

それを眺めながら再びコーヒーを口にするルシア


「飲める…と言うか美味いなまじで…」

「リファに料理の才能があったとは驚きじゃな」

「ほんとー。これでカルナさんの負担も減るでしょ」

「お前も少しは手伝ったらどうだ!食うばかりでは太るぞ」

「イルフリーデに言われたくありませんー。最近影薄いじゃん」

「貴様も同じであろうが!」


わちゃわちゃ始めた彼らをほっといてルシーリアも出されたコーヒーを飲む


「ふーむ、同じブレンドした豆を使わせてもらってもどうしても同じ味にはならんのは不思議じゃ…」

「ほんとね。結局ルシアが飲めるのはリファが入れたコーヒーだけね」

「悔しいがそうであろう」


カーナとルシーリアは未だ盛り上がっているリファ達を暖かな目で見つめていた


「リファ」


するとルシアからリファを呼ぶ声が聞こえ、思わず全員がルシアを見る

しかし当の本人は別段普段と変わらぬ様子で言った

いや、性格には優しい笑みだった


「コーヒー、お代わりくれるか」

「「「ええええええええええええ!」」」


その場の、ルシアとリファを除く全員が驚愕の叫び声をあげる中、リファは目を見開き驚いたようだがすぐに表情は笑顔になる


「はい!」




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