二章 19 魔人

「オーロラヴェール」


カーナの持つ杖から発せられた魔力の塊がナユタとカラネを包み込む


「あれは――」


再びザッツが驚愕の表情で呟く


「どうしたザッツ?」

「あれは・・古に失われた魔術です。今はその詳細な文献すらほとんど見当たらないのに・・」

「ほぅ?くっくっく面白い。ならば殺さずにおくか?」

「できれば。古の魔術は我が教会でも未だに実現、解明できてない・・」

「ならハーフ半獣人のガキは殺っていいんだろう?」

「そちらも可能なら生かしえ捕らえていただきたい。色々使い道はありますから」

「注文のうるさい奴だ」


マサツグはザッツの言葉にうんざりしながらも長剣を強く握るとカーナに斬りかかった








~インクの街外れ~


ルシーリアがボルガを退けたあと、狐太郎とジンバックもデイモスドラゴン悪魔竜を倒していた

と言うより覚醒した狐太郎にあっという間に倒された


そしてボルガ率いる魔族達が撤退した後、インクの港街のキルエラ率いる守護隊の面々があと片付け及び、危機は去ったと喧伝するために街中へ走り出していく


それを見送った後、ジンバック達も街へ戻った

もちろんその中には元魔王ルシーリアとイルフリーデにベアトリスも一緒だ

街に入るに当たってイルフリーデとベアトリスは完全に人間になりきっている

二人共冒険者が良く着るような鎧を、イルフリーデは急所を守るように鉄で補強された鎧、ベアトリスは魔術師が良く着るローブを着ている

腰にはそれぞれ長剣と杖で少なくとも駆け出し以上には見えるだろう

共に色は全て黒一色だが


そしてルシーリアは背に持っていた大鎌はしまっているが、ゴスロリチックな服装はそのままだ

なのでどこかのお嬢様とその護衛、に見えなくもない


そんな中、彼らはジンバックの店に戻ってきていた

ジンバックの弟子がみんながテーブルに着いたのを見計らい飲み物を用意して、それをファムが配っていく


「んで、この方がイルフリーデが探していた元魔王?」

「そうだ」


レイラは胡散臭い眼差しでフリルがついた黒基調のゴスロリ服を着た少女を見つめると、ルシーリアは堂々と胸を張り、デカい胸が弾みで揺れる

それを見た冒険者達はゴクリとつばを飲み込み、ファムにお盆で頭を叩かれていた


「全然凄そうに見えないんだけどねぇ」


まったく物怖じせずに言うレイラの言葉に、周りにいた冒険者達はうんうん頷き、ルシーリアの強さを実際見ているレフィルや守護隊の何人かはギョッとして慌ててルシーリアを見る

しかしルシーリアはそんな言葉にも機嫌を悪くした様子はなかった


「ほれ、あれだ。賢い竜は尻尾を隠すと言うではないか」

「さすがルシーリア様!難しい言葉知ってる――」

「ルシーリア様、違います」


後ろで褒め称えるベアトリスにさり気なくツッコミを入れるイルフリーデ


「む、細かい事はどうでもいいのじゃ。それより朱姫の様子はどうなのじゃ?」


この場には狐太郎と朱姫はいない

朱姫は先の戦いで負った傷の療養の為宿のベッドで休んでおり、狐太郎が付き添いで付いている


「怪我自体は大したことは無い。あれでも神の一角だからな」

「逆に問題は狐太郎だろう」

「何でコタロー?怪我したのはヴァイシュラヴァナじゃないの?」


ジンバックとキルエラの言葉にベアトリスが反応する


「そうなんだが、恐らくコタローは朱姫が怪我を負ったのは自分のせいだと思って責任を感じている」

「そんなの――」

「朱姫も怪我を負ったのは自分が不甲斐ないからでコタローの責任ではないと言っているのだがな・・」

「昔から師匠に似て頑固な所があるからな」

「しかしこのままでは朱姫も戦力にならんぞ?」

「うむ、コタローがあのままではな・・」


昔の二人を知るキルエラとジンバックは口々に話している


「どういう事?」


リリアがわからないと言うふうに首を傾げる


「武神様はコタローが召喚してるからだろう」

「ほぅ」


今まで沈黙を守っていたヴァージルが口を開くと、ルシーリアは感嘆の声を上げ、キルエラはうむと頷くと口を開く


「召喚と言うのは召喚士によって能力を左右されやすい。召喚士の魔力以上の力はでない。召喚士が歴戦の名将なら召喚された精霊や魔獣も十全の力を振るえるだろう。しかし――」


「未熟な者が召喚すれば、最悪は制御できずに召喚主に牙を向く事もある。これは今回は当てはまらないがな」

「さらに召喚士の精神状態にもある程度左右されるのだ」


「――なるほど。今の不安定なコタローでは・・」

「朱姫は半分も力を出せまい」

「――とりあえず当面の危機は去ったと見てよいだろうから大丈夫だと思うが・・」

「しかし我らはこの街を離れる事はできない」


ジンバックとキルエラは申し訳なさそうな表情を浮かべ、その言葉に周りがしんと静まる

今後、再び魔族の侵攻がないとは限らないのだ

それに2人は街の住人なのだ

キルエラはこのインクの港街の守護隊のリーダーとして、ジンバックは料理屋と店長としてすでに街に根付いている


そして狐太郎と朱姫が戦力としてアテにならなそうな今、彼らは不安だった

今回のような魔王自ら登場はないにしても、その側近達は出てくる可能性がある

リゼやゼクス並の魔族が出てきた場合、レフィルやヴァージルで対処できるのか・・


「それでも・・それでも前へ進む」


沈黙を破ったのはヴァージルだ


「――そうだね。元より引き返す道はない」


レフィルが言葉を引き継ぐ


「所でお主らはどこに行く予定なのだ?」


と、そこで首を可愛く傾げながらルシーリアが割って入ってきた


「死者の大森林の中心だ」

「ほぅ?世界樹か」


呟いたヴァージルの言葉にルシーリアの目が楽しそうに光る


「ならば妾も一緒に行くとしよう。イルフリーデ、ベアトリス良いな?」

「はっ!どこまでもお供致します」

「もちろん」


間髪入れずに頷く二人にルシーリアは満足そうに頷く

レフィルらはなんと言ってよいか言葉がうまくでないようだ


「妾も世界大樹には用がある。それに道案内は必要であろう」


どこか面白そうにルシーリアが笑う


「ふむ、ルシーリア殿がついて行ってくれるなら心強いな」

「そうだのぅ。ルシーリア殿お願いいたす」


キルエラとジンバックはそろって言うと、ルシーリアもうむと頷くと世界大樹のある方へ視線を送り小さく呟いた


「さて婿殿、こっちは片付いたぞ――」






~再び死者の大森林~


「くっくっく、どうした?守ってばかりじゃ勝てないぞ」

「・・うるさいわね!」

「・・・・・・・」


攻めるマサツグ、守るカーナ

防戦一方だが、カーナが手も足もでないと言うわけではない

現に防御に使う魔術は未だ余裕があり、時折散発的にだが火の玉を飛ばしたり牽制はしている


劣勢でも窮地でもないのだが、カーナは攻めてくるマサツグを煩わしそうに見つめている

理由はカーナにしがみついているカラネだ


マサツグはカーナではなくカラネを狙ってきている

それが分かっているからカラネを庇うような立ち位置を常に意識しカラネを中心に防御結界を張る


カーナは事防御魔術に関しては現在比肩しうる存在がいない程、特化している

それはルシアが信頼を寄せている事からもわかる

そして魔力量に圧倒的に差があると言われる魔族よりもだ


ベアトリスがルシーリアに防御魔術で信頼されているように、カーナもルシアから信頼されている

しかし他者を庇いながらと言うのは個人で戦うよりも集中力を要するうえに今回はかばっているのは完全に無力なカラネである


しかしカーナの気合いは漲っていた

だが、戦いが長期化すると形勢は徐々に傾き始めた


「防御結界に綻びが出はじめているぞ?」


禍々しく邪悪な笑みを浮かべたマサツグが剣を縦横無尽に振るう


「うるさい」


そしてカーナは長期戦は不慣れだった

そもそも防御魔術に特化したカーナは一人で戦うことはまずない

ルシアや強力な攻め手がいて初めて生きてくる

攻撃魔術も使えるとはいえ、こちらは人並み程度にしか使えずまして防御結界を構築した状態でまともな攻撃などできようはずもない


何度も挫けそうになる心をギュッと握られた手から伝わる温もりが奮い立たせる


「大丈夫。絶対守るから。水晶の盾クリスタルシールド


カーナは力強く呟くとカラネに多重結界を張り巡らした

虹色に輝く水晶がカラネを包み込む


「ちっ」


カラネに斬りかかっていたマサツグは目の前に出現した水晶に剣を弾かれ間合いを取った


「そいつも古の魔術かザッツ?」

「いえ、しかしあれ程の強度の、何枚にも重ねられたクリスタルシールド水晶の盾は近年見ませんね」

「どっちにしろ厄介な事には変わらないじゃねえか」


ザッツの言葉に不機嫌そうに答えたマサツグだが、口元は笑みの形をとっていた


「仕方ねぇな。奥の手を使うか。いいだろザッツ?」


マサツグはそういってザッツに確認を取るとザッツは小さく頷くとかなり後ろに下がる

それを確認したわけではないのだが、マサツグは懐から黒い玉を取り出すとそのまま手のひらの上で割砕いた


ポゼッション憑依


割砕かれた黒い玉から黒い何かが吹き出すと、マサツグを中心に黒い渦が出来上がる


「くっくっく。これで、貴様の自慢の防御結界も打ち砕いてやる」


黒い何かは吹き出す先からマサツグに吸い込まれており、当たりに飛び散る事はしていない

マサツグは邪悪な笑みを浮かべながらカーナとカラネを睨めつける


カラネはさらに力を込めてギュッとカーナにしがみつく

その顔は恐怖に彩られていた


「――大丈夫。絶対守るから」


しかしカーナの顔色は悪い

マサツグが放つプレッシャーに呑まれているのか、魔力が枯渇寸前だからなのかはわからない

絶対守ると言う使命だけでなんとかマサツグに立ち向かえている


黒い玉から吹き出す黒い何かはすべてマサツグに吸い込まれていった

手のひらに乗っていた黒い玉だった残骸も綺麗さっぱりなくなっている

取り巻く黒いモノがなくなりマサツグの姿が見えると、カーナは驚き固まった


マサツグの全身が黒一色に染まっており着ている服もすべて黒い

頭の額からは捻くれた角が一本突き出ていて、その瞳は血のように紅い

その様はまるで――


「魔族――」


カーナのポツリと呟いたつぶやきを拾ったマサツグはニヤリと笑みを浮かべた


「「そうだ。俺は魔族の力を取り込んだ。人間も、魔族も超越した存在になったんだ。ありきたりだが魔人とでも言おうか」」


声質すらもマサツグ本来の声とは別にもう一人の声が同時に聞こえてくる

まるで二人同時に喋っているようで、その声音は酷く不快だった


「自我もあるなんて・・」


カーナはマサツグの声に寒気を覚えながらも、自我がある事に驚いた


「「この技法はつい最近完成したばかりらしいからなぁ!なぁザッツ?」」


マサツグの問に離れていたザッツは若干表情を歪めながらも無言で頷く


「「ふん、相変わらず口数が少ない野郎だ。まぁいい」」


ザッツの反応が面白くないのか小さく鼻を鳴らしたマサツグだが、カーナを見据えると再びニヤリと笑う


「「手加減できるかわからねぇから、しっかり防御しろよ?」」


マサツグはそう言うと同じく黒く染まった剣を左手に持ち替え、カーナに向かって駆け出した

駆け出すと同時に全身から黒い瘴気を撒き散らす

それは手に持つ剣も同様で、禍々しい瘴気が剣から立ち上っている


「――!?」


左手に持った剣を無造作にカーナへ向けて叩きつけるが、カーナを守る結界が剣を防いだ

しかしそんなことはお構い無しにマサツグは狂ったように力任せに剣を叩きつける


ーピシッー


その音にカーナの表情が驚愕に歪み、マサツグの表情が歓喜で歪む


「「くははははは。自慢の結界が破られるぞ!どうするんだ?」」


愉悦の表情を浮かべながら剣を叩きつけてくるマサツグに、カーナは追い詰められていた


「こ、このままじゃ・・」


時間はない、時間が経てば経つほどカーナ達を守る結界のヒビは大きくなる

そうなれば、突破されるのは時間の問題だろう


ーパリィンー


「――あ」


虹色に構築された結界がマサツグの剣によって粉々に砕かれた

しかし結界を破壊することに意識を割いていたマサツグは割った瞬間満足げに笑うだけでカーナに襲い掛かりはしなかった

しかし――


「きゃああああああ!」


突如カーナが悲鳴をあげてカラネを抱えながらマサツグの間合いから飛び退った


「「どうだぁ?人間の憎悪と魔族の瘴気が混ざった魔瘴気・・・を浴びた感想は?たまらねぇだろ」」


マサツグはくつくつと笑う

見ればカーナの杖を持つ腕に黒い瘴気が絡みつき、それは体を侵食するようにジクジクとシミを広げている


「「痛てぇか?痛てぇよなぁ?俺はそれを体内に食らい続けて慣れるまでどれくらいかかったと思う?」」


マサツグはニヤニヤと下卑た表情を浮かべながら一歩一歩カーナへ向けて歩み寄る


「「生半可な浄化魔術じゃ消せねぇぜ!それこそ稀代の大魔術師か聖女様とかでなければなぁ」」


うずくまるカーナの場所までマサツグはゆっくり弄ぶように歩く

離れてみていたザッツは険しい表情だが、特に何も言わずに見つめている


「「安心しろよ。ザッツが言うように殺しはしねぇ。ただ、大人しくして貰うために腕はもらう」」


剣の間合いの中にカーナを捉えると、やおら剣を無造作に振り上げると側にいたカラネが涙を浮かべながら首を振った


「い、いや・・」

「あ?安心しろ。次はお前だ。抵抗されるとめんどくせぇから先にコイツを無力化する。待ってろよ」

「だ――だめ・・」


瘴気に蝕まれた腕を抑え杖を支えに立ち上がろうとするカーナだが、いかんせん体が思うように動かないようだ


「「その瘴気をそれだけ食らってまだ意識があるのは驚きだ。いい研究材料になりそうだなぁ。とりあえずはまぁ――大人しくしとけや!」」


マサツグは邪悪な笑みを浮かべた


「いや――――――――――――」


カラネの叫びにも構わずマサツグは剣を力任せに振り下ろした


「「――――んなっ!?」」


剣を振り下ろしたマサツグはそこに映る景色に自分の目を疑った

それは離れて見ていたザッツも同じで、彼は離れてみていたからこそわかった


「――瞬間移動――だと」


ザッツの驚愕の言葉を示すように、マサツグの振り下ろした剣の先には彼女らはいなかった

剣に血糊すらついていない


「「ど、どこいきやがった!?」」


慌てたマサツグが辺りをキョロキョロ見回すとすぐに見つかった

十メートル程離れた場所に二人はいた

しかしカラネはグッタリしていて、カーナは逆に痛みも忘れてカラネを見つめている


「どうやら、あのハーフ半獣人が使ったようですな」


二人の様子から導き出した答えにザッツは喜色満面の表情になる


「マサツグ殿」

「「あ?わかってるよ。さっきから殺さないようにしてるんじゃねえか」」

「五体満足で捉えていただきたい」

「「は?さっきと話が違うじゃねえか」」

「すでに相手は無力。瞬間移動を使ったハーフ半獣人は魔力枯渇で気を失っており、もう一人も満足に動けない」

「「そりゃそうか・・」」


スクっと立ち上がったマサツグは再びカーナ達に近づく

今度はゆっくりではなく早足で


「「これ以上長引いて余計な邪魔が入ったら面倒くせぇからな」」


剣を逆手に持つ


「「少しの間だけ眠ってもらうぜ?なぁに一瞬だ」」


柄の部分でカーナを殴り飛ばそうと剣を振り下ろした



ーヒュンー



瞬間、一陣の風が吹いた

正確には何かが飛んできた音だった


「「あ?――ぐあああぁぁぁ!」」


一拍遅れてマサツグが絶叫し手から剣がこぼれ落ちる

見ればマサツグの腕は半ばから斬られていて今にも千切れそうだ


「汚ねえ手でそいつに触るんじゃねぇ」


声のした方へ振り向くと白いローブ、真っ白い髪を靡かせた男が怒りの表情でマサツグを見ていた







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