一章 49 邂逅③

「エルマノさんが大変なんです!」

「--!?」


その言葉にヴァージルは冒険者ギルドを飛び出した


「ヴァージル!?」

「ちょっと、どう言うこと?」


リリアは男に詰め寄る

その男はよく見ればアルス教団のローブを纏っていた

と言うことはアルス教団の関係者と言う事で、事情を知っているとリリアは踏んだのだが


「い、いえ・・自分も詳しくは知らされてなくて・・・司祭様から急いであなた方をお連れするようにと・・・」


リリアの剣幕にしどろもどろになりながら男は答える


「リリア、僕らも行こう」

「そうね。急いで教会に行くわよ」


2人はそう言うと冒険者ギルドを飛び出した




そして教会に到着すると入口には立ち尽くす人影が1つ


「ヴァージル!」

「リリア、レフィル・・」


慌てて駆け寄る2人にヴァージルは幾分沈んだ表情だった


「何があったの?」

「エルマノの容態が急変したらしい」

「!?」


ヴァージルの言葉に2人は息を呑む


「今はラクセス様が治療に当たっているから終わるまで立ち入り禁止らしい」

「そうなの・・・」


3人は沈んだ表情で何を話していいかわからずしばらく時間が過ぎるのを待つばかりだった

そして30分程過ぎた時、教会の扉が開く


「ヴァージルさん、ラクセス様が礼拝堂でお待ちです」


1人のローブを着た信者が教会から出てくるとそう告げる


「わかりました」


頷くとはやる気持ちを抑えながら3人は教会の中へ入る


「何で礼拝堂なのかしら?エルマノの部屋でもいいと思うけど」


リリアの最もな疑問にヴァージルもレフィルも明確な答えが出せないまま礼拝堂へ足を進める

扉が見えてくると待機していた信者が扉を開けてくれる


チラリと見えた中にはおそらくラクセスであろうか、こちらに背を向けて上のステンドグラス?を見上げている

3人が中へ入ると足音に気づいたラクセスが振り返る


「ああ、お待ちしてました」


いつもと変わらぬ温和な笑みを浮かべながら


「ラクセス様、エルマノは大丈夫なんですか?」


今にも掴みかからんばかりに近寄るヴァージルにラクセスは変わらぬ笑みを浮かべている

それが癪に障ったのかヴァージルは苛立つが、それを察したリリアとレフィルに止められる


「落ち着いてください」


ラクセスの言葉にヴァージルは顔を歪めるがそれだけで思いとどまる


「結論から言いますと、エルマノさんは無事です」


ようやく聞かれた言葉に3人は安堵の表情を浮かべる


「しかしあまりよい状態ではありません」


続いた言葉に3人は一転表情が強ばる


「それは・・」


レフィルが掠れるような声で呟く


「彼女、エルマノさんのかかってる病気がわかりました。風邪ではありません」


風邪ではない、その言葉に2人は青ざめる

ちなみにリリアとレフィルは病気についてはまったくの無知である


「リシュテリアと呼ばれる病気です」


リシュテリアは現代で言う所の肺炎に当たる病気である

この世界では明確な治療法が確立されていない

魔術と言う便利なものがある弊害か、薬師などは実は少なかったりする

手間暇かけて薬によって怪我を治すより、回復魔術で一瞬で治す方が、コストも時間も遥かにかからない

しかし風邪など、ウイルス系の病気は回復魔術では治せない


徐々に薬師が増えてるとは言え無から有を生み出す作業、生半可な気持ちでは進まない

かく言うアルス教団も薬による治療を始めたばかりだが何分手本がないだけに手探り状態な為、成果も芳しくない

回復した患者の裏にはその10倍以上の犠牲者がいるのだ

もちろん公にされてるわけではないのだが


「リシュ、テリア・・」


ヴァージルは病名を聞くと表情が絶望に染まる

エルマノを治すため、ルミエラの街に着いてから図書館で色々な本を読み漁ったヴァージルはリシュテリアの病気についても知っていた


「ヴァージル、リシュテリアって・・?」


レフィルがヴァージルに尋ねる


「今の医療では治せない・・治療法が見つかってない不治の病だ・・・・・」

「--そんな!?」


ギリっと拳を固く握りながら辛そうに話すヴァージルの言葉にリリアは絶句し両手で口元を覆う


「じゃあエルマノは、エルマノはもう治らないの?」


レフィルが声を荒らげるがヴァージルもリリアも答えられず俯いたままだった

その沈黙をやぶったのはラクセスだった


「まだ治らないと決まったわけではありませんよ」


その言葉に3人は顔を上げラクセスを見る


「我がアルス教団は薬による治療も行っています。完全とは言えませんが薬による治療を行っていけば助かるかもしれません。ただしうまくいく可能性は低く危険度も高いですが」


助かるかもしれない

その言葉を聞いた時に3人は闇の中に光が差した気がしたが、続く言葉が3人を躊躇わせる

危険度が高い、それは失敗する確率も高く死ぬ確率も高いと言う事だ


「それで構わない!助かる可能性があるなら」

「--!?」


しばらく葛藤していたヴァージルだが顔を上げるとそう言葉を吐いた


「このままでは遅かれ早かれエルマノは・・なら確率は低いとはいえ生きる道があるならそれに賭けたい」

「ヴァージル・・・」


するとラクセスは変わらぬ笑みを浮かべ口を開く


「わかりました。実は彼女にも話をして了承は得ています。ヴァージルさんの言葉に従うと」

「--エルマノを、よろしく・・お願いします」

「最大限の努力をするとアルス神に誓いましょう」


ラクセスは胸の前で十字を切る仕草をする


「それでエルマノさんは他の人への感染を防ぐために地下の治療室へ移動していまして、残念ながら一般の方は立ち入り禁止になります」


そう言われてはヴァージル達は何も言えない

エルマノの事をラクセスに任せ3人は教会を後にする





3人が教会を去った後、礼拝堂に1人残ったラクセスは込み上げる歓喜の衝動を抑えるのに苦労していた


「クックックッ、これであのハイエルフの素体で十分に実験できます」


いつも浮かべている温和な笑み以上の笑み、悪魔のような笑みを浮かべているラクセスは手元にあるベルを鳴らす


「お呼びでしょうか」


すぐに部屋に見習いの信者が入ってくる


「すぐにあの素体の実験を行います。準備してください」

「わかりました」


抑揚のない声で見習い信者は部屋を出ていく

それを見送ったラクセスはしばらく1人礼拝堂に佇む


「あの3人が無知で助かりましたね。あの素体はリシュテリアなんかではなく単なる魔力欠乏症だと言うのに。リシュテリアだと言えば会うこともできない。嘘などいくらでもとれると言うもの」


ラクセスはエルマノの許可を得たと言ったが、実の所取ってはいない

会えないのを盾に嘘をついたのだ

だがヴァージル達に確かめるすべはない



そして魔力欠乏症だが、体内の魔力が枯渇すると体がだるくなったり気を失ったりする

魔力は肉体的と言うより、精神的に疲労がくる

ハイエルフは人間に比べて体内の魔力量が多い為枯渇すると症状が普通の人間に比べて重くなる


普通は幼い頃に住んでる村や両親などに教えられる知識なのだが、エルマノは戦争孤児でそれを知る前に住む場所や家族を失った

それを知る人が周りにいなかったのも問題で、さらにはエルマノ自体がハイエルフだと周りの人達は知らない

無論3人も

これはエルマノが教えなかったのではなく、エルマノ自身もハイエルフだと気づいていないのだ

エルフ特有の耳も戦争で負傷してしまい、一目でエルフとはわからない

なので魔力欠乏症だとも気づかなかったのである


ラクセスは治療していく段階でエルマノがハイエルフだと気づいてしまった

ハイエルフは希少種族であるが故になかなかお目にかかる事がない

発見したラクセスが狂喜乱舞したのは想像に難くないだろう


ちなみに魔力欠乏症は人間にもかかる症状で、通常の人間ならどんなに悪くても2、3日休めば回復する

しかしハイエルフとなると膨大な魔力量を保有しているためそうはいかない

普段なら空気中に漂う魔力を吸収して回復もするのだが、今ヴァージル達がいる国は空気中に漂う魔力が著しく少ない

故にこの国にはエルフなど、魔力を多大に保有する種族には生きづらい国であると言える

現にこの国ではエルフすらめったに見かけない

ラクセスが歓喜するのもわかろうと言うものだった


しかしそれで非人道的実験が許されるという訳では無い


「死んで尚もハイエルフの素体は価値がある。これは思わぬ拾い物でしたね」


人が見たら不快感を受けるであろう嫌味たらしい笑みを浮かべながらラクセスは礼拝堂を後にし、礼拝堂は静寂に包まれる









「なるほど、地下治療室・・ね。名前だけ聞けば健全に聞こえるな。しかしベラベラとまぁよく喋るな。お陰で色々わかったけどな」


誰もいない礼拝堂に男の声がこだまする


「ああ言うのがマッドサイエンティストって言うのかしら?んでどうするの?すぐに忍び込む?」


次いで女の声が響いた

しかし礼拝堂には人影はない


「お前、どこでそんな横文字覚えた?いや、今行けばあのラクセスとかいう司祭と鉢合わせする。少し時間を置く」

「わかったわ」

「しかし今度はハイエルフか・・出来れば何とかしてやりたいが・・・」

「こればっかりはわからないわ。できる事をしましょう」









教会を出た3人はすぐに冒険者ギルドへ行き依頼を受けた

じっとしていられないと言う気持ちがあるのも確かだが、何もしてないと色々考えたり落ち込んでしまうので何かして気分を紛らわせると言う意味合いもあるのだろう


いつエルマノが戻ってきてもいいように

今度は何があってもエルマノを守れるように

3人はエルマノに再び笑顔で会える事を願いながらガムシャラに冒険者業に費やした




しかし3人が再びエルマノに会うことは叶わなかった






「--!?」


3人がソレを聞いたのはあれから数ヶ月経った時だった

ヴァージル達の宿に教団の信者が訪れ、レフィルの部屋でソレを聞いた


「そ、そんな・・・嘘でしょ」


エルマノが亡くなった事を伝えた教団の信者は申し訳なさそうにしている


リリアやレフィルは絶句し二の句が告げない


「もう1度言ってくれ」

「・・エルマノさんは昨晩お亡くなりになりました」


ヴァージルはふらつく足取りで信者の方へ近づくと肩に手をかける


「嘘だろ?なあ?」

「・・いえ・・」


教会から来た信者はヴァージルの鬼気迫る表情に視線を横にずらしながら小さく呟く


「いい加減な事を言うと殺すぞ!本当の事を言え、本当は病気が治ったんだろ?もうエルマノは病気が治って元気になったんだろ?」

「・・・・・」

「おい、元気になったって言えよ!!病気は治りましたって言え」


「ちょっとヴァージル!レフィルもヴァージルを止めて」

「ヴァージル落ち着いて」


尚も信者に食って掛かろうとするヴァージルをリリアとレフィルが引きはがすと、ヴァージルは支えを失ったように膝から地面に崩れ落ち、そのまま動かなかった

その表情は人形のようで、その瞳はただの黒いガラス玉のように虚空を見つめるが何も写してはいない


涙は出なかった

死んだと言う事実を受け入れたくないだけなのかもしれない



「後、リシュテリアにかかり亡くなった患者は死後も感染する恐れがあるので、引き合せる事もできないと・・」

「ちょっとなによそれ?」


リシュテリアにかかった患者は死後も病原体が生きたまま体内に残り、周囲にいる人間を感染させる

なので通常は隔離させ、亡くなると人の目に触れぬよう焼却される

そして空の棺桶を墓地に埋葬するのだ


説明を受けたリリアとレフィルもショックで言葉が出なかった

ヴァージルは聞こえていただろうが時が止まったように動かない



信者は申し訳なさそうな表情で「失礼します」と一言言って部屋を出ていった



しばらく重苦しい沈黙が部屋を支配する



それを破ったのはヴァージルだった

ふらつきながらゆっくりと立ち上がる


「ヴァージル!?」

「大丈夫?ヴァージル」

「・・ああ・・・」


2人の問に答えるヴァージルの声は覇気がなく心ここにあらずと言う感じだった


「しばらく休む」


そう短く言うと部屋を出て自分の部屋に戻って行った


「・・私たちも今日は休みましょ」

「うん」


そういうとリリアも自室に戻る

レフィルもその日は何もする気が起きずベッドでボーっとしているだけだった





・・・・・・・・・・






「間に合わなかったか・・なかなか尻尾を出さないから時間かかったな・・」

「で、どうする?ここに置いといても奴らの得にしかならないけど」

「持って帰る。死んでも非道な実験に付き合わされたんじゃ浮かばれない」

「本当はそれだけじゃないんでしょ?」

「ああ、こんな結末じゃ悲しすぎるだろ」

「ここの調査はどうするの?」

「一旦中止だ。こっちが先だ」

「はぁ・・本当優しいわね・・」

「うるせー。見つかる前にさっさと回収して帰るぞ」

「はいはい」





・・・・・・・・・・






数日後


「ヴァージルまだ部屋から出てこないの?」

「うん、返事はあるから大丈夫だと思うけど」

「あれから食事も満足に取ってないんでしょ?大丈夫かしら」


数日経った後もヴァージルは部屋から出てこなかった

リリアとレフィルの2人は吹っ切れた訳では無いがじっとしていては暗い事しか浮かばないと、前程ではないが冒険者ギルドで依頼をこなしている


しかしヴァージルは部屋に篭りっきりで食事にも一切手をつけていない


「食欲がない」の一点張りだったのでいつも「お腹空いたら食べてね」と扉の前に置いて行く

返事はあるのが救いだがこのままでは衰弱死してしまうのではと2人は心配だった



そしてある日、リリアとレフィルは冒険者ギルドの依頼をこなし、日暮れ前には宿に帰る

そしていつものように食事をヴァージルの部屋に運ぶ


「ヴァージル、ご飯持ってきたわよ」


扉をノックしながらリリアは言う

しかし返事がない


「ヴァージル?」


返事がないのを訝しむと同時に心配になったリリアはドアノブに手を掛けると鍵は掛かっていなかった


「レフィル!!」


リリアの慌てたような声にレフィルが慌てて階段を駆け上がってくる


「どうしたの?」

「返事がないの」

「ヴァージル!?」


レフィルもノックをして声を掛けてみるが返事はない

それだけでリリアと同じ気持ちになったのかレフィルはドアノブに手を触れる


「鍵は開いていたわ」

「開けるよ」


リリアが頷くのを見たレフィルはドアを開け部屋に入った

部屋の中は別段特に変わった様子はなかったが、窓のカーテンが風に揺らいでいた


「まさか窓から!?」


リリアは窓に駆け寄り外を見る

部屋は2階だがヴァージルなら苦もなく降りれる高さだ

窓からヴァージルが外に出たとして、何故窓から出たのか検討もつかなかった

何か緊急の用事があったのか


「リリア!」


切羽詰ったレフィルの声が思案していたリリアの思考を現実に引き戻す

振り返るとレフィルの表情は切羽詰ったと言うより逆に青ざめていた

手には1枚の手紙が握られていた


「・・これ・・」


若干震える声でレフィルはリリアに手紙を渡すと、それを読んだリリアの表情も一気に青ざめる


「なによこれ・・」

「どうしよう・・・」


「アルス教会へ行くわよ」


リリアは短くそう言うと手紙をポケットにしまい部屋を出る


「え、ちょっとリリア!?」


レフィルも慌ててリリアを追って部屋を出ていく





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