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剣客二人


       □



 赤嶺苧環おだまき

 変わった名前だって言われる。


 名字はまあ珍しいねって言われる止まりだけれど、「苧環ってどういう意味?」って。あとめちゃくちゃ画数多い名前だねって。

 それは言えてる。赤で七、嶺で一七、で八、たまきも一七。全部で四九画。

 ん、何か嫌な数字で止まるのね。

 今まで考えた事無かったけれど、まあいいわ。


 苧環ってのは植物よ。花からあたしの名前は取られたの。誕生花がそれだったからって訳では無くて、花言葉がいいなとなって、苧環になったらしいわ。あれは、春から初夏にかけての誕生花だしね。あたしの誕生日一月一八日で、バリバリの冬だし。

 でも変わった名前なんて言ったら、あたしに言わせればあいつ以外に浮かばない。一番合戦かがりなんて。


 偽名か何かと思ったけれど、本当にあるのね。一番合戦なんて名字。

 昔、常時帯刀許可審査で会った時、変わった名前ねって言ったら一瞬だけうんざりしたような顔をして、「よく言われるよ」って、苦い笑顔で返されたのを覚えてる。


 あの時話しかけたのはあたしの方で、その返事の後にあたしも名乗ったんだけれど、あいつはほんの少しだけ珍しそうな顔をしただけで、次にはもう「宜しく」って、爽やかに返してくれたものだった。

 変わった名前同士、もう飽きるぐらい言われ慣れてしまった言葉を投げてしまったのを申し訳無いと思いつつ、じゃああたしも名乗るからそこでお相子ねって思ってたんだけれど、あいつは思ってはいても、結局そういった事は言わなかったな。何でも無い遣り取りだったけれど、何でか印象的だった。


 だからあいつの第一印象は、大人だなあって感じだった。意地悪くなくて、優しい。

 同じような境遇に立つ相手なんだから気を遣う事も無いだろうって思ったけれど、こいつはそれでも、相手を思いやるのを選ぶ人なんだなって。


 例えちょっとしたものでも、既にそいつからは、確かに損を受けてるのに。



「何なのかしらね。この走馬灯みたいな感じ」

「……何がだ?」


 夜の浜辺に立つ一番合戦は、怪訝そうに眉を曲げただろう。

 離れてるし、暗くて表情はよく見えないけれど、声の調子で分かる。


 あいつは右手に海を置き、浜辺であたしと向かい合わせに立っていた。

 あたしからすると左手には、真夜中で真っ黒になった海が広がって、遠くの方にはぽっかりと月が浮かんでいる。


 波の音を聞きながら、あたしは一番合戦に尋ねた。


「無い? こういう大事な事に当たる前になると、何となく過去に浸りたくなる感じ。あの時はあんな事があったなーとか、その時自分は何を考えていたかとか」

「確かにあるな」


 淡泊な返事だった。

 無愛想と言うか。


 足元の黒い砂を、ローファーで均すようにいじっていたあたしは辟易する。

 つまんない奴ね。男と話してるみたい。


 まあお喋りに興じたい気分じゃないのは、十分に分かってはいるけれど。


「……『私が片付けたと言っていた人狐が出たから、退治に協力して欲しい』。嘘で人を困らせるのは感心しないぞ。赤嶺」


 一番合戦はスカートのポケットから取り出した携帯を開くと、二〇分程前に、あたしが送ったメールの内容を確かめた。

 確かにあたしは、そういった内容のメールを一番合戦に送っている。銀って赤猫との接触を避けさせ、かつこちらの任意の場所に呼び出す為に。


 去年の策の使い回しらしい。あの豊住って人狐と、九鬼君が言っていた。これなら一番合戦の方は、必ず好きな場所に呼び出す事が出来ると。まあ確かに、これ以上あいつの気をこちらに向かせる術は無いでしょう。

 同じ手に二度も引っ掛かるかしらと思いはしたけれど、生きてるかもしれないってあいつも知ってる訳だしね。猫でもある自分の血を浴びていた豊住なら、九鬼君と黒犬の攻撃を、何とかやり過ごしているかもしれないって。確かにこれは無視出来ない。

 豊住が暴れる理由も十分ある。この地は彼女にとって、憎い連中ばかりが住んでるクソ溜めみたいな場所だから。


 だからって事実確認もせず、「分かった。すぐに行く」って即返信して来て飛んで来るのは、あんたもあんたで省みるべき部分はあるんじゃないの? 一番合戦。

 ……騙しといて、全然言えた立場では無いけれど。


「ハッ」


 その良心を覆うよう、嘲笑を浴びせる。


「あんたがあたしにビビッて、勝負を受けないような真似をするからでしょ? 最初からこうすればよかったわ。適当な嘘ブッこいて呼び出す」


 腕を組んだ私に、一番合戦が纏う空気が不穏に張った。

 僅かに怒りを孕んだ低い声が、波の中でも強く響く。


「……忙しいんだ。嘘なら帰るぞ」

「銀って人と喧嘩しに行くんでしょ。馬鹿馬鹿しいからやめなさい」

「お前には関係無い」


 話は九鬼君から伝わっていると分かっているからだろう。

 全く動揺の無い声だった。


「関係無かったとしてもここにいる」


 あたしは力強くも、静かに返す。


「分かり切った事を言わせないで。これは全ての鬼討の怠慢であり、償わなければならない罰よ。鬼討でもあるあんたなら分かるでしょ。あの明暦めいれきの大火は、あんたが負わなきゃならない役目じゃなかった」

「あの大火をきっかけに護国衆ごこくしゅうを生んだ事について言っているのなら誤りだ。私はそんな事はどうでもいい。たまたまそうなっただけで、お前らが愚かだったのは同じだろう。妙に義理を感じるな」

「自分が思った通りにその言動を解釈してくれるとは思わない事ね。あんたにその気が無くたって、実際護国衆のお陰で救われている人はいる」

「あれは役人の犬だ」

「確かに汚い連中もいるわ。元赤嶺組のよしみで、今は護国衆の仲間達からもよく聞いてる。でも全員じゃない。あんたのあの火事のお陰で、確かに好転している今があるのよ」

「私を罵って満足か」

「馬鹿。そんなつもりでなんか言ってないわよ」


 確かに今の物言いは、よくは無かった。

 ……話を延ばすのは苦手なのよ。


 豊住に貰った、左腕の腕時計で時間を見る。

 二三時、二〇分。


「……でも、本当の事よ」


 そろそろだ。

 あたしは左腕を下ろすと、一番合戦を見た。


「あんたはあの時、失敗したかもしれない。でもその失敗があって鬼討になったから、救えた誰かもいたじゃない。この町の人々や、九鬼君を」

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