29

その本性は


「まあ、後になって察しは付いたけどな。普通に」


 一番合戦さんはつまらなそうに言った。


「優れた神刀しんとうは組を越え、その名を周囲へ轟かせる。名刀としてな。何を斬ったとかどういう力を持っているかとか、いわれや武勇伝なんかとセットになって。……枝野家と言えば、多彩な型の神刀を持つのが特徴か。臨機応変に、あらゆる百鬼に対応出来る。その柔軟性から、当時も幕府の目に留まったんだろう。炎刀型しか持っていない赤嶺家には、声がかけられなくても無理は無かった。まあ直接的な対抗手段にはなれないとは言え、火の専門家である奴らの手も借りていれば、流石にどうにかされていたと思うよ。……枝野の神刀は六本か。中でも『断絆たちほだし』とは、性格の悪い刀として有名だな。数ある神刀の型の中でも、所謂いわゆる邪道と敬遠される呪刀型じゅとうがた。刀としては普通のものとさして変わらない。まあ百鬼を斬っても簡単には壊れない丈夫さぐらいしか取り柄は無いが、その刃は呪いを与える力を持つ。絆を断つとはよく言ったもので……。あれは、斬った相手の記憶を壊す呪いだったな。忌々しい。一振りで狙いの記憶を壊せる訳ではないから、何度か打ち込んで、相手の様子で確かめなければならないが。でもその威力は、大したものだよ。三六〇年経ったつい最近まで、かつて壊された記憶はまだ完全に戻ってはいなかったからな。きっとあの男はこう言いたかったんだろう。壊し切る前に死んだりしたら、ずっとその記憶と生きる事になるって」


 一番合戦さんは右の人差し指で、とんとんとこめかみを叩いてみせた。


「……死んだ猫は九つの魂を持つ。有名な話だな。猫とはよく寝るから『寝子ねこ』と呼ばれるようになったのが始まりで、やがて現在の漢字が当てはめられるようになったとか。よく寝る者は、長命というイメージもある。確か犬よりも猫の方が長生きだったか? まあ全ての猫の百鬼が得る訳ではないが、赤猫あかねこは魂を九つ持つ。非常に長生きだ。かつしぶとい。殺してもあと魂は幾つあるのか。時の流れとはあらゆるものに力を与える。だから、もし出会でくわしたら、その場で九回殺さなければならない。猫は自分がされた事を忘れないからな。必ず報復してくる。決して犬のように、誰かの言いなりもなったりしない。まあそういう事で、私は三六〇年前のあの日に死んで、赤猫となって二度目の人生をやり直し中という訳だ。始まってまだ、今年でやっと一四年程度だが。何でここまで、次の魂を消費して活動し出すまでに期間が開いたのかは、恐らく断絆たちほだしの所為だろう。あれに記憶を壊されて、着地点を見失っていた。赤猫とは死ぬと、肉体が消える。魂のみとなってふわふわと、次の人生を始めるに相応しい場所で甦るんだ。あくまで文献の上での言葉だから、体感的に理解している訳では無いんだがな。漂っている間は、記憶も感覚も何も無いし。相応しいとはかつての生涯に、何か関わりを持っている場所を指す。海が好きだったら海辺とか、山育ちだったら山の中とか。折角なら、好きだったり楽しい所でやり直したいだろ? 然し私の場合、明歴の大火の最中さなかに死んで、次は一四年前のこの現代。あの人達の記憶は自殺して守れたからいいとして、他の記憶はかなり断絆たちほだしに侵食されていたから、場所選びに困ったんだ。基準を破壊されていて。それにしても三六〇年って悩み過ぎだとは思うが……。まあ、そういうルールみたいだからな。当時自分が何歳だったのかも忘れて、無駄に若返っての四、五歳ぐらいからスタートだ。記憶は壊されているから、当時は自分が何なのかもよく分からなかったし。気付けばどこかの養護施設に放り込まれていて、一番合戦夫妻と出会う。私は養子だ。両親とは一切の血縁が無い。紙の上での、あくまで形式上の親子。両親は子供に恵まれない体質だと早くから知らされていて、多くの施設を回っては、引き取る子供を探していたらしい。その中で偶然私が目に留まって、今に至る。過ごしていく内に断絆たちほだしの呪いも弱まって、徐々に昔の事を思い出した。……弱ってきたから時間はかかったなりに、やっと場所選びが出来たのかもしれないな。本当に凄まじい呪いだよ。記憶の蘇りは一七の冬でぴたりと止まったから、私の前の生涯はきっと、一七歳で閉じたのだろう。もう昔の事を思い出すのは一切無くなった。……まあ、またこうして枝野組の者と会う事になるなんて、これっぽっちも思ってなかったが。お前からはあの忌々しい、枝野の臭いがする。近しい仲だったんだな。追い出される前はさぞ、優秀な鬼討だったんだろう」

「な……」

「ん?」


 一番合戦さんは、気怠けだるく頭を傾ける。


「何で。赤猫……? 一番合戦さんが……? いや、それが本当なら、何で君は鬼討に――」

「鬼討を知ればもう二度と、人間なんかに後れを取らなくて済むだろう?」


 報復。


 頭の中で、勝手にその言葉が浮かぶ。


「邪魔されたとは言え、赤猫になったばかりの当時でもあれだけの力があったんだ。三六〇年後の、常時帯刀者になった今ならば、枝野の精鋭四人を本当に相手取っても、そう易々とやられる事は無いだろうさ。……枝野鬼道おにみち。あの男は甘かった。最初から殺す気で、断絆たちほだしでなく別の神刀を用意すればよかったものの……。まさか記憶を壊されるぐらいなら、自害するなんて思わなかったんだろうな。魂を幾つ持とうと、死とは何よりも苦しい。まあ、ほんの最近まで有効だった程の呪いだから、あともう一撃でも食らっていたら、本当に取り戻せなくなっていただろう。……これも両親が、平和なこの町で暮らしていたお陰だな。まともに鬼討が機能していた地域なら、嗅ぎ付けられていたかもしれない。ゆっくり思い出しながら、常時帯刀者にもなれた。お前がやって来た時は本当に驚いたよ。九鬼。気付かれたらどうしようかと思った」

「……何で去年、わざわざ案内役を引き受けてくれたの。そういうのはやるなら、委員長とかの仕事だと思うけれど」


 一番合戦さんは薄く笑う。


「人間のイメージとは見た目は勿論、第一印象……だろ?」


 ……騙したのか。


「芝居だったんだね。出会った頃の、あの人狐ひとぎつねに絡む事件の間に、取っていた態度は」

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