女の勘


「まあここからは憶測だけどね。今展開した内容も、一番合戦さんの目的が、三六〇年越しの復讐と仮定した場合、辻褄が合わない部分を列挙しただけで。でもここからは、完全に私の勘。まあどうだろ。女の勘なんて言葉もあるし、そんな体で聞いて貰えたら。まだ九鬼くんより私の方が、一番合戦さんと付き合い長い状態だしね」


 豊住さんは存外冷めた調子で、でもどこか得意げに言った。

 犬と狐という事で、僕より優位に立てている状況が嬉しいのだろうか。


「でも真面目な話、屋上でのあの態度の理由は、それぐらいしか思いつかない。ただ喧嘩して、仲違いしたかっただけにしか。元とは言え、相手は自分を追い込んだ枝野の傘下だよ? それも下っ端じゃなくて側近級の。私だったら殺す。あの屋上で殺してる。でもしないでわざわざ情報だけ垂れ流すという事は、それぐらいしか見当がつかない。にしても割に合わない行為だけどね。正体を晒して、その上から煽って。どれだけ嫌われたかったんだか。九鬼くんには赤嶺さんだっているのに。余裕とも……取れるのかな。それだけのハンデを与えても勝てるという。いやだから、そこで遊ぶ理由が分からない。あれだけ効率的に事を運ぼうとする人が。となると、その行為には何か裏がある。でもやっぱりあんな話聞いて得するの、あの人と敵対する人ぐらいでしょ? 火取魔ひとりまっていう弱点まで教えて。それって、さらっと銀って人にも不利になる事話してるし。やっぱり、損にしかなってないんだよね。ただ自分を追い込み、敵を増やしてる。まあ九鬼くんと一番合戦さんって、セットみたいな状態だったから簡単には離れられない関係だし、それぐらいの爆弾を落とさないと、切れない縁ではあったでしょう? だから多分、九鬼くんに嫌われる為に、わざわざあんな事言ったんだなあって」

「何でそんな事」

「まあ九鬼くんもちょっと考えてみなって。いい? 一番合戦さんは今の所、自分にとって不利になる事しかやってない。自分を赤猫と明かし、火取魔ひとりまという弱点を与え、復讐に走るかもしれないという予測まで立てさせた。それによって得たものは、あなたとのコンビ解消による自由と、情報戦の上では、銀って人にも大きな打撃。今の鬼討は、道具として用いる為だけに百鬼を狩るのは禁止されているけどね。獣鬼じゅうき使いもあくまで契約であって、使い魔を決して物扱いはしないし。狐の使い魔は怒らせるととんでもない事になるからねえ。その一族を末まで呪うし。……あの有名な、犬神いぬがみの作り方とか。天敵な上人狐わたしとキャラもろ被りだから、余り好きじゃないんだけれど。あれは半分、人工的な百鬼でもあるからね。――まず手頃な犬を首まで地中に埋め、飢えるまで放置します。今にも死にそうになりましたか? いい塩梅ですね。では何か食べ物をあげましょう。勿論本当にあげたりなんかしません。食べようとした瞬間、その首を刀でねましょう。その首をきちんと祀れば、はい犬神の完成です。獰猛な犬を沢山飼っている方は、それらを最後の一匹になるまで戦わせ、残った犬に魚をあげましょう。食べた所でその首を切り落とし、残った魚を食べれば、手の付けられない犬も片付けられて、犬神も手に入りの一石二鳥です。どうぞ皆様、お好きな方の儀式をお選び下さい。勿論その犬神達には、絶対に生前の行いを気取けどられないよう慎重な運用を。……なんて、昔はバリバリやってたけれど、今はやってないからね。バレたら一族皆殺しにされるし、まず鬼の所業過ぎるって。今は自然発生する方の犬神と契約して、人工的な犬神の生産はやってないでしょう? 同じ九州四国中国方面の出身者として、流石にあの頃は同情したかな。犬神を持ってる家は犬神持いぬがみもちって、狐ヅルと同じように迫害も受けたし、普通に自然発生の方と仲よくやってる家からしたら、冗談じゃないからね。……まあそういう、苦い経験を経ての現在でしょう。でも昔みたいに、火取魔で着物を繕う事は出来なくても、特徴を語られるとはそれだけで、策を練るヒントを与えてしまう。結局、自分で首を絞めてるんだよね。まあ同時に、見えてくるものもありますが」

「……誰の味方にもなってない?」


 豊住さんの話を聞いて、思いついた事を言ってみる。


「僕を野放しにしていたら、赤嶺さんにも話が伝わるって絶対分かるし、赤嶺家は炎刀型の名門で、火の専門家……。銀って人にも困らせるような事やってるし……。……誰の味方にもなってない所か、全員敵に回して孤立してる?」

「うん。そうなんだよね」


 豊住さんはあっさりと頷いた。いつの間にか猫背になって、呆れ顔で頬杖をついている。


「孤立したいようにしか見えない。それも最悪な状態で。まあ明暦の大火から今年で丁度三六〇年目だし、大したハンデにはならないかもしれないけれど。それにしたってまあー器用じゃなさ過ぎる。ていうかもう馬鹿過ぎて笑えない。ねえ九鬼くん。一番合戦さんが、見境の無い人間嫌いではないのは分かるよね?」


 既に煩い蝉達が、一層大きな声で鳴き始めた。


 まるでこれから話す先を拒むような態度に、豊住さんは頭上の木々を、面倒そうに一瞥する。

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