犬と猫
「全てではないがな。慣れない事に疲れたよ。電話の際に、声のトーンを全く変えないのをやった時は本当に苦労した。まあその分強烈に印象的だから、あれが決まればイメージ操作は大体済んだだろうとは思ったが。いないだろ。そんな奴。全くタイミングの悪い頃に、厄介者を寄越されたものだと思ったよ。あの忌々しい枝野組には。銀は今頃になってひょっこり追いかけてくるし、赤嶺の馬鹿まで寄って来るし……。豊住の奴ここに来るまでの間も、相当悪さしながら移動して来たみたいだからな。流石、『
一番合戦さんは奴を人狐ではなく、豊住と呼んだ。
つまりあの頃の一番合戦さんは、同じ百鬼である人狐を、退治しなければならない状態だったという事になる。
「……本当によくやるよね。自分は昔鬼討に追い詰められたのに、今度は自分が鬼討になって同族を斬るなんて」
「あれは狐だ。猫じゃない。猫であっても知らん。折角バレないようないい土地に住み付けたのに、 横取りされては堪らない。我々猫とはそういうものだ。まだあの頃はぽつぽつと、記憶が蘇っていた頃だったしな」
「勝手な事を……」
「おいおいそれはこっちの台詞だろう? かつての幕府はあの人達を殺した翌日には、万一あるかもしれない
「だからそうして機会を窺って、もう一度現れようと?」
「元枝野組のお前にいちいち語る筋などあるまい。……それとも何だ、かつて属していた組に、助けでも求めるか?」
「僕はそんな事は……」
「半百鬼となった分際で。
「――そんな事はどうでもいいんだよ。じゃあ何? 僕は君の嘘に付き合ったお陰で、半百鬼になったって事?」
「寝言は寝て言えお前が勝手に首を突っ込んで来たの間違いだ。私は一貫して言ったぞ関わるなと。枝野の者など腹立たしくて仕方無い……。私も犬は嫌いなんでね」
「最高だよ」
「私は最低だな」
「ああそう。じゃああの銀って赤猫と、丁度いいからもう一回暴れようとか?」
「あぁだとしてもお前に私は止められないなあ。出来損ないの犬っころ程度が、枝野でも殺せなかった百鬼を三六〇年越しの今になって殺せるか?」
無理だ。
頭の隅で確かにそう分かるのに、どうしても認めたいとは思えない。
だって何だよそれ。冗談じゃない。僕は化け物の為に、半分化け物になったのか? そんな理由で、先輩を殺したのと同じ奴らに? 高が大昔の化け猫一匹の為に、人生を狂わされた?
あの屈辱も、あの覚悟も、全てが無駄だと?
信じていた人が、自分を騙していたなんて。一〇万もの人を殺した、怪物だったなんて。
全ては演技だったのか……。あの馬鹿正直で真っ直ぐな所も、子供みたいに無邪気な笑顔も。
拳を作ろうと握った両の指が、手の平を抉りそうになる。
「……もう君の顔なんて二度と見たくない」
「ああ、そうかい」
へらへらと皮肉っぽい笑みを返してきた顔を、ちゃんと見る事は無かった。
すぐに背を向けて歩き出すと、乱暴にドアを開けていたから。
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