死んだ街
百鬼の姿とは、文献により様々だ。同じものであっても細部所か、全くの別種のようにも描かれ、曖昧な彼らの存在をよく表している。
白い毛並みで
海外でもそれは同様で、ブラックドッグの姿も一律ではない。それこそ化け物のような、醜悪な姿をしたのもいれば、伸び切った毛が身体中から垂れ下がる不気味なもの、一方では普通の西洋犬のようにと、決まりきった形は無い。
確かブラックドッグとは死の宣告者でもあると同時に、優秀な墓守りという側面もある。向こうの国では誰かが亡くなると、一緒に犬の死骸を埋める文化があったそうだ。死神により生み出された使者と、人間により生み出された守り神。百鬼に二面性は付き物だが、親が変われば、ここまで内容が変わる百鬼というのも珍しい。
共通しているのは残虐性だ。死神の子なら死の予告で他者を苦しめ、人間の子なら主に仇なす墓荒らしを、どこまでも追いかけ噛み殺す。逃げる事は出来ない絶対的な存在という意味でも通じているが、心がある彼らには個性があり、個体差もあって当然だ。
然しここまで親不孝な犬には、僕は会った事が無い。
海外犬らしいしっかりとした体格だが、まあペットを見ればどにこでもいるような中型犬。黒い毛並みに赤い目と不気味でも、輪郭は普通の犬だ。狼のような姿なので、野性味はある。
そんな姿をした
僕の五メートル程前を歩く黒犬は、約束通り彼女が引っ越して来た辺りとは逆方向の道を取り、今は潰れた商店街の中を歩いている。一番合戦さんの家があるらしい方向には近付いている形だが、もし何かあった際に、連絡が取りやすいのは好都合だろう。僕は黙ってその後ろに続く。
「寂れてんなあ廃墟みたいだ。ここって機能してんのか?」
「さあ……。僕も初めて来た場所だし」
足を止める黒犬に、僕も辺りを見渡した。
色が抜けきった足下のタイル。茶色く錆びきった各店舗の看板。昼間に見たらこの商店街はきっと、セピア色で出来ているだろう。閉め切られた全ての店のシャッターは、もうそのまま何十年も開けられていないような気配を感じる。
通路の真ん中に置かれた、粗末な鉄製ベンチの背には、『正しい航路、正しい航法を』と、辛うじて読める字が刷られていた。ここから歩くと二時間近くかかってしまうが、小さな漁港があるのでそれの関係だろうか。何で山側にある商店街の、お肉屋さんの前に置かれているのかは不思議だが。向かいも別に魚屋さんじゃないし。
田舎に強い傾向な気がするけれど、町ってよく見ると不思議である。神社がある訳でもないのに鳥居があったり、石碑がぽつんと建っていたり。
「ていうか、何でこんないかにも出そうな場所を歩いてるの?」
「百鬼はこういう場所が好きなんだよ。古臭くて埃被ってて、人間に忘れられたような場所とかな。時間が止まってるみたいで、居心地がいいんだよ」
「ふうん……」
商店街の屋根を見上げた。確かに、止まっているようである。
解体されていないという事は、昼間に来ればまだやっている店があるのだろうか。あるいはただ放置されているのか。確かにゆっくり歩きたい黒犬からすれば、うってつけの場所ではある。
「……そう言えば、商店街なんて来たの初めてだなあ」
廃墟みたいだけれど。
「ものを知らねえんだな」
「君もでしょ」
「馬鹿野郎
「ブラックドッグなんかにうろつかれたら、早く立ち去って欲しいから何でもやるよ」
「リンゴとかな。この国は向こうみてえな市場は無えんだな。冷たい建物の中に入っちまってて、食い物の匂いはぷんぷんするんだが」
「ふうん」
……露店の事を言っているのだろうか?
「んだよ。愛想無えな。姉ちゃんと話してる時と落差あり過ぎだろ」
「一番合戦さんは君みたいな口の利き方をしないでしょ」
そんな説明不足な話し方をそもそもしない。
面倒臭がらないよな。あの人。面倒見がいいと言うべきか。僕が引っ越して来た頃だって、暫くあれこれ教えてくれて。怠けたり後回しにしてる所、多分見た事無い。
下にきょうだいがいたりするのだろうか。上の子ってしっかりするから、大人びる事が多いし。プレッシャーだろうなあんなお姉さんいたら……。
商店街を抜けると、今度は大きな公園に差し掛かる。
熱心にアスファルトや空気の匂いを嗅ぎながら歩いていた黒犬は、吸い込まれるように入って行った。まあ何となく行きそうだなとは思ってた僕は、黙ってその後に続く。
砂場と滑り台とブランコ。敷地は広い割に、遊具は随分控え目なサイズに纏められていた。つくりも簡素だし、ただ土地を持て余している様子は、田舎の公園って感じである。遊具が園内の真ん中辺りにちょこんと固まって、がらんとした地面が寂しかった。
出入り口の脇に、背凭れの無いコンクリート製のベンチを見つけて掛けると、園内を嗅ぎ回る黒犬を眺める。目が赤くなければ、もう完全に野良犬だなあ。
「……聞いてたとは思うけどさあ」
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