13
誓い
百の鬼を討つ者。
鬼討とは、百鬼を斬り人々を守る者。例えどんな苦境でも、この魂は渡さない。
命の危機に瀕しながら、それでも言ってのけた彼女の信念を、元鬼討の僕は踏み
「生まれた目的を
「意味が分からねえ」
いきなり何を言い出すのかと、ブラックドッグは露骨に怪訝な顔をした。
「中々俺らに詳しい奴みてえだが、そんな事して何になんだ? それお前、半分魂を俺にやるって事は、俺を取り込んで半分百鬼になるって事なんだぜ? まあ半分人間性を殺すから自殺みてえなもんだけれど、死にてえなら他に幾らでも方法あんだろ」
「僕は自殺志願者じゃない」
多分結果的に、そうなるんだろうけど。
構わない。
それで罪滅ぼしになるのなら。
鬼討だったくせに百鬼に魂を売るなんて、進んで先輩を殺したこいつらに成り下がるなんて、鬼討としても人間としても、生きる資格なんて無い。誇り高い一番合戦さんが相手なら、尚更容赦なんてしないだろう。
「一番合戦さんを助けたいんだ」
「馬鹿野郎」
ブラックドッグは吐き捨てる。
「願い下げだそんなもん。俺はそいつに死を告げに来てんだぜ。助けるような真似したら消えちまうだろ」
「だから、ブラックドッグをやめればいい」
「お前の半身になって別種になってか? お前にメリットなさすぎだろ。俺だってやだよ。お前の魂になっちまったらお前から離れられねえじゃねえか。おちおち散歩も行けやしねえ。そんなら今から自分で探す」
そっぽを向くブラックドッグが、踵を返した所で告げる。
「もう死にそうなんだよ。一番合戦さん」
歩き出そうとした、ブラックドッグの足が止まった。
「次失敗したら消されちゃうんだって? 今まさに死にそうだから、じゃあ間に合わないね」
振り向いたブラックドッグは、じっと闇の中で僕を見る。
脅された所で怖くない。ブラックドッグは所詮伝書鳩。 あくまで伝える事が仕事で戦闘系の百鬼じゃないし、その場限りの関係に過ぎない伝える相手が、どんな人間なのかさえよく知らない。強みらしい強みと言えば、親が死神である事。
「死にたくないなら、僕に従う方がいいと思うけれど。て言うか聞いたらどうせ別種なるんだから、ブラックドッグとしての仕事なんてどうでもいいじゃん。そんなに好きでやってるようにも見えないし」
「――ハッ」
ブラックドッグは笑った。
鋭い牙を覗かせて。
「おもしれえなあお前」
あの狐よりも、不気味で不吉に。
「何企んでんだ? イチバンガッセンカガリってのは、実はお前の彼女だったりすんのかよ?」
「全然。昨日知り合ったばっかりだよ。知り合ったばっかりだけれど、もう二回も命を救われてる」
今と、
だから助けたいなんて、かっこいい理由ではないけれど。そもそも僕が助けたかったのは、僕自身なんだから。
勝手に過去の罪を清算した気になって、少しでも楽に今を生きたかっただけ。何にも出来ないし関係も無いくせに、首を突っ込んで利用されて、
ただ先輩と同じ道を行こうとするのが嫌だっただけで、一番合戦さん自体に特別な思い入れは無い。思い入れられる筈が無い。昨日出会ったばかりなんだから。今だってこんなに必死なのは、また誰かに守られて、生き長らえるのが耐えられないだけ。
そんな見ず知らずと大して変わらないような人間相手にほいほい命を懸けられる程、僕は出来た奴じゃない。守られる身も知らないで、見境無く手を差し伸べるなんてしたくもない。
悪夢だ。あんなものは。
あなたが無事ならそれでいいなんて、皆が無事ならそれでいいなんて、独善も甚だしい。その命でどれだけの人が助かっても、誰も幸せになれはしない。君が死んでいい理由に、絶対なりはしないから。
誰かを犠牲にして生きてまで、自分は価値のある奴なのかって、寧ろ立派なのは犠牲になったその人で、生きるべきはそんな人だったんじゃないかって、助けた人全員に分け隔て無く、一生負い目を与え続ける。そんな人間になんて、僕は絶対になりたくない。
「だから、絶対死なせたくないんだ。百鬼になろうと、悪魔に魂を売ってでも、一番合戦さんは僕が助ける」
意地でも生かして、間違ってるって言ってやる。
君が死んだら君より悲しむ人が、絶対この世にいるって事を。
「悪い奴の顔だなあ」
にやにやとブラックドッグは言った。
そして向き直ると、目の前まで引き返してくる。
「自分の事しか考えちゃいねえ、人がどうなろうが関係ねえって屑の顔だ。ひねくれ者で独り善がり。そういう奴は、大好きだぜ――」
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