第64話 クラリイナとアンジュリィ

「よいしょっと」「よいしょだね」

「ほっほっほっと」「うまくできたねゆきだるま」

「でもここに閉じ込められてると」「かわいそうかいゆきだるま」

「ええとっても」「そうかい、それもそうだな」

「あのー」「おい、あんちゃん!取ってきてくれよう!」

「ああ?俺がか? まあいいか、ほらこれでも食ってな」

「ありがとうございます」「ありがとなあんちゃん」

「というよりいつまで捕まってるつもりだよお前らは」

「ここがいちばん明るいので」「ああそうさ、ものが書きやすいのさ」

「物書きは変わってるな、こんな時でもものを書く算段かよ」

辺りは魔族のものが歩き、空き家という空き家を占拠し、みずからの縄張りをめぐらしている状況でも、文士はただ、その包囲網や魔族の様子を仔細こまかく書き写し、

現れたすべてが何を原因としているか、その真相の究明に闇の中で描き続けるのみ、

とすれば、ここに文士が知らず知らずのうちに集ってしまっているのもまた事実。

「さっそく筆写かい?ふでまめなこったな」

「ええ、なにか変った出来事はなかったですか?」「ってきいてるよあんちゃん」

「そうさな、クラリイナとアンジュリィ、確かだが」

魔族が光を好まないのは確かだが、どうやらこの暗黒の雲も限られた空間でしかないってので、魔族の一人はこれを世界規模に拡張してやりたいっていいだしてるよ、

それによって世界がいくつも召喚されて、あらゆる事象が俺たちがやりやすいようになるって、信じてるらしいからな、そいつの名前は忘れたが、めきめきと頭角を現して、あっという間にほかのやつらから一目置かれて、魔族の一派を名乗ってんだが、

まあ、おれもそいつらの端くれをばさせてもらってるんで、ここで牢屋番みたいなもんをさ、ひとつしてみてるってことよ。

「ありがとう、とても助かったわ」「本当にいろんなことがあんだなこの世にも」

「ああ、まあそうさ、何がきっかけで現世と魔界がひっくり返るか分かったもんじゃないってのが、たしかなところなんだよな」

魔法にかかったみたいに突然に、色んな場所が壊滅していった理由が何かは分からないけれど、魔族がそれを好機ととらえて世界に覇を唱えようとしているって話なのかもしれない、ただ、誰かが何をしでかしたとかがないからその分だけまだ曖昧で分からないことのほうが多いのね。

「おっと、そいつは誰だい?ここにかくまっておくのかい?」

「なんでも上の連中に目をつけられたみたいでな、文士だってよ」

「一等文士だ」

「一等文士」「文士だって?」

見た目はローブ姿で魔法使いみたいなその人は、何かおかしなことを考えてるようで、近づきがたい、

「クラリイナ心配すんなよ、俺が見張っててやるから」「ありがとうアンジュリィ」

「ほう、おまえも文士の端くれか、ならばこの異常がいかにして起きたか分かるか」

「・・・・・・?」「何を言い出すんだ、このオヤジは」

「いかにも、すべてのものがここに集結するを書きつづったからに相違ない、私も同じ暗示に掛かったようなもの、きっとここに更なる暗雲が呼び込まれることだろう」

「おい、こんなやつの牢屋番すんのかい?」

「気にすんなよ、そいつイカれてんのさ、あんまし話しかけないようにな」

「とりあえず一休みとしとけよ、旅で疲れてんのさ、きっと」


「わたしクラリイナといいます、一等文士さんのお話をお聞かせ願いますか?」

「悪くはないな、余は、」

とある国で生まれついた、生まれた時より文士を目指す部門をとおり、

毎日のように文を紡いでいたが、どれも悪文として叱られることが多かった。

ただ、どれも悪くはないということを本当に悪いのは世の法だということを、

小さきときから知り、この世がどのように移り変わるか、その事ばかり案じていた。

文士見習いの端くれのぶざいで悩むことが少し大きすぎたのだ。

身の丈に合わないことを考えれば、身の丈に合わないことが降りかかる。

身の丈に合わないことを描けば、文士はそのチカラによって実現してしまう。

そしてついにわれの国は滅びてしまったよ、文士の国で名高かったその国も、

山のように文士を輩出したその国も、跡形もなくな。

「そんな国があったのですね、知りませんでした」「文士に国なんかあったんだな」

「まあ、私の話はそんなものだ、それ以上でも以下でもない」

この人は、

「未だに世界の事をおおきく話そうとして、この体だ、なにをしたかったのかなど、

 もはや通り過ぎていくばかりで、だいぶん、年老いたようにも感じるよ」

語りたがっているのだな、

いつでもどこでも、

何にでも、

そう思った。

「まだお若いでしょう?」「そうかい老いぼれに見えるけどなあ」

「はっ歳などすぎるまますぎていくものだ、若かりし頃のことなど瞬時の事だ」

「時間はあります、お話しましょうか」

そうしてクラリイナとアンジュリィ、一等文士の話は、

暫しの間、つづき、また休みを繰り返しながら、

その全容は掴まぬまま、一等文士の罪の形が知れるくらいにはなった。

「悪竜を」「なんてやつだい、よくもまあ生きてられるな」

「フンッまあ強運というやつだ」

などと、話を続けていったのである。

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