第六章 シスコンは、吾妹を馳せて

最終話 そして、彼はデミウルゴスと真名で踊る

「あー……やっぱりさー、ボクって悲劇のヒーローだと思うんだよねー」


 外で怒号と銃声が飛び交う中、誰もいない部屋で谷崎はそう呟いだ。


「国を正すために立ち上がる正義の青瓢箪! うん、これはいい。事が終わったら本を書くことにしよう。印税ガッポガッポ。これを研究費に当てれば、もっといいコーヒーが飲めるぞ!」


 一人でテンションを上げて独り言を言う谷崎。取らぬ狸の皮算用をああだこうだと言い続けて、ふと事切れたように静かになる。未だ手足を縛られていて、へたりと床に寝転がった。


「いいじゃん別に。みんな望んでたんだからさ。なんだいよってたかってクズ扱いして。たしかにクズだけど! 自覚しているけど!」


 と、誰に対してでもない逆ギレをする谷崎。虚しくなったのかうなだれてしまった。


 しばらくすると外から足音が聞こえる。


 数分も待たずにドアが激しく蹴破られた。明かりに照らされたのは最新装備に固められたウルフパックの隊員達。銃口を向けて谷崎を取り囲んだ。


「パッケージを確保。本部、排除承認を願う」


 ウルフパックの隊員が淡々と物騒なことを言い始めた。


「ドクター谷崎。国家反逆罪と秘密漏洩罪。その他もろもろの罪で貴方の省略裁判を執行、結果死刑の判決が下りました。よって


「あー、まーそーなりますよねーだよねーうん知ってた」


 谷崎は起き上がり、正座になってうつむいた。


「ああ気にしないで。これがジャパニーズハラキリスタイルだ。ボクもみっともない命乞いは良しとしないタイプの人間でね――ところで君」


 谷崎はうつむいたまま、目の前の兵士に話しかける。



 聞かれた兵士は返答に困っていたようだが、横にいた上官のような男が頷いて許可をしている。


ですドクター谷崎。これで貴方の個体は打ち止めだ」


 ヒュウ、と鳴らす谷崎。命を掴まれているというのに尚も余裕だ。


「ほう! 七人! 凄いじゃないか。よく短期間で全部見つけたね。実に優秀な兵士だ。君は子供の頃、じゃないかね?」


「無駄口はもう沢山だドクター。死刑執行をします。戦士の慈悲です。今度こそ最後の言葉を」


「んふ。最後……最後ねえ。じゃあ最後に種明かしだ」


 谷崎が顔を上げた。


 その表情はそこにいた全ての兵士の背中に怖気が走る、深い邪悪のものだった。


 形容できないほどの無邪気な深淵。


 そこには正義も悪もない深い深い暗い穴。


 見た人が吸い込まれるブラックホール。


 そんな顔だ。


「ボクの作品達は人の何かを差し出している。『グレンデル』は『痛み』。体中の筋繊維をマニピュレーターにして自在に操るなんて想像を絶する痛みを伴う。だが彼はそれを感じない。取り込み、増殖して、自己修復を続ける不死身の黒獣ノスフェラトゥ・ビースト。妹という偶像を追うばかりに、痛みを忘れた狂信者。それがマコトくんの正体だ」


 谷崎がいひひと笑い、話を続ける。


「イリナちゃん……『パンドラ』は言わずもがな。カメラアイの適正だけができる、シナプスを利用した仮想エンジンは記憶を媒体に桁違いの演算処理を可能にする。さらに彼女は歪だが、確かにそこにある厄災の種。彼女は溢れんばかりの『記憶』に苦しみ、それを差し出した。そして――」


 ここで上官のような男が慌て始めた。


「な、なんだと…… だ、誰も彼もが管理者権限アドミニストレーターを持っている!? バカな! じゃあここにいるのは……」



 全員がドクターを見た。


 その顔は既に人ではなかった。



「そしてボク。が差し出したのは『孤独』さ。ボクは絶対にできないと言われた人格複製を可能にしてしまった。それは人格が希薄だからこそ、サイコ野郎のボクであるからこその才能!」


 ドクターは高らかに笑う。


 実に満足そうな笑い声だ。


 不快極まるその声に、一騎当千の兵達は怯え、恐れおののいている。


     デミウルゴス模倣創造主  



 発砲音。



 ウルフパックの隊員の一人が谷崎を撃った。ほとんど恐怖からの発砲といって差し支えはない。誰も彼もが肩で息をしていた。


 谷崎は脳核を破壊されたようで絶命したらしく、ビクビクと痙攣してやがて静かになった。



 しかし谷崎だったものは、尚もクヒヒと笑う。



 恐らく死をトリガーにした音声ファイルが再生されたのだろう。


「ああ、実に良い。スマートな仕事だ。だが気をつけたまえよ? ボクの体には今、マコトくんの置き土産がいっぱいだ」


 不審に思った隊員が谷崎の服を剥がす。



 そこには爆弾が仕掛けられていて――。




 ◇




 あーボクが死んだ。さ、共有映像はこんな所です。


 どうでしょう? ボクを養ってくれる気になりましたか?



 ――結構結構!



 いいですね。私も故郷に帰れてよかったと思います。



 え? 何? ボクは本物かって? 


 何を言うんです、ボクはボクであってみんなボクだ。誰も彼もが本物ですよ。


 はい? それは不死身なんじゃないかって?


 やだなぁ、形あるものは必ず死にますとも。


 ちょっとくらい長くったって、その法則は変わりませんよ。


 不老不死は諦めて下さい。そんなの、ロクなものでもありませんから。


 それよりもですね、スタッフにコーヒーバリスタを一名頂きたい。


 ボクはコーヒーには目がなくてね。『グレンデル』――マコトくんも大好きなんですよ。


 彼を招待することもあるでしょうから、その時に美味しいものをご馳走したいのです。


 んん? あー。自分を殺した彼のことは嫌いじゃないのかって?


 何をおっしゃいますか!


 


 あとそれと……





「コーヒーがちょっと美味しくなった! えらいぞマコちゃん!」


「そりゃどうも」


 俺の店のフードコートでキャッキャと話に花を咲かせる女子高生たち。そしてその中心にはイリナがいた。女子高生たちに髪をいじられたり化粧を施されたりとおもちゃにされている。イリナはオーバーフローを起こし、目を白黒させていた。



 あれから二週間がたった。



 ドクターの訴えは無事受理され、世界をひっくり返す特大スキャンダルが世界中を駆け巡った。イーストアメリカ州は資本主義の悪意の再来として非難轟々の嵐に晒されている。


 当然のようにセントラル、そしてウエストも巻き添えを食らっての大騒動。国連は満場一致のブチギレを露わにして、経済制裁にまで発展した。意図的に戦争を誘発しようとしていたとすれば、それは当然の結果だった。


 テレビは未だこの話題をひっきりなしに報道していて、そろそろ耳にタコができそうだ。だが不倫報道やら何やら、実にどうでもいい事よりはいくらかましだろう。


 結局イリナは俺が引き取った。今更米帝に帰れるはずもなく、本人も俺の側にいることを望んでいた。あと余計な足がつかないようにと、サリサに頼んで彼女の存在を有耶無耶にしてもらった。この事件の後に失踪、現在は行方不明といった塩梅だ。


 米帝のデータバンクに侵入できたと喜んでいたが、あんまりヤブを突かないでおこうと思う。


 個人的には妹が生き返ったようで心底嬉しい。ただ彼女の生前のような接し方をするとやっぱり「度の過ぎたシスコンサイボーグ」と言われてしまうので自重はしている。


 ドクターがまたテレビに映る。


 彼は今や時の人だ。


 ふざけた笑顔が人気が出ているとかなんとかの噂もある。


 実に、実に忌々しい。


 世間では青もやしの決死の逃避行とされているが、本当は俺達と同じく違法サイボーグで、ある意味最強だからこそ生き残れたのに。何か納得いかないでいる。


 そしてもっと納得いかないのは、新たに入居した三階の住人だった。



「お兄様、お紅茶は置いてありませんの? 切らしてしまいましたわ」



 店のバックヤードから堂々と入ってきたのは姿千里眼ザ・アイ』こと、アンジェリカだった。


 激闘から数日後。三階を借りたいと不動産屋が連絡があり、喜々として鍵を渡しに出向いた。そして待っていたのはあろうことか俺の手足をもぎ取ったスナイパー姉弟だった。


 アンジェリカ曰く、彼女らはお払い箱になった上、この騒動で顔が割れて闇の仕事ができなくなったそうだ。いい機会だから真面目に働きたいとのことだが、だからって何故俺のビルなのだろうか。


 そして何をしだすかと思ったら、『写真屋フォトグラファー』こと弟のサニーが写真教室を開いていた。


 実は今、。フィルムに映し出したそれを暗室で薬品に漬け込み、発色させるという死ぬほど面倒なプロセスは「人間らしさ」を重視する今の人にとってこれ以上のない高尚な趣味……ということだ。


 ちゃんと勤まるのかと心配していたが、無骨ながら愛嬌のあるサニーのキャラが評判を呼び、意外と生徒が集まっているそうだ。もう何が流行るのかよくわからない。


 ちなみにああ見えてサニーはだから驚いている。


 呼吸でライフルがブレないように口を塞いだ違法改造は今もそのままだが、無線で話しかけてくる彼の声はそれはそれは幼いショタ声でダブルショックだった。


 姉はというと写真教室と俺の店を手伝っている。


 俺はもちろん断ったが、頑に譲らないので最終的には根負けしてしまった。


「あらお兄様、考え事?」


 カウンターで頬杖をついていると、アンジェリカが馴れ馴れしく横に座る。あんなに折檻してやったのに全然堪えていない。それどころか妙にスキンシップを求めてくるのは何故だ。


「そうだな、何か色々納得できくてモヤモヤしてる」


「お悩みごと? 私なら相談に乗りますよ?」


「主にお前たちのことなんだけどな!」


「あら、私のことを考えてくれたなんて……そんな」


 アンジェリカは何故か顔を赤らめてしなだれてくる。誤解をされるので本当に止めて欲しい。ぐいぐいと離そうとするが流石は『千里眼ザ・アイ』、俺の手を華麗にいなして尚もくっついてくる。


 誰が見ているのも構わずこうだ。加えて最近はアンジェリカの評判を聞きつけて、用もないのに商店街のオヤジどもが茶を飲みに来るからたまったものではない。


「なになに!? 二人ってそういう関係だったの!?」


 いつの間にかみーこがカウンター越しに立っていた。こいつもあんな冒険をしたというのにケロッとしている。どういうわけかあの顛末を誰にも喋ること無く、そしていつもどおりに俺に接してくるのだ。女の子は本当にわからない。


 心配していた電子ドラッグの後遺症は何も無かった。アンジェリカの事を覚えているかと思ったら、そこだけ完全に記憶が抜け落ちているのがまた都合が良すぎて頭が痛い。今やアンジェリカとみーこは友達関係だ。


 そんなみーこは、俺達をまるでトレンディドラマのワンシーンを見ているかのような表情だ。他人事だからって楽しそうにしやがって。こっちは必死なのだ。


「そうじゃない。二週間前に会ったばかりだ」


「冷たいこと言いますわお兄様。私の事、会って間もないのに……私の事剥いて『』って言ったじゃないですか。とも……」


「え! 何それ!? 聞かせて聞かせて! ってかマコちゃん大胆! キャー!」


 みーこが興奮したように顔を近づけてきた。年頃の女の子には大好物のネタのようだ。


 アンジェリカを見ると、さっきの恥じらいはどこへやら。口元を隠してオホホと笑っていた。


 こ、こいつ……いい性格してやがる。


 いつかサリサみたいにセクハラしてやるから覚えていろよ。


「マスター! 助けて!」


 女子高生たちのおもちゃにされたイリナがドタドタと店内を逃げ回っている。彼女をいじっていた女子高生も楽しそうに彼女を追い回していた。


 平穏な暮らしを望んでいたのに、何故こんな騒々しい毎日になってしまうのだろうか。


 本当に納得いかない。


 ……でもまぁ、そんな日常が続いても悪いことはない。


 修羅に生きている頃よりは大分マシだ。


 人生は帳尻があうものだ。


 苦労した分、今は楽しんでおこう。


 イリナだって、アンジェリカだってサニーだって、そしてサリサだって。


 これからは楽しい事が待っているはずさ。



 ◇



 女子高生たちが帰り静まった店内。イリナは疲れ果て、俺の隣ですやすやと寝ていた。


 不意に店のドアが開く。入ってきたのは明らかに堅気ではない黒スーツの男。何か思い詰めたような表情をしていた。


 その沈んだ顔を見てため息をつく。


 彼は裏のほうの客なのだろう。


 俺は観念して立ち上がった。


 多分、これからずっとこんな感じなのだろうなと諦めながら。


 だが――それもまた、いいかもしれない。



 乞われたら助けるのだ。


 誰でも。


 命を賭して。


 この剣にかけて。


 そう妹と約束したのだから。



 


「いらっしゃい。ようこそジャンクショップ『ブラスト』へ。何が欲しいんだい? それとも、何か『』があるのかな?」







































【不明な接続を確認しました】


【不明な接続を確認しました】


【不明な接続を確認しました】




 警告。


 引き返せ。


 警告。


 身の保証はない。


 警告。


 引き返せ。


 警告。



 警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告警告……




 


 誰だか知らないけど!


 ここには記憶ログしかないよ!


 でもまあ、見るのはやぶさかではないけれど。


 頼むから内緒にしてほしい。


 暴露した所で誰の得にもならないよ。


 それどころか、


 それでもいいなら、この先へどうぞ。


 警告はしたからね!










■■■■年■■月■■日 ■■時■■分。

座標■■.■■■.■■■




「お前! なんの権限があって!」


「文句があるなら大使館に連絡してくれ。この場所は超法規的な、とってもデリケートな場所になった。キミ達が執刀することは許されない」


「ふざけるな! 米帝に何の権限がある!」


「良いから良いから。出てっておくれよ。そうじゃないと……解体しちゃうぞ♡」


「ひ、ヒィ! め、メスが!」


「先生!」


「あら惜しい。ダーツは得意だったんだけど。次はブルを狙おう。



 ……。



「さあ、邪魔者はいなくなったよ梓ちゃん」


「あはは……ホントに……クズみたいな人」


「うん、よく言われるよ……」


「谷崎さん?」


「ごめんよ。本当にごめんよ。ぼ、ボクの力不足だ。ボクでは……君の病気を治せない。ゆ、許してくれ……」


「泣かないで……いいの。私は幸せだった」


「そんな事を言わないでくれ。ボクは人を助けたいんだ! ヒーローを作ったのも! クズになったのも! 君のような人を!」


「いいの。それで、私も……ヒーローになれるの?」


「……ごめんよ」


「あはは、そんなに上手くいかない、か……」


「で、でも」


「でも?」


「……。ある子がヒーローになろうとしている。でも、その子はもう生きる事を放棄している。全てがどうでも良くなって、投げやりになって。全部ぜんぶ、諦めている」


「神様は……ズルいよね……なら、わたしがその……元気を……」


「梓ちゃん!」


「……続けて谷崎さん。泣かないで」


「うっ……くっ……! その子がヒーローになるためには、どうしても希望がいる。そして、もう一人のヒーローが居る。パンドラは開けっ放しになって、もう空っぽの箱なんだ。だから梓ちゃん」


「なぁに?」


「彼女の、補助脳核になってくれないか」


「……いいよ」


「ぐっ……あ、梓ちゃん。ごめんよ! こんな事でしか! ボクは! ボクは! うわああああ!!」


「いいの。ほら鼻かんで……始めて? ……ああ、そうだ」


「な、何だい?」


「名前が欲しい。お兄ちゃんみたいなカッコイイの」


「う、うん。も、もう君の真名は決まっているんだ」


「教えて?」


「――『エルピス希望』。君は今から……ひぐっ……希望だ」


「まぁ……いいね……それ……」


「エルピス。さあ、始めるよ。 マコトくんと、パンドラの希望になるんだ!」




(了)

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シスコンは吾妹を馳せて剣を抜く -Gun, Sword, and Sister complex- 三ツ葉亮佑 @MatsubaRyousuke

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