第20話 それが貴方の真名

 メンテナンスドッグの中はガランとしていた。ドッグにもコンテナ船は来ておらず、人気もまったくない。もしかしたら従業員たちはあの令嬢に捕まって、どこかに押し込まれているのかもしれない。


「サリサ、どこか安全な部屋は無いか?」


『今座標を送るね。そこから南――海の方角に真っすぐ進んで。階段を上がって奥に折れると奥に事務室がある。そこがいいかも!』


 サリサに促されるままに向かい、そして部屋に入る。彼女の言うとおり、そこは事務室のようだった。スチール製の机が並び、書類が散乱している。ついさっきまで人がいたような感じだ。


『連中が移動したよ。お兄ちゃん達がそこに隠れたのを見ていたようね。ずいぶんゆっくり歩いてる』


「第一関門は突破ってか。くそ、ハナからここに追い込むつもりだったな! 俺のステージ閉所戦闘で殺すってか……サリサ、ここの詳細な見取り図をくれ」


『了解。ちょっと待ってて』


 俺はそう言うとスチール製の机を動かして部屋の隅に簡単なバリケードを組んだ。そして入り口の一つに無線起爆式の手榴弾トラップを仕掛けると、イリナをバリケードの中に促す。


「イリナ、ここに隠れているんだ。もし俺に何かがあったら逃げろ。トラップのコードも渡しておく。お前があのセンサーに触れても大丈夫だ」


「……ノー、マスター。離れるのが、怖い」


 こんな時にむずがるイリナ。腕にひっついて離れようとしなかった。


「いいから。必ず迎えに来る。この中なら、あの冗談みたいな砲撃は飛んでこないはずだ」


「ノー、マスター。貴方は今、統計的に良い結末を迎えない言葉を口にしています」


 ふるふると首を振るイリナ。緊張の糸が切れたのか、今になって震えていた。確かに彼女は軍用サイボーグではあるがその実、訓練も受けていない一般人に近いものなのだろう。


「わかった、わかったよ」


 俺は彼女を胸に寄せ、頭を優しく撫でる。くそうメッチャクチャ可愛い。


 震えが収まったところで俺はポケットの中の無線端子を渡した。


「……これは?」


新人達ブラボーチームの拷問の時にも使った無線端子だ。これは俺の特別製でな。短距離なら強固な暗号通信ができるし、視界と聴覚を共有できる。サリサともつながっているから安心だ」


 俺はイリナの髪をかきあげると、首元の端子にそっと差し込んだ。


「これで視界共有でもなんでもしていろ。そして終わったら迎えに来てくれ。万が一俺がやられたら逃げろ。いいな?」


「ノー、マスター」


「いいかイリナ。これは命令だ」


「ノー!」


 イリナは子供のように両手を上げて抗議する。


 俺はため息をついた。女の子がこうなると本当にテコでも動かず、曲げないことはよく知っている。そもそも梓もそういう女の子だった。


 ともすれば。


 ここは何かを差し出すべきなのだろう。


 仕方がない、これはあまりしたくなかったが――俺はARウィンドウ拡張現実UIを操作してメールを開く。そこに古い文章ファイルを添付してイリナに送った。


「マスター、これは?」


「俺の説明書。


「マスターの、全て。信頼の……」


 イリナはその文書をARウィンドウ拡張現実UIで参照しているようで、少し遠い目で虚空を見つめている。そして目を見開いて驚き、俺を見た。


イリナこうしよう。俺に危機が迫ったらその説明書通りに助けに来てくれ。短波無線で知らせる。それまでは隠れている。いいな?」


「しかしマスター……」


「切り札は最後に出すものさ。ユーコピー?」


 イリナは不服といったように口元を尖らせる。


 だが意図を汲み取ってくれたようで、上目遣いでコクンと頷く。


 そしてしぶしぶとバリケードの下に隠れた。


「……アイコピー、マスター。ですが、危なくなったら必ず駆けつけます」


 机の下をのぞくと、イリナは頬をぷくっと膨らませている。理解はしたが、納得はしていないという感じだ。


 怒った顔も妹に酷使している。


 その顔が可愛くて、思わずキスをしたくなるが――我慢した。すっごい我慢した。


『お取り込みのところ申し訳ないんだけど』


 サリサが良い所で割り込んできた。


『イチャついている間に連中がドッグの反対側のドアから入ったよ――あ、くそ! カメラに気づいたな! 壊された!』


「感のいい連中だ。サリサ、マップは?」


『ほいよ』


 サリサが画像を共有してきた。ARウィンドウ拡張現実UIには複雑なメンテナンスドッグの三次元の見取り図と、併設する倉庫が映し出された。


「この倉庫は?」


『共用で使ってる倉庫みたいね。中身は――ああ、ちょっと待って。密輸品と偽装書が混ざってて――あ、出た。医療義体のパーツとかみたいよ?』


「医療義体の、パーツ、ね……」


 ううむ。


 ここしか無い、か。


 おあつらえ向きなバトルフィールドだというのは、考え過ぎなのだろうか?


「――。サリサ、奴らにメールできるか? ここで待ってるって」


『いやまぁ出来るっちゃできるけど。どういうつもり? お兄ちゃんは局地白兵戦闘ブレードファイトが得意なんじゃないの?』


「奥の手を使うにはここが一番だ。頼んだぞ」


『アイアイサー、お兄ちゃん』


 そう言って部屋を出て階段を急いで下がる。連中に聞こえないように、しかし急ぎ足で廊下を走り、最短距離で倉庫にたどり着いた。


 扉を開けると、そこには木箱やスチール製の棚がまばらに、そして乱雑に置いてあった。身を隠すには最適だが――



 不意に、遠くから足音。



 急いで扉を締めて、手頃な木箱に隠れる。しばらくすると鉄製の扉が音を立てて吹き飛んだ。あんまり派手に吹き飛んだので、ちょっとドキドキしたのは内緒だ。


 木箱の脇からのぞいてみると、そこには大男と、背後に盲目の令嬢がいた。


 大男の手には対主力戦車用ライフルMBTバスターライフルが握られていた。その銃身の先には戦車砲塔のようなフラッシュハイダーと、下部にはなんとチェーンソーがついていた。


 彼らの得意技は遠距離からの狙撃と、ブレードによる斬殺体とあった。あの悪趣味なチェーンソーがその正体なのだろうか?


 ……いや、どちらかといえばあれは武器というよりも、固定具に近い。チェーンソーの歯が妙に分厚いのは、コンクリート等の壁面に無理やり固定するためのものだ。近距離戦はオマケ程度だろう。


 大男は入り口に陣取り、銃を構えながら周囲を警戒している。そして後ろにいた盲目の令嬢が前に出ると、一瞬だけ右耳を抑えて顔をしかめた。


「……これはまた、隠れましたねお兄様。せっかくのお誘いだと言うのにかくれんぼですか?」


 令嬢がパチン、と指を鳴らす。


 すると大男はチェーンソーを起動させ、手当たり次第荷物を切りつけていた。


 計画性の無い破壊の音が倉庫に響く。これではさっきの狙撃と同じだ。いずれ隠れている木箱も破壊されて、バレる。時間の問題だった。


 さてどうしたものか。盲目の令嬢はもとより、あの大男は狙撃だけでなく接近戦もこなせると考えるべきだろう。盲目の令嬢は先の言葉から解るように観測者スポッターなのだろうが……。



 まてよ?


 



 ハッと思いついたことがある。


 俺はゆっくりと木箱から顔を覗かせ、二人の行動をつぶさに観察した。


 『常にクールであれ』という言葉が頭に繰り返し再生される。恐怖も興奮も等しく思考の邪魔になるものだ。ヒートシンクがCPUの熱を逃がすが如く、俺は気づかれないように静かに深呼吸を繰り返した。


 相変わらず大男は目についたものを片っ端から壊している。壊してはいるが――。



 ――?


 



 大男は単にチェーンソーをぶん回しているだけなのだが……不定期に一瞬だけ、大男はチェーンソーを停止させている。


 その間のときだけ、令嬢は何か聞き入っているように見えた。




 突如、思考の深淵に雷が疾走る。


 恐ろしく正確な狙撃も、闇夜の狙撃も。


 スモーク越しの狙撃も、デタラメな破壊も。


 何もかもが一つに繋がってゆく。




 ――なるほど。

 



 すぐに大男がチェーンソーを起動させて破壊を撒き散らす。甲高い音が鳴り響き、木箱が破壊される音がした。その先を見てみると、大穴の空いた木箱から荷物が崩れ落ちていた。


 木箱から出てきたのは首のない人間の体……


 ……のように見える、全身サイボーグ用のボディだった。


 計画通りだ。よかった、事前情報が間違っていたらどうしようかと内心ドキドキしていた。


 この倉庫にあるのはサリサの言ったとおりサイボーグ用の医療義体。そばの木箱のラベルを見ると、有名な義体メーカーの印があった。


 あらかた斬り終えた大男は盲目の令嬢に指示を求めているように見えた。彼らはどういう関係なのだろうか。恋人、というものにも見えないが……?


「やっぱり分かり辛い。どれもこれもが人の体をしていては判別できませんわ」


 盲目の少女が悔しそうに呟く。


 だがすぐに顔をニコニコさせ、彼女は倉庫を歩き回り始めた。


「そうそう、自己紹介がまだでした。初めまして、私は『千里眼ザ・アイ』。傍に控えているのが、私の弟の『写真屋フォトグラファー』」


 当然返事をするはずもないが、彼女は構わず続けた。


 そして確信に至る。


 彼女が『千里眼ザ・アイ』だというのであれば、おそらくは……。


「もうお気づきでしょうが、私たちはフリーランスのスナイパー。たまたま日本に滞在していましたが……面白い依頼を頂きましたの」


 白杖をコツコツと鳴らし、暗闇を歩く『千里眼ザ・アイ』。


 その足取りは軽やかだ。まるでダンスホールを歩く初々しい令嬢。血なまぐさい事を除けば、然るべき場所にいなければならない程に彼女は優雅だ。


「ケチくさい米帝のつまらないお仕事だとは思っていましたが……お兄様が相手と知って驚きましたわ。ご高名はかねがね承っておりますことよ?



たった一人の中隊ワンマンカンパニー』、



『ミサイル斬りのサムライ』、



『ピンク髪の悪魔』……そして」



 『千里眼ザ・アイ』がパチンと指を鳴らす。




 ――




 俺はそのタイミングを見計らって足に力を込め、飛んだ。


 すぐに爆音が轟き、倉庫の荷物が吹き飛ぶ。


 対主力戦車用ライフルMBTバスターライフルの威嚇射撃だ。


 義体があたりに散らばった。




不死者ノスフェラトゥ『グレンデル』。




「その名で俺を呼ぶな」


「!!」


 そして、間合いに入った。

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