第五章 黒獣顕現

第18話 剣の約束

 真っ白なドームの中に、ポツンと、そして再び彼女はいた。


 ただ前とシルエットこそ同じものの、彼女は白衣以外は真っ黒のだった。


 慣れたように白い地平線を歩きながら、キョロキョロと辺りを見回す。そして遠くに黒い木を見つけると、鼻歌交じりでそこへ向かった。


 やがて彼女は枯れた樹のようなものの前に来ると、『666』と書かれた墓石にぴょんと乗っかって座った。


 墓石の前に佇む樹はやはり、カーボンナノチューブの人工筋繊維の塊だった。真っ黒な樹は僅かに表皮を蠕動させて、時折心臓の鼓動のように大きく脈打つ。



 少女がそう呼ぶと、樹は幹の繊維体をグワリと開けて、その中央に納まっているるもの――俺自身を露出させた。


「お兄ちゃん!」


 少女が再び声をかけると俺がゆっくりと顔を上げる。少年のように幼いくせに、やけに年老いたような疲れた顔。影法師の彼女を見て、俺はくたびれたように笑う。


「やあ……こんどはどっちだ?」


 


「ああ、そうか。それもまた、どうでもいい」


「ねえお兄ちゃん。なんで出てこないの?」


「出る必要がなくなったからだよ、イリナ


「そうかなぁ? わたしはそうは思わないよ」


 彼女はそう言うと歩み出て、蠕動する気色の悪い樹の根本にちょこんと座る。背を預けてくると人工筋繊維が驚いて脈打った。彼女はそれを「おもしろい!」とはしゃいで、人工繊維体をツンツンとつつきはじめる。


「ねえお兄ちゃん、怒ってるの?」


「そんなことはない」


「寂しいの?」


「そんなことはない」


「悔しいの?」


「そんなことは――」





 彼女の真っ黒な顔が突如、ザザっとノイズが走る。気がついたときには彼女はみーこの顔になっていて、いつもの無機質な目線を俺に刺していた。


「マコちゃんはいつもさびしいの」


「ちがう」


「泣きたいんでしょ?」


「ちがう」


「つらいんでしょう?」


「ちがう!」


 ドゥ! と樹が吠えて形を変える。白いキャンパスに黒いインクをこぼしたように人工筋繊維が大きく広がると、すぐに収縮して別の形をかたどる。


 それは猫科とも犬科とも言えない四足の化物だった。目はどこにもなく、ただ口が大きく広がっている。不揃いの牙は鋭く、それでいて表面がドクンドクンと波打っている。


「なんでそんな形になるの?」


「ダマレ。貴様ニ何ガ解ル」


「そっちはわかるよ。


 影法師の顔がザザっとノイズが入る。そして現れたのは梓の顔だった。


「ヤメロ。ソノ顔ヲ見セルナ」


「そう言われても。これが私だよお兄ちゃん」


「食イ殺サレタイノカ!」


「べつにいいよ。でも私はいつでもどこにでも、どうされようと、ここにいる」


「梓ハ死ンダ!」


「死んじゃった。でも、いるよ」


 そっと影法師が醜い俺の顔を撫でる。人の何倍も膨れ上がった黒獣はちっぽけな彼女に恐れおののき、ガタガタと震えている。


「さあお兄ちゃん。いいかげん出てきてよ。もういいじゃん。そろそろ自分の好きにしたら?」


「俺ハ必要ナイ」


「嘘。さ、いこう。またかっこいい姿見せて。でないと、あの子を……パンドラを護ることができないよ?」


「俺ハオマエダケヲ護ル。パンドラナド知ルカ!」


「だから、護ってよ。私はパンドラ。。だから、護って。お兄ちゃんが、あの子にわたしを見たのでしょう?」



 ……。


 …………?




「どういうことなんだ、梓――」



 ◇



「うおあ!」


 飛び起きてしまった。何故か頭痛がする。寝たのにとても気分が悪い。もしかしたら、また悪夢のようなものを見てしまったのだろうか。ARウィンドウ拡張現実UIの時計を見てみると、夜の九時だった。


 あのあと激高した俺はサリサに促されてシャワーを浴びて頭を覚ますことにした。


 その後すぐにでもみーこを助けに行きたかったのだが、ああいう輩はある程度ルールを守らないと人質の生命どころか俺の弱みとわかるものを端から荒らし回る。それに、西の港といってもほとんど一つの街ほどに広いので、闇雲に探し回ってもどうにもならない。


 よって夜の十二時まで体力を――いや、この基本的に疲れを知らないサイボーグ化社会にとっては、精神力と言い換えたほうが良いか。そんな感じのものを休ませるためベッドを借りた。


 間接照明のおしゃれな寝室は何故かキングサイズのベッドがあって、寝転がるとイリナもちゃっかり俺の腕にしがみついて寝はじめた。もちろん今も横にバッチリしがみついて寝ている。正直に言うとこれだけでバイタルサインがマキシマムになり絶好調となるのだが、もうちょっとこうしていたい。


 イリナの頭を撫でる。僅かに身をよじって俺の腕により強くしがみついて来る。


 幸せを感じる反面。


 何故イリナは、こんなにも俺を信用してくれるのだろうか。


 彼女の言い分からすると――彼女は何も覚えていない。生い立ちも、楽しかったことも辛かったことも。居るであろう親の顔も、友人の顔も。何一つ、全てだ。


 そんな人間がどうなるかは知っている。かつて、親の顔すら知らない孤児の少年兵が多く居た戦場があったが――彼らは保護されても尚、殺人機械であり続けることを選ぶ。何者も人間であると認知できず、例え無償の愛を施されてもそれを愛と認知することができない。殺人機械にとって愛情は劣情に似ていて、その量で何人殺せるエネルギーになるかという試算を頭のなかで弾くのだ。


 彼女もそうあるのだろうと――最初は思った。頑なにパンドラ道具であり続けるかと思ったが。俺をマスターと呼ぶ割には、その身を全て預けている。道具であるなら、必要以外の時は棚にいるように静かにしているはずだ。


 それは何故なのだろう。


 もしかしたら、彼女はぬくもりを覚えていると言った、そのせいか。俺と同じように、半端な違法サイボーグになっている。


 ならばやはり、彼女を守らなければならないだろう。捕まれば、また彼女はシステムとして記憶を奪われて――俺すらも忘れてしまうかもしれない。


「イリナ……」


 聞こえないように呟いて、そっと腕から彼女の手を外す。ベッドから降りてリビングに行くとサリサが何やら作業をしていた。


「あらお兄ちゃんおはよう。ずいぶんとうなされてたみたいだけど」


 レザーソファーに深く座りながら、腕輪型のウェラブルPCから表示されたホログラフウィンドウを大量に展開しているサリサ。俺が向かいに座ると、浮かび上がったウィンドウを手で払うようにして閉じた。


「よく寝れた?」


「ああ、バッチリだ」


「うそこけ。さっきよりげっそりしてるくせに」


 シャカシャカと忙しない音がしたので振り向くと、バトラーが抜群のタイミングでコーヒーを持ってきた。相変わらず香り立ついい豆だ。お礼を言って受け取ると、バトラーは僅かに顔を傾けて、そしてシャカシャカとキッチンに引っ込んでいった。


「一応、あいつらがいそうなところの目星をつけといた。あとそれらしいシステムに『芽』を入れといたから、いつでもシステムジャックできるようにしてある」


「凄いなサリサ。ありがとう」


「どういたしまして。お礼はキッチリ頂くつもりだし」


 またしても四足のシャカシャカ音が聞こえてくる。バトラーがまたしても絶妙な間で紅茶をサリサに持ってきた。このロボット、彼女の作ったワンオフ機だそうだがえらく有能だ。


 シャカシャカと再びキッチンへ戻ってゆく。その様子をソファーに沈めながらぼんやりと眺めていると、いつの間にかサリサが横に来て座った。


「今気づいたけどさ、お前なんて格好してんだ」


 サリサはさっきと違って、えらくラフな……いや、ラフすぎる。シースルーのパープルガウンに黒い下着。幼女体型でなかったら、どっかの風俗店みたいな感じだ。


「家ではいつもこうなんだけど?」


「うそつけ。さっきはゴスロリ服だったくせに」


「バレたか」


「バレないと思ったか」


 コーヒーカップを傾けてその味を楽しんでいると、今度はサリサが肩にしなだれてきた。妙にベタベタしてくる。


「どうしたよ今度は」


「この姿の女の子が横にいるのに何も感じないとかアホなの?」


「悪いな、前も言ったように幼女体型じゃ立つものも立たないよ。つうか、なんでその格好なんだ? お前、もうちょっとトシいってるだろ」


「あー、まー、そうだね。問題なく結婚はできるかも。でもお兄ちゃんだって人のこと言えないじゃんよ」


「そりゃそうだが」


 カップを置いて再びレザーソファーに背中を預ける。


「このソファーいいな。どこで買った?」


「いいでしょ。フルオーダー品。あそこのアーケードの畦下家具で作ってもらった」


「地元産かよビックリだ。あすこのオヤジとは銭湯でよく合うからな。こんど聞いてみよう」


「けっこういい値段するよ? お兄ちゃんの稼ぎで大丈夫なわけ?」


「ぐ……それを言われると痛い……が、今回の金で何とかできるはず」


「ふーん」


 急に興味がなくなったような返事をするサリサ。しばらく無言が続いて妙な空気が流れる。なんだかみーこに真っ直ぐ見られたような、あんな感じだ。


「もう!」


 いきなり腰のあたりにドスン! と重み。顔を上げてみるとサリサが馬乗りになっていた。


「こんにゃろ。解ってるくせにシカトして! 


 サリサが抱きついてきた。小さい胸をグイグイと押し付けてきて、ちっちゃな顔を上げて首にキスをしてきた。無理矢理過ぎるって!


「いや完全に犯罪めいてるから。大人ボディに換装してこいって」


「いや。この姿でしてほしいの」


「世のロリコン共が聞いたら滂沱の涙を流しておっ立てるだろうがな。イリナもいるし、事が事だ。そういう気分じゃないよ」


「私はそういう気分なんだよ!」


 サリサがガウンを脱ぎ捨てて、その白肌をあらわにする。さらに下着まで手をかけたので、流石に俺も彼女のほっぺをブニ―っと伸ばして止めた。


「いひゃいいひゃいいひゃい」


「そろそろ本気でやめろって」


 イリナに負けず劣らずほっぺがみょいーんと伸びるサリサ。これはけっこう面白いかもしれない。手をパッと離すと、けっこう痛かったのか赤くなった頬をさすっていた。


「ちえー。なんだよもう。何、ホントに妹ちゃんの顔じゃないと立たないとか?」


「違う……てかどうしたんだよいきなり」


「良いでしょ別にいきなりサカっても」


「理由になってないぞ」


「じゃあ理由言うよ。お兄ちゃんが死ぬかもしれないから、その前に思い出ほしいんだよバカ!」


 小さい腕で胸をドコっと叩いて、そして顔をそこに埋めるサリサ。照明が少し落ちているのでよくわからないけれども、ちょっとだけ耳が赤くなっているのが――勿論梓やイリナには敵わないが、これはこれで可愛い。


「俺は死なないってば。教えただろう」


「そうだね――お兄ちゃんはドクター谷崎が作り上げた違法サイボーグ。人の何かを差し出して出鱈目な強さを持ったヒーローたち。お兄ちゃんは『痛み』を差し出して、全身の人工筋繊維を自由自在に操って、他のサイボーグのものすら同化して――無限に再生、肥大し続ける『グレンデル』」


「……そこまで知ってるのか」


「あたしを何だと思ってるの? でもお兄ちゃんは今、『グレンデル』を封印してる。梓ちゃんが死んで強さを棄ててる。もちろん、銃とかじゃ死なないだろうけどさ。木っ端微塵になったりでもしたら――」


「そんな事にはならないように腕は磨いてるつもりだ。いざとなれば『グレンデル』を――」





 どこかで聞いたようなフレーズ。サリサが半分涙目で俺を睨んだ。


「知ってる。お兄ちゃんは『グレンデル』を心の底で閉じ込めたんだって。二度と解けることの無いセーフティーをかけて仕舞い込んでる」


「――。サリサ、米帝の…… だからマッサージ屋を放棄したんだろ。危ない橋を渡るなよ」


「うるさい! 私の気も知らないで!」


「……」


 シャカシャカ、と後ろから音がする。のけぞってみてみると、バトラーがキッチンから四角い顔と愛嬌のあるカメラアイを壁の端を覗かせていた。俺は手を振ると、バトラーはちゃんと察してシャカシャカと奥へ戻った。


「米帝の新人達ブラボーチームを跳ね除けたのだって、あれはお兄ちゃんの庭だったから。奴らがお兄ちゃんを十分に理解しているなら、。『グレンデル』を満足に使えないお兄ちゃんを――再生をする間もなく徹底的に破壊すればお兄ちゃんは死ぬ!」


「そんな事にはさせないさ」


「そんな可能性があるってだけで嫌なんだよ! ねえ何で!? 妹に似てるだけじゃない! ワタシは! ワタシは……」


 サリサを抱きかかえようと思ったが、ネコのようにバシっと手を弾かれた。打つ手がなくなって待っていると、サリサはキュッと俺のシャツを掴んでくる。


「ねえ、お兄ちゃん。逃げようよ。遠くに家持ってるんだ」


「サリサ」


「お金もいっぱい持ってる。あんまり好きじゃないけど、本当のワタシの体になってあげる。いっぱいエッチしたっていい。ね、逃げようよ」


「サリサ」


お願い! 勝てるわけ無いでしょ!」


「サリサ、頼む」


「妹さんは死んじゃったの! 目を覚ましてお兄ちゃん! あのドクターに騙されてるだけなんだって! 


「サリサ!」



 一喝すると、サリサが言葉を詰まらせた。



 彼女の言いたいことは解る。


 彼女の向けている好意だって――俺は知ってる。


 俺だって悪いとは思っていない。彼女を助けた時、それはそれは何ヶ月も大立ち回りをしたものだ。契約関係からはじまったとはいっても、ある意味、死線を共に乗り越えてきた戦友に近い感情だって持っているし……女としてだって。


 本気で愛されて、心配されて本当に俺は幸せものだ。


 だが、男には曲げられないことがあるのだ。


「――本当のことを言うとな、妹に似ているってのはまぁオマケだ。俺に助けを乞う女というだけで理由なんていらないのさ。それはお前でも変わりはないよ。今でも」


「お兄ちゃん……」


「俺は梓と約束したんだ。彼女が死ぬ前に『グレンデル』を見せたときに」


「……。梓ちゃんは何て?」


「『こんどは正義の味方になって、皆を護ってね』だとよ。こんな化物みたいな体に正義の味方だってよ。でも――『うん』って言ったのなら、その約束護るしか無いだろう?」


「愚直すぎるよお兄ちゃん。サムライじゃないんだから。今、何世紀だと思ってるわけ?」


。だからお前やイリナが何を敵に回そうと、俺の背に隠して、片っ端からぶった斬ってやる。それが米帝だろうが世界だろうがな」



 静寂。



 サリサは黙って、俺の胸に顔を埋めている。


 ここでキスでも一つして、抱いてやれば男というものだが。囚われたみーこの事を考えるとどうしてもそういう気になれないでいる。


 それを察してくれたのかどうかはわからないが、サリサはしばらくして大きなため息をすると、くたあと体の全体重を預けてきた。


「……。なんだよ中身オッサンのくせに。正義のヒーローぶっちゃってさ」


「そんな上等なモンじゃないよ。ただ、剣の誓いは必ず守る。そんだけだ」


「ダッサ。でもそう言うところが……好き。死なないでね?」


「死なないさ。これからもお前もイリナも守る」


「でもさ、また嘘ついたよね?」


「嘘?」


 サリサが顔を上げて、また意地悪な顔つきでニシシと笑っている。


「妹に似ているってのがってヤツ」


「バレたか」


「バレないでか。で、本音は?」


「決まってるだろう? 


「こぉんのド変態! ――でも、。地獄まで付き合ってやるから」

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