シスコンは吾妹を馳せて剣を抜く -Gun, Sword, and Sister complex-

三ツ葉亮佑

第一章 片隅のジャンクショップにて

第1話 ピンク髪の傭兵


 ――十数年前。


 とある砂漠の戦線。



「やーやー、キミが噂の少年兵かい?」


 医療ポッドを勝手に開けて覗き込む顔があった。白衣を着た長身の男で、いかにもインテリな気に食わない顔。砕けた俺の体が面白いのか、薄ら笑いを浮かべてジロジロ見ていた。


「ほとんど生身なのによくやるね。敵のミサイル基地を単騎で破壊なんて正気の沙汰じゃないよ?」


 声を出すことができれば、うるさい、どこかへ行けとでも言えるのだが……あいにく今の俺には顎もなく、その上左足と右腕が無い。体は全身火傷で動かせず、しかし脳核と脊髄が無事だったので意識はハッキリしていた。


「さて念のため確認しよう。名札タグとそのピンク髪を見る限りだけど……朝桐あさぎりマコトくん……であってるよね?」


 俺は目線をそらしたが、それを白衣の男は肯定と受け取ったようだ。


「うんうん、良かった。まだ死んでなくてよかった。それでだマコトくん。前口上は抜きにして――もうちょっと稼ぎたいとは思わない?」


 ストレートな物言いに、俺は警戒の目を向けた。


 確かに俺は戦争の犬。軍から民間軍事会社PMCに身を落とし、金が欲しさにこんな家業に勤しんでいる。


 でもそれは妹の治療費を稼ぐ間だけだ。払い終わったらさっさと辞めて帰国するつもりだった。ただ悲しいことに未だ十分な額に達してはいないし、毎月莫大な金がかかる。この白衣の男はそれを十分に知っているのだろう。


「実はキミにだけいい話がある。最新の全身サイボーグ被験者を探していてね。詳しくはこれを見てくれ」


 そう言うと、男はメモリーカードを取り出して、俺の首元のピンに挿した。


 脳核と直接繋がる端子から流れてきた情報は、ハッキリ言えばものだった。


 それだけなら即、断るものだが……提示された金額はあまりにも魅力的で、俺と妹の治療費を全額負担するという特典付きだった。しかも、非合法ながら政府のお墨付きだ。


「もちろん今答えろなんて事は言わない。治療しながらゆっくり考えてくれ」


 白衣の男はメモリーカードを引き抜くと、足元に落として踏み潰した。秘匿性の高い情報だからこその処置だろう。


「そろそろこの戦線も終結を迎えそうだ。キミはここにいれば英雄扱いだけど、こんな貧相な国から出る金なんて雀の涙。だから君は、すぐにでも次の戦争に行くのだろう?」


 俺は白衣の男を睨む。逆にこれしかできないのが悲しい。


「個人的な見解で言えば、キミはこの話に乗るべきだ。いつでもメールしてくれ。すぐに飛んで行くよ」


 白衣の男は用がすんだとばかりにそそくさと部屋を出ようとする。


「ああそうそう。ご挨拶を兼ねて入院中の妹さんに会ってきたよ。彼女の好きなクマのぬいぐるみは、キミからのプレゼントって事にしておいた」


 ふざけたウインクをする白衣の男。


 に、俺は無駄だと解っていても身を捩って起き上がろうとした。


 顎があれば「殺してやる!」と叫んでいたはずだ。


 そうでなくても手足があれば、叫ぶ前にこの男を八つ裂きにしていたに違いない。


「元気だねサムライボーイ。それじゃ、いい返事を期待しているよ」



 ◇



 ――数年前。



「お兄ちゃん……今までありがとう。こんな役立たずのために」


 手を握る力が、もうこんなにも弱々しくなっている。もう大好きな絵筆すらも持てないような、そんな儚さがあった。


 お前を役立たずなんて思ったことはない。社会がどう見ようと、誰がどう言おうとお前は俺の全てだった。


 両親を亡くしてたった二人になった時、お前にどんなに救われたのだろうか。


 だから報いるために金を稼いだのだ。お前がこのサイボーグ化が進む時代でも治らない病気になったとしても、俺は諦めずに自衛隊員になって、それじゃ賄えないから傭兵にもなって、戦場まで出向いて――違法サイボーグに身を落としてでも金を稼いだのだ。


 嗚呼、なのに。


 なのに!


「マコトくんどいて! 誰か医療班を!」


「マコト! ドクターに任せろ!」


 いやだ! 彼女は全てなんだ!


「ブレッド君、彼を引き離してくれ! 緊急医療室に運ぶぞ! 何? 執刀医が人手が足りない!? ならボクがやる! これだからニホンの病院は!」


「ほらマコト! ドクターの言うことを聞くんだ!」


 黒人の太い腕に引き剥がされて、妹の手が離れる。


「お兄ちゃん、いいの。多分、これでお別れ」


「そんな事は言ってはいけないよアズサちゃん! 気をしっかり……クソ! 早く用意しろ! 早く! 


 ドクターが懸命に励ますが、梓は力なく首を振る。俺は声にならない声を上げてブレッドの拘束の中でもがき苦しむ。


 どんどんと離れてゆく。愛しの彼女が。俺の全てが。



「さようなら。大好きだよお兄ちゃん」



 微かに聞こえたその声が、彼女の最後の言葉になった。


 今も脳の奥底の記憶ストレージに刻まれた、悪夢の日。


 俺はその日、を失った。

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