第5話 特別な能力


「まぁまぁ」


 フィーネがなだめるように、結衣の頭に手を乗せ、なでなでする。結衣は少し涙目になりながらふくれっ面をしていた。


「……中古……。」


「もう、悪かったって言ってるじゃないの?」


「いいんです、どうせ私なんて、使い古しなんです! 何度も何度も転売されて、その度にどんどん値段が下がって、その内、店の隅っこでホコリを被って、誰も見向きもしないような、不良在庫になるのが関の山なんです!」


「あらまぁ……」


 フィーネは相変わらずニコニコしているが、眉毛が八の字に曲がって、困ったような表情でもある。


 ふと、フィーネは手のひらを叩き「そうだわ」と言った。


「結衣ちゃんはね、特別なのよ?」


「……特別?」


「そうそう。と・く・べ・つ!」


 結衣の顔が一瞬、ほころんで「特別……」と噛みしめるように呟く。


 フィーネは手応えを感じ「そうそう、結衣ちゃんは特別なの」と洗脳するかのように結衣の耳元で繰り返す。


 結衣の頭の中では(特別! 転生で特別と言えば……特殊な能力を持っていたり! 凄いスキルを持っていたり!)などと、そこまでディープではない、異世界知識を駆使して、煩悩が渦巻いていた。


「私が……特別!」


 結衣は酔いしれている。


「選ばれた人間ってことですか? 私、凄いってことですか!?」


「ええ、あなたは転生が始まってから、600兆人目の記念すべき人なのよ」


「凄い数ですね!」


「それで、突然神様が『いい記念だし、何かするか』と言い出して、あなたに特典を与えようって話になったわけ」


「なんか……軽いですね、ノリが」


「そしてそれは『あなたの前世の記憶と肉体を、別の世界にそのまま転生させる』ということになったの」


 結衣はガックリと肩を落とした。フィーネが「あ、肉体は復元なんだけどね」と、何が面白いのかフフフと笑っている。


 隣でフィーネが「どう? どう?」と得意げな顔で結衣の顔を覗き込んできていた。


 結衣は「いえ、そうですか……」と、その場にしゃがみこんでしまった。カーペットを指でグリグリいじりながら「特殊な魔法……ドラゴンを使役……不死身の肉体……」と呪文のように呟いている。


 それを見てフィーネはなだめるように言う。


「でも、それって凄いことなのよ?」


「……そうなんですか?」


 話に少し食いついてきた結衣に、フィーネは畳み掛ける。


「それはそうよ。普通は記憶を持ったまま、同じ……ような肉体に転生することなんて、そうそうないんだから。だって、前世の記憶を受け継いだ人ばかりだと、色々困っちゃうことも多いでしょう? だから、普通は記憶も消去! 人格だって改造されちゃうことだってあるんだから」


 ニコニコしながら、何気に言っていることが怖い、と結衣は思った。


 でもそういうことなら、確かに記憶があるだけ幸運なのかもしれない。大したことはないけれど、今まで得た知識だって、この世界で役に立つこともあるかもしれない。


 まぁ、特殊能力は諦めるしかないけど……もしかしたら、ドラゴンに乗って飛ぶくらいなら、なんとかなるかもしれないし。


 くよくよしていても仕方ない! と結衣は決意した。それに(問題もあるが)色々励ましてくれているフィーネを、これ以上困らせるのも結衣の本意ではなかった。しかし……。


「でも、私、どうしたらいいんですか? それじゃただの女子高生ですよ? 魔王を倒したり、世界を救ったりなんてできませんよ?」


「あぁ、それなら……」


「できれば、そういうのがない所に転生させて下さい!」


 結衣の少ない異世界知識では、転生前には中間地点のようなものがあるのだという認識だった。ラノベやアニメでは、真っ暗な部屋だったりした気がしたが、実際には、こういう普通の世界がそれに当たるのだと思っていた。


 フィーネは、愛らしくウィンクすると、こう答えた。


「大丈夫よ、結衣ちゃん。もうあなた転生しているから」


「はい?」


「ここがあなたの転生先。新しく、たくましく生きていく世界よ」


そう言って、フィーネは窓のカーテンを開け放った。

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