ワラムクルゥ 03

カグヤイサミ(高1・冬)  Is There Something I Should Know?

#1 目が覚めて、一番最初にいった言葉は

 目が覚めたとき、ベッドのそばにお母さんが座っていた。

 お母さんは私に気付き、驚いた顔で立ち上がると、慌てて部屋を出ていった。

 私の意識はもうろうとしていた。

 でも気分は悪くない。

 なんだかとても長い夢を見ていた気がする。

 いい夢だ。

 どんな夢だっけ。さっきまで見てたのに。

 すぐにお母さんは白衣を着た男の人と看護婦さんと一緒に戻ってきた。

 急にベッドの周りがあわただしくなってきた。周りの音がぼんやりとしか聞こえない。まるで遠くのほうから聞こえてくるみたいだ。

 何人もの顔が私をのぞきこんでは消えていく。

 急に私は夢の断片を思い出した。

 私は何かをいった。

 自分でも何をいったのかよくわからない。

 そして、再び意識が遠くなった。

 

 私はいっとき生死の境をさまよっていたらしい。

 でも、奇跡的に助かった。

 救急車が来るタイミングがもう少し遅かったら、危なかったそうだ。そしてなにより、私の生きようとする意志が難しい手術を乗り越えさせたんだと先生はいっていた。

 本当だろうか。

 以前の私なら、自分にそんな意思があったなんて絶対に思えなかっただろう。

 でも、今はそうなのかもしれないと思えた。

 今の私は、以前よりも生きていくことにほんの少しだけ前向きな気持ちになっている気がする。

 そして、その変化は、あの事故の直後に先輩が私にいった言葉が関係しているような気がした。でも、残念ながら、私はあのとき先輩がなんていったのか、まったく憶えていなかった。


「イサミ!」

 リンコが病室に飛び込んできたのは、私が入院して一週間後、面会謝絶が解かれた日の朝だった。

「ちょっとリンコちゃん、病院なんだから静かに……」

 あとから入ってきたノリちゃんがリンコの袖口を引っ張った。

「そっか、ごめんごめん」

「ノリちゃんに謝ってどうすんのよ、この子はもう……」

 最後にレイコ先輩が入ってきて、病室のドアをそっと閉めた。

「だって……」

 頬を膨らませてレイコ先輩を睨むと、リンコはベッド脇に跪いて私の両手を握った。

「大丈夫なの、イサミ」

「うん、もうだいぶ平気」

「よかった……ほんとによかった」

 花束を抱えたノリちゃんが涙ぐんでいる。

「レイコ先輩、座ってください。ノリちゃんとリンコも」

 レイコ先輩が重ねて置かれている丸いパイプ椅子を並べた。

「私、ちょっとこの花活けてきます」

「ノリちゃん、私も行く。ねぇイサミ、ちゃんと花瓶も持ってきたんだよ。しかもオシャレなやつ。偉い?」

 やたらと自慢げなリンコの言葉に私は笑った。

「リンコちゃん、静かにするのよ」

「はぁい」

 ノリちゃんとリンコが出ていくと、レイコ先輩が椅子に座って微笑んだ。

「思ったより元気そうでほっとしたわ」

「ご心配をおかけしてすいませんでした」

「ううん。でも驚いた」

「私もです」

「そりゃそうよね」

 私たちは笑い合った。

「それで、体のほうは大丈夫なの?」

「はい。早ければあと二週間ぐらいで退院できますって」

 レイコ先輩はため息をついた。

「よかった。危篤だって聞いたから……」

「一時はほんとに危なかったみたいです。もう少し救急車の到着が遅れていたらどうなってたか」

「そう……」

「実は私、事故直後の記憶がはっきりしないんです。あのとき、スグロ先輩とリンコとノリちゃんが病院まで付き添ってくれたんですよね」

「うん。そう聞いてる」

「リンコたちは……」

 そのとき、ドアが開いてリンコたちが戻ってきた。

「ねぇイサミ、お花、窓際に置いていい?」

「うん。すごくきれい。ありがとう」

 私がレイコ先輩に向き直ると、先輩はさっきの私の質問を引き継いだ。

「リンコちゃんとノリちゃんはどうしてあの場所にいたのか?」

 私はうなずいた。

「救急車を呼んでくれたのって、リンコたちなんだよね」

「うん」

「どうしてあそこにいたの?」

 リンコとノリちゃんが複雑な表情で顔を見合わせた。

「実はあの日、私たちも図書館にいたの」

 思いがけないリンコの言葉に、私は戸惑った。

「どういうこと?」

「あの日――二月十一日のだいぶ前から、スグロ先輩から頼まれてたの。その日、何か良くないことが起こるかもしれないから、離れた場所から自分たちを見ていてくれないかって……」

 確かに、スグロ先輩の『マスター』としての腕前は確かだと認めないわけにはいかなかった。でも、そんな超能力のような予知ができるとは思えない。

 私はリンコとノリちゃんを見た。ふたりはまた顔を見合わせると、無言で椅子に座った。

 ノリちゃんが口を開いた。

「私たちも先輩から詳しい話は聞かされてなかったの。今もあんまり事故のときのことは話してくれない。直接あなたに話すからって」

「もしかしたら、先輩は……」

 私は黙り込んだ。

 遠くのほうから医者を呼び出す館内放送が聞こえてくる。

 雲が朝の日差しを遮って、部屋の中に陰が差した。

「わかった。直接先輩に聞いてみる」

 ノリちゃんはうなずいた。

「スグロくん、今日の夕方来るわよ。誘ったんだけど、いきなり男が行くのはまずいでしょうって。彼らしいわよね」

 レイコ先輩はそういって肩をすくめて、リンコとノリちゃんにいった。

「じゃあ、そろそろ、おいとましましょうか」

「はぁい」

 リンコとノリちゃんが立ち上がって椅子を片付けはじめた。

「カグヤさん」

 ベッドのそばに立って、レイコ先輩は私だけに聞こえるくらいの小声でいった。

「スグロ君、なんだか少し変わった気がするの」

「変わった?」

「うまくいえないんだけど。決して悪い意味じゃないのよ。むしろ逆。なんだかとても高校生らしくなった。いい意味で」

 私は首をかしげた。

「ごめんね。変なこといって。気にしないで。じゃあ、また来るわね」

 リンコとノリちゃんが病室のドアを開けた。

「じゃあね、イサミ」

「お大事に、イサミちゃん。また来るから」

「うん。ありがとう」

 私は三人に手を振った。

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