#12 この世界でも彼女は

 ノリちゃんとコボリくんはシナリオ通りにことが進み、付き合うことになった。

 俺にとって喜ばしいのは、イサミたちとうまく接点が持てたことだ。しかも、リンコくんの存在によって、三人ともSF研究部に入ることになるという、願ってもない展開になった。やっぱりリンコくんに対する俺の直感は当たっていたみたいだ。

 しかし、イサミは俺の『マスター』としての『仕事』に疑問を持っていた。

「筋書き通り、ですか」

 イサミは冷ややかな視線を俺に向けた。ノリちゃんとコボリくんとをくっつけるきっかけを作った、サッカー競技場でのことだ。

「きっかけにはなった。あとはふたりの問題だ。彼女なら、たぶん大丈夫」

「そうですね」

 イサミは無表情のままだ。

「気に入らないみたいだね」

「よかった、とは思います。でも、なんだか上手くいき過ぎているみたいで、現実味がありません」

 やっぱり、気に入らないみたいだ。イサミの性格を考えたら当然だった。でも、『マスター』を始めた一年前は、そこまで気が回らなかった。

 とりあえず俺は高校生のレンアイのいい加減さを話すことでお茶を濁そうとした。でも、イサミは食い下がった。

「ノリちゃんは本当にコボリくんのことが好きなんです。それにもしかしたら、コボリくんだってユウコ先輩と付き合う可能性があったかもしれないじゃないですか」

 確かに可能性がまったくなかったとはいい切れない。

 これを始めた当初、他人の運命を変えてしまうことの是非については俺もさんざん考えた。

 考えた末、やることに決めた。

 それは、プライオリティの問題だった。

 彼らの運命よりも優先させるべきことがあった。でも、そんなことはイサミにはいえない。

 コボリくんの場合は勝算のないゲームだという俺の言葉に、イサミはきっぱりとした口調で返した。

「先輩は、他人の気持ちを操ろうとしているみたいに見えます」

 なるほど、イサミにはそんなふうに映るのか。さらに彼女はこういった。

「本当は、先輩は、他人を支配したいと思っているんじゃないですか」

 イサミはなかなか鋭かった。こうやって一年間も他人から恋愛相談を受けて、せっせと人の世話を焼いてきたのは、自分がこの時間線の出来事を、もっと大袈裟にいうと、この世界の運命を変える力を持っていると感じたかったからなのかもしれない。

「本当は、誰だってそう思ってるんじゃないかな。誰だって心の底では、他人を思い通りに動かしたいと思っているんじゃないか。歌の文句じゃないけどさ。誰だって世界を支配したいと思ってるんじゃないかな」

 俺がそういうと、イサミは首を振った。

「私はそんなこと思ってません」

 そうだ。もしイサミにそんな力があったとしても、彼女はそんなことはしない。なぜなら――。

「君はこの世界にそれだけの価値があるとは思ってないんじゃないかな。この世界は生きていくに値しない、そう思ってるんじゃないか」

 その言葉に、イサミはぎくりと体を動かした。

 だめだ。

 これ以上の深追いはやめておこう。

 イサミは何も答えず、ふい、と顔を逸らした。


 学園祭が近づき、校内があわただしく、浮き足立った雰囲気で満たされる頃、俺はイサミたちから手作りの漫画同人誌を渡された。

『ワラムクルゥ〇一』でも、彼女たちは漫画同人誌を作っていたのか、俺は知らない。イサミからはそんなことを聞いた記憶はない。もしかしたら、作っていたのかもしれない。そして、スドウミチルの作品はクラスの男子の反対にあって、販売を取りやめたのかもしれなかった。

 そのミチルが書いた漫画を見て、俺は驚いた。

 彼女のペンネーム、茜崎よしのは、『ワラムクルゥ〇一』では有名な漫画家だったからだ。彼女たちの同人誌を見るまで、俺はミチルが茜崎よしのであることはもちろん、同じ高校出身者だということすら知らなかった。

「先輩、クラスの男の子たち、反対すると思いますか」

 受話器の向こうでイサミが尋ねた。懐かしい、黒くて重い受話器だ。

 このころからイサミと俺は電話で話をするようになっていた。

「君のクラス、男子のリーダー格はどんな子?」

「たぶん、サイトウくん。野球部の副キャプテンです」

「君の見立ては?」

「普通の高校一年生男子並みの精神年齢だと思います」

「ということは……」

「実態は小学生以下」

 俺はため息をついた。

「もし、クラスの男の子全員が反対したら、先輩ならどうしますか」

「そうだな……。多数決で賛成多数になるように、男子生徒を誘導する。多数決の結果なら誰も文句はいわないだろう」

「誘導って、どうやって」

「例えば、論点をずらす。男の子たちから反対が出るとすると、それはあの漫画の内容自体に抵抗があるからだ。でも、別に漫画の内容について賛成か反対かを決めるわけじゃない。スドウミチルこと茜崎よしのの漫画をたくさんの人に読んでほしいかどうか、彼女の漫画家としての第一歩を応援したいかどうか、それを決めればいいんじゃないかな」

「なるほど……わかりました」

「リンコくんとノリちゃんにもアドバイスしておこうか?」

「いえ、私だけで大丈夫です」

「そうだな。ノリちゃんは男子たちと渡り合うようなタイプでもないし、リンコくんはたぶん自分のことでいっぱいいっぱいだろうから」

「先輩、リンコのこと気付いてます?」

「リンコくんがレイコ先輩を好きだっていうこと?」

「はい」

「うん。だってわかりやすいから」

「そうですよね。あの、リンコに相談を受けたら、よろしくお願いします」

 いつもは俺の恋愛相談には否定的なイサミだったが、そのときだけは違っていた。

 結局、イサミの行動によって彼女たちの漫画は販売されることになった。俺の簡単な助言をもとに、イサミはクラスの男子を説得したらしい。イサミは詳しいことは話さなかったが、ノリちゃんとリンコくんから教えてもらった。

 そして、リンコくんとレイコ先輩は付き合うことになった。こちらは詳しいことは本人たちからは聞いていないが、まあ、なるようになったということだろう。

 イサミとの電話は、こんなふうに相談を受けることもあれば、他愛のない話をするだけのときもあった。少なくとも、昔も今も、彼女は嫌なことや悩んでいることは一切自分からは話さなかった。

 でも、俺は知っている。

 彼女は今も歩道に停められた自転車のカゴから、そっとゴミを拾っているはずだ。

 いろんなことに失望して、あきらめて、うなだれながら生きているはずだ。ほかの人から見たら些細で、些末で、くだらないことに気を病みながら、それでも投げ出してしまうことなく生きているはずだ。

『ワラムクルゥ〇一』で付き合っていた頃、俺とイサミはたくさん話をした。

 それなのに、今となってはどんな話をしたのかまったく思い出せない。そのことが俺を、まるでとりかえしのつかない貴重なものをなくしてしまったかのような気持ちにさせた。

 たぶんそれは過ぎ去ってしまったからそう思うんだろう。二度と取り戻すことが出来ないから。

 甘い夢から覚めて、もう一度その夢を見たいと眠りについても、二度と同じ夢を見ることができないように。


 秋が終わり、冬が来て、あっという間に年の瀬となった。

 問題の日が近づくにつれて、俺は徐々に落ち着きをなくしていった。恋愛相談どころではない。

 どうやって事故を回避するのか、それしか頭になかった。

 これまで時間はたっぷりあったはずなのに、有効な手を打たないままいたずらに時間を浪費しただけじゃないのか。いや、軽はずみな行動を取ってしまっては元も子もない、これでいいんだ。そんな自問自答を毎日繰り返していた。

 年末、俺は一件の恋愛相談を受けた。そのとき俺はもう『マスター』は休業しようと考えていた。だが、依頼の内容を知って、結局それを引き受けることにした。なぜなら、その依頼主がデートしたいと思っている相手は俺に重大な事柄を思い出させたからだ。

 その相手は、レンタルレコード店『クロスロード』でアルバイトをしている女子大学生だった。

『クロスロード』にはよく通った。今の若い人たちには想像もできないだろうが、当時はみんなレコードを借りてテープにダビングして音楽を聴いたのだ。高校生にはLPレコードをばんばん買えるだけの余裕はなかった。

 たぶんこの依頼は失敗する。しかし、俺にとって重要なことは依頼を成功させることではない。その女子大学生の行動に影響を与えること。それが今回の依頼の真の目的だった。

 なぜなら、その女子大学生――ミサキさんは、イサミが死ぬ前に、最後に言葉を交わした人間だったからだ。

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