#3 今、大事なことは

 学校へ向かう道すがら、俺はもうかなり薄れつつある記憶を必死にたぐり寄せていた。

 カグヤイサミと出会ったのは、高校二年の春だった。その後、しばらくして俺たちは付き合うようになった。付き合うといっても、一緒に下校したり、休みの日にどこかに出かけたり、単にそれだけの関係だ。今から考えると、まるでおままごとみたいだ。

 イサミはちょっと変わっていた。ふたりでいても特に楽しそうでもなく、かといってつまらなそうでもなく、つかみどころのない女の子だった。彼女を好きになってしまった俺も、やはりちょっと変わっていたんだろう。

 高校二年の三学期、年が明けて一か月ほど経った頃だ。

 その日、イサミは駅前の商店街に買い物に出かけた。

 二月十一日。水曜日だが、建国記念日で学校は休みだった。

 俺にとってその日付は生涯忘れられないものになった。

 その日、イサミはひとりでバスに乗り、家の近くのバス停で降りて、横断歩道を渡ろうとした。

 そして、車にはねられて、命を落とした。

 イサミをはねた車は、結局見つからなかった。

 その日から、大げさではなく、文字通り俺は一日たりとも彼女のことを忘れたことがなかった。イサミならどう思うだろう、彼女ならどうするだろう。心に何か引っかかっるような出来事があったとき、俺はいつもそう思うようにしていた。そして、いつの間にかそれは俺の習慣になっていた。

 もしかしたら、俺はイサミの命を救うために過去に戻ったんじゃないか。学校へ向かうバスに揺られながら、そんな考えが頭をよぎった。だが、これはいくら考えても答えは出ない問題で、考えるだけ無駄というものだ。

 大事なのは、今この時点で、中学三年生のイサミが生きている――たぶん生きているだろう――ということだ。俺は中学生のイサミを探しに行きたい衝動をなんとか押さえ込んだ。彼女が通っていた中学校は知っていた。彼女に、「高一の二月十一日、決して出かけるな。バスに乗るな。君は命を落とすことになる」、そういってやりたかった。

 もちろん、そんなことはできない。俺たちが出会うのはまだ一年以上先だ。今、突然彼女の前に俺が現れて、二年後に命を落とすことになると伝えても、こちらの正気を疑われるだけだ。俺が彼女なら、そんなおかしな奴には決して近づかないようにするだろう。

 なんとか方策を考えなければ。

 幸い、まだ時間はたっぷりある。

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