#3 俺の心の中に残り続けているものは

 AIの軍事利用反対デモに参加すべく俺とコトミはデモの集合場所へと向かっていた。

 ふたりとも帽子を目深にかぶりフード付きのパーカを羽織っている。つまり、あまり人相風体がわからないような格好だ。

 地方公務員の、政治活動にあたらないデモへの参加は法律で禁止されているわけではないが、あまり表立って行うのも考えものだ。でも、何かしなければ、と俺たちは思っていた。

 最初に誘ったのはコトミの方からだった。彼女は学生時代からいろんなNPO活動に積極的に参加していた。

 二年前の憲法改正後、急激なスピードで日本は兵器輸出国への歩みを進めてきた。正確にいうと兵器そのものではなく、兵器に搭載されるAIチップの輸出だ。日本製のAIを搭載した無人兵器が世界各国の紛争地域で使用され始めている。その性能への評価は高い。日本経済はこの技術供与によって長く続いていた低迷期から脱しつつある。しかし、一方でその行為はテロの標的にされるというリスクを負うことになった。

 実際、昨年一年間で日本国内で発生したテロは五件にのぼった。俺が若いころには考えられなかったことだ。自爆テロが3件、自動車がデモの列に突っ込んだのが1件、銃の乱射が1件。そしてそのうちの2件は東京ではなく、地方都市で発生していた。

「まさかうちの所轄でそんなことは起こらないだろうけど」

 集合場所への道すがら、テロに関する楽観的な俺の言動にコトミが異を唱えた。

「分かりませんよ、課長。今はどこで何が起こるか」

「まあ、そうかもしれんが」

「だめですよ、リスクは常に考えておかなきゃ。だいたい、うちの課の人たちって、皆さんどこか楽観的ですよね。危機感がないっていうか」

 それは俺も感じていたことだったが、あえて賛同はしない。

「そうか?」

「そうですよ。なんかこう、ぴりっとしないっていうか……」


 コトミに散々ないわれかたをされたM対課の人員は、俺とコトミを除くと七名。コトミ以外は全員が男だ。

 そして、冗談みたいな話だが、俺とコトミも含めたM対課職員はなんと全員が結婚未経験者だった。

 結婚したことがない人間が果たして他人の結婚の世話なんて務まるのか。

 まあ、今のところはなんとか務まっている。今でこそ皆それなりに業務をこなせるようになっているが、最初は本当に手探り状態だった。

 民間企業にアウトソースする自治体が多いなか、なぜかうちの市では市の職員がサービスを行うことにこだわった。おかげで、最初の頃は何か問題が発生するたびにミーティングを行ったものだ。

 未婚の男たちが結婚相談サービスへの取り組みについてあれやこれやと話し合うわけだから、ぐだぐだになってしまうことも多い。

 先日も、ミーテイングの際に、主任のコバヤシがとんちんかんなことを口走り始めた。

「最近の若い人のなかには結構オタクっていうか、そういう趣味の人が多いじゃないですか。僕たちもそういう、結構幅広い趣味? 嗜好? の人たちにも結構対応できなきゃいけないと思うんですよね、結構」

 コバヤシの口癖である『結構』が出現するたび、彼の隣に座っているコトミの表情が明らかに険しくなっていく。もちろんそんなこと、コバヤシは一切気が付いていない。

「やっぱ、僕たちも、そういうラノベっていうんですか、そういうですね、結構オタクっぽい本なんかも、結構読んどいたほうがいいんじゃないですかね。それにですね、もしかしたらそういう本の中にも、結構恋愛についてのヒントとか、結構あるかもしれないじゃないですか」

 コバヤシの中途半端な提案を、イライラの限界に達したコトミが即座に否定した。

「いやいやいや、コバヤシさん、それは違いますよ。そんなの現実の恋愛に対して何の参考にもなりませんって。だいたい、恋愛にチートスキルは通用しませんから」

 俺は思わず眉間を指で押さえた。君のいっていることは正しいんだけどね、コトミくん。もうちょっと別のいい方をしたほうがいいんじゃないかな。

「え? チー? え?」

 案の定、コバヤシは混乱している。

 とてつもなく面倒なことになりそうなので、俺は話題を変えた。

「そのあたりはそれぞれの判断に任せる。コバヤシ、実際に役に立ちそうならまた報告してくれ。あと、いくつか伝達事項がある――」


 マッチングサービスの規模はこれからどんどん広がっていくだろう。だが、そんなことでは少子化は止まらない、と俺は思っている。

 もちろん、仕事には手を抜かない。実際にこのサービスで結婚までこぎつけたカップルは年々増えている。でも、それはあくまでも対処療法に過ぎない。物事の本質を捉えていない。

 俺はこの仕事をしていて問題にぶつかったときや、新しい課題が出てきたときに、必ずある人間の言葉を思い出す。

 ――この世界が生きていくのに値するような素晴らしい場所だと私に証明してほしいんです。

 大昔、高校生だった頃に付き合っていた女の子の言葉だ。

 なぜか、この言葉はいつまでも俺の心の中に残り続けている。

 彼女が死んでしまってからもうずいぶん経つというのに。

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