#2 俺の部下の意外な一面は

 そして次の日曜日、俺はいつものようにコトミと大型書店で待ち合わせた。

 そこは市の中心地で、俺が育ったカラタチ町からは電車で三十分程度の距離だ。今はこの街で一人暮らしをしている。

 この駅前の大型書店内で偶然コトミと会ったのは、彼女がうちの課に赴任して間もない三か月ほど前のことだった。


 いつもようにSFの文庫本コーナーを物色していた俺が何気なく振り返ったら、コトミがいた。かなり熱心に棚の前に積まれている本の表紙を眺めている。

 普通なら、声をかけるべき場面だ。本屋で、配属されたばかりの部下に偶然会ったんだ。立ち話をして、ちょっとしたコミュニケーションを図るにはもってこいのシチュエーションといえる。

 しかし、俺はしばらく彼女に声をかけるのをためらっていた。

 なぜなら、コトミがいるのはライトノベルのコーナーだったからだ。

 どうする。

 やっぱりここはスルーか。見て見ぬふりをするべきか。

 と、思っていると急に彼女がこちらを振り返り、ばっちり目が合ってしまった。

「か、課長?」

 しまった。今さら無視もできまい。

「やあ」

 俺は手を振った。


 十分後、俺たちは本屋の隣にあるカフェにいた。

「あー、もう。びっくりしましたよ」

 テーブルの上に置かれた買ったばかりの文庫本に両手を乗せて覆いかぶさるように俯いていたコトミがこちらを恨めしそうに見上げた。 

「別にいいんじゃないか、それぐらい」

「うーん。そうでしょうか」

「うん」

「ほんとにそう思ってます?」

「うーん」

「やっぱり……」

「まあ、微妙だな」

「微妙ですね」

「少なくとも、俺はぜんぜんいいと思うけどな」

「いいです、気を遣ってもらわなくても」

「いや、俺も読むから」

「え。そうなんですか?」

「うん。昔ほどじゃないけど、今でも気になったのはたまに買うよ」

 コトミは半信半疑を絵にかいたような表情で、俺を右斜め四十五度の角度から見ている。

「じゃ、じゃあ、最近何読みました?」

「ええと……『嘘つきの・私の・先輩が・いうことには』かな」

「あ、あたしもそれ、つい最近読みました」

「なかなか面白かったよな」

「はい。みんなキャラが立っていて。私、あの先輩がすっごく好きで」

「ああ。あのクールなメガネ男子な」

「はい、あのセリフがまた……」

「『最初にいっておく』」

「そうです、そうです。……あの」

 コトミは急にいいにくそうにうつむいた。

「ん?」

「すっごく失礼なこといっちゃいますけど、私、あの先輩ってなんだか課長に似てるなって思いながら読みました」

「え。そうか?」

「はい」

「いやでも、年齢が……」

「なんか、課長が高校生の時って、ああいう感じだったんじゃないかって、勝手に思ってたんです」

 俺は自分の高校時代のことを思い返して、激しく首を振った。

「いやいや、それはないわ。あんなかっこよくなかったよ」

「そうかなぁ。なんか、ああいう感じで、みんなの恋愛相談に乗ってそうですけど」

「ないない」

 ふっと、テーブルの上の文庫本に視線を落としてコトミはいった。

「あの、もし、ご迷惑でなければ、また、こういうお話してもいいですか。近くにこういうこと話せる友達がいなくて」

「まあ、この歳になってまで、まだこういうの読んでるボンクラでよければな」

「昔から読まれてるんですか」

「そうだなぁ。高校生くらいからかなぁ。どちらかというと専門はSFなんだけどな。高校のときはSF研究部だったんだぜ」

「なんか、意外です」

「そうか?」

「でも、課長でよかったです。もしほかの人だったら、私必死に言い訳していると思います。いとこに頼まれたとかなんとかいって。それって、やっぱり悲しいことだと思うんですよね」

「悲しい?」

「はい。好きなことを好きだっていえないことって。すごく悲しいことだと思います」

 確かに。

 そうかもしれないな。


「すみません、お待たせして」

 ライトノベルコーナーで新刊の表紙を眺めながら三か月前のことを思い出していると、コトミがやってきた。

 そして俺たちはデモに参加するために、集合場所へと向かった。

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