#10 チョコレートが欲しいんですか先輩は

「ところで君たち、もうチョコは買った?」

 スグロ先輩が何をいってるのか、一瞬理解できなかった。

 その日は二月四日、水曜日。イサミちゃんは用事があるといって先に帰り、放課後の部室には私とリンコちゃんとスグロ先輩の三人が残っていた。

「チョコ?」

 きょとんとしている私とリンコちゃんに、先輩はいった。

「二月でチョコといえば、バレンタインデーのチョコレートに決まってるじゃないか」

 びっくりした。

 男の子が女の子にバレンタインデーのチョコレートについて尋ねるなんて。あまりにもびっくりしすぎて、私は言葉が出なかった。それはもうタブーといっていい領域だ。それなのに、スグロ先輩にしては珍しく、私の戸惑いに気付いたふうでもなく、とぼけた顔で首をかしげている。

「あれ。ふたりともまさか忘れてる?」

 いえ、忘れてません。

 私は心の中でぶんぶんと首を振っていた。

 さすがのリンコちゃんも相当呆れているみたいだ。その証拠になんだかとんちんかんなことをいいだした。

「あの……先輩。チョコ、欲しいんですか」

「え? いやいや、僕は別に欲しくないよ。そうじゃなくて――だいたい、ふたりともチョコを渡す相手がちゃんといるじゃない」

「そ、そりゃあ、まあ。ねえ」

 そういって、リンコちゃんが私を見た。

「え。う、うん」

 とりあえず、頷くしかない。

「前に頼んだこと、覚えてるかな。二月十一日」

「もちろん覚えてます」

 リンコちゃんが答えた。

「私たち、いつ先輩が詳しい話をしてくれるのか、ずっと待ってたんです」

 と私はいった。

「ありがとう。実は、その二月十一日までに、カグヤさんを連れてバレンタインデーのチョコレートを一緒に買いに行ってほしいんだ」

 スグロ先輩は、チョコを買いに行く場所の指定までした。それは、電車で数駅離れた、隣町に新しくできたショッピングモールだった。私はまだ二回しか行ってないけど、確かにお洒落なお店がたくさん入っている。

「それは……別に構いませんけど。駅前の商店街じゃダメなんですか」

「だめだ」

 リンコちゃんの質問は言下に否定された。

「本当はもっと遠くまで行ってほしいんだけど、まあそれはそれでリスクがあるから」

「遠くって、どこまで?」

「そうだなぁ……北海道とか」

「はあ? なんでバレンタインデーのチョコレートを買いにわざわざ北海道まで行かなくちゃならないんですか」

「まあ、それくらい遠くまで行ってほしいってことだよ」

「先輩。まさかイサミにチョコレートを買ってほしいって頼んでるんじゃないでしょうね」

「さすがにそんなことしないよ、リンコくん」

「よかった」

 私も胸をなでおろした。

「でも、イサミが先輩にチョコレートを買うかどうかわからないですよ」

 まあ、たぶん買うと思うけど。

「カグヤさんが僕にチョコレートを買ってくれなくても別にかまわない。でも、もしも彼女がチョコレートを買う可能性があるのなら、二月十一日までに買ってほしい。単にそれだけだよ。それと、もうひとつお願いが」

「まだあるんですか?」

 先輩は人差し指を立てた。

「ちょっと、内職しない?」

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