#3 あいかわらず変です先輩は
私たちは一瞬固まった。
「あの、そ、そ、それはどういう……」
リンコちゃん、なんで今あなたがしどろもどろになってるのよ。私は心の中でそう突っ込みを入れられるくらいには冷静だった。
なぜなら、スグロ先輩のいった内容よりも、終日、という言葉がすごく可笑しかったからだ。そんな言葉を使ってる人はこれまで見たことがない。
「終日……」
私は試しに呟いてみた。なんだかお役所みたいな感じがする。
「そう、とにかく終日」
もちろん私の心の中までスグロ先輩に見通せるはずはなく、先輩は私の言葉を繰り返した。
「普通に誘えばいいんじゃないでしょうか」
私のシンプルな提案に、スグロ先輩は腕を組んで唸った。
「うーん。いや、それはそうなんだけど……いきなり?」
「デートに誘うのに、いきなりも何もないんじゃないですか」
「ああ、まあ確かにそうなんだけど」
どうやらスグロ先輩は自分のことになると、いつもの切れ味がさっぱりなくなってしまうみたいだ。
「あの、しゅ、終日っていうことは、よ、よ、夜まで、なんですよね」
リンコちゃん……。
「うん。できれば日付が変わるまでは一緒にいたいんだけど」
「いやいやいや、先輩、そ、それはまず順序として逆というかですね……」
完全に変な方向に行ってしまっているリンコちゃんを無視して、私はいった。
「先輩、何か理由があるんですね」
ふっと、先輩の周りの空気が変わった。
「ある」
眼鏡の奥の先輩の眼が細めれられた。いつものスグロ先輩に戻ってる。私はずばり訊いてみた。
「それは何ですか」
スグロ先輩は考え込んだ。いうべきか、いわないでおくべきか、考えているみたいだ。
私は思い切っていってみた。
「もしかして、その日、イサミちゃんの身に何かよくないことが起こるんですか」
その言葉を聞いて、スグロ先輩は驚いた表情で私を見た。
「ノリちゃん、どうしてそう思ったの」
「どうしてって……なんとなくです」
「ふうん」
「先輩。先輩はもしかして――」
でも、その先はあまりにも荒唐無稽すぎて、私は言葉に詰まった。先輩は何もいわず、じっとこっちを見ている。
無言の先輩に代わって、しびれをきらしたリンコちゃんが私に尋ねた。
「もしかして――何よ? ノリちゃん」
「ううん、なんでもない。それで先輩――」
「確かに、君のいう通りだよ、ノリちゃん。その日、カグヤさんの身によくないことが起こる。だからせめて僕がそばにいることでそれが回避できればと思ってる」
私はリンコちゃんと顔を見合わせた。
「よくない事って……」
リンコちゃんが尋ねた。
「どうしてそんなことがわかるんですか」
「これ以上のことはいえない。申し訳ないんだけど」
今度は私が尋ねた。
「イサミちゃんが先輩と一緒にいることで、そのよくないことは起こらなくなるんですか」
先輩は首を振る。
「わからない。でも、何もしないよりはいい。いや、何もしないわけにはいかない、というべきかな」
確か先輩はさっき、私たちにお願いがあるっていっていた。
「それで、私たちに何か手伝えることがあるんですね」
「たぶん、僕はカグヤさんを誘うことになると思う。でも、もしかしたら断られるかもしれない」
「いや、それはないと思いますよ」
リンコちゃんの言葉に先輩は首を振った。
「リンコくん、僕は万に一つの可能性にも備えておきたいんだ」
私はうなずいた。
「もし、彼女が僕の申し出を断ったら、そのときは君たちが彼女と一緒にいてあげてほしい」
「もし、イサミちゃんが断らなかったら?」
「そのときも、できれば僕たちのそばにいてほしいんだ。すごく変なお願いをしているということは重々承知している」
「それって、先輩とイサミのデートに私たちがくっついていくってことですか?」
「いや。リンコくん、そうじゃなくて……そうだな、たとえば僕たちに気付かれないように、こっそりとついて来てもらう、とか」
「なんですか、それ。保護者ですか」
「うん、まあそうかも」
「いや、そうかもって、先輩……」
「わかりました」
と答えた私を心配そうにリンコちゃんが見た。
私はいった。
「私は先輩を信じます」
仕方ない、というふうにリンコちゃんはため息をついた。
「じゃあ、先輩のいう通りにしますけど、もう少し細かな話を聞かせてください。そうじゃないとせっかく私たちが協力しても、無駄に終わるかもしれません」
「わかった。どちらにしろ細かな打ち合わせをしなくちゃならないから、その時にできる限りのことは話すようにする」
リンコちゃんはうなずいた。
「それでいいかな、ノリちゃん」
「はい。スグロ先輩」
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