#5 『才能』というものは

 漫画同人誌の作成はホームルームであっさりと可決された。そして、その日の放課後から、ミチルの漫画講座が始まった。といっても、特に難しいことをするわけでもなく、コマ割りやネームと呼ばれる下書き、ペン入れといった基本的な工程は一日で終了した。

「ええと、まず、ストーリーを考えて。あんまり長くなくていいから。ノート二ページくらいで十分。オチもつけなくていいと思う」

 私たちはストーリーをノートに書いた。出来てからのお楽しみということで、それぞれのお話は秘密。ミチルだけは、私たちに指導するから、みんなの話を読んでいた。

 実際に描き始めると、私たちは没頭した。自分で考えた話がカタチになっていくのがこんなにも面白いものだったなんて。放課後、誰もいない教室で、机を集めて、私たちは無言でひたすら漫画を描き続けた。

 一週間後、それぞれが一作品を描いて、同人誌は無事完成した。

 そして、初めて私たちはそれぞれの描いたものを目にした。

 私はミチルの描いた作品を読んで驚いた。絵はやっぱりダントツに上手い。でもそれはだいたい予想できた。問題は内容だ。それは男の子同士の恋愛モノだった。しかも、かなり過激というか、きわどい描写がある。

「ノリちゃん、これ……」

 私の言葉を遮って、ノリちゃんは興奮気味に声を上げた。

「うまい!」

「いや、絵は確かにうまいけど……」

「どうして? 私は別にいいと思うけど。だって、同性同士が好きになったっていいじゃない。すごくまじめな内容だし。ねぇ、イサミちゃん」

 私はノリちゃんの言葉にぎくっとなった。

「うん。私もいいと思う」

 イサミはじっと私を見つめてそういった。たぶん、イサミは私に気を遣ってくれてるんだろう。それはありがたいんだけど、クラスのみんながどういうか。

「一応、クラスのみんなに見せたほうがいいよね」

「まあ、そういう話だったし」

「あの。もし、反対されたら私、別のやつを出すから。だからあんまり気にしないで」

「でも、これが一番の自信作なんでしょ」

 ノリちゃん、そんな煽るようなことを……。

「うん」

 ミチルも即答だし。

「クラスのみんなに見せる前に、スグロ先輩に相談してみたらどうかな」

 ノリちゃんが提案した。そうだな。くやしいけど、スグロ先輩なら何かアドバイスをくれるかもしれない。私はうなずいた。

「わかった。そうしよう」

「あの……スグロ先輩って……」

 ミチルが心配そうに尋ねた。

「SF研の先輩。大丈夫、信用できる人だから、安心して」

「ごめんなさい。私のためになんだか面倒なことになっちゃって」

「ミチルちゃんが謝ることじゃないよ。それに、スグロ先輩なら、絶対いい案を出してくれるから。私たちに任せといて」


 と、あれほど力説したノリちゃんは、コボリくんと約束があるとのことでさっさと先に帰ってしまい、結局スグロ先輩に話をしに行ったのは私とイサミだった。

「ぶっ……はははははは」

 同人誌を開いてすぐ、先輩は大笑いしだした。笑うところなんてなかったはずなんだけど。

「あの……先輩、それはどこを読んで……」

「いやぁ、これはすごい」

 先輩が開いたページをこちらに向けた。私の描いたやつだった。

「これ、誰が?」

 私たちはそれぞれペンネームを使っていた。

「私です」

「リンコくん、君、才能あるよ。ギャグの」

「それ、ギャグ漫画じゃないんですけど……」

「え、そうなの? それは失礼。いやぁ、それにしてもこれは……わはははは」

 まあ、いいんですけど。そのあとも、スグロ先輩は私の漫画を読んでひとしきり笑ってから、次のイサミの作品で眉間に皺を寄せて考え込んだ。

「うーん……」

「あ、それはイサミです」

「なんというか……斬新だ」

 イサミの漫画は、ぎっしりと書き込まれた絵が一ページにふたコマ、それが延々と続く。吹き出しもなくて、詩のような文章が綴られている。これを果たして漫画といっていいのか、私にはわからない。

「これはある意味すごい……ちょっと待って。今、考えをまとめるから……」

「私のほうの感想はいいです。それよりミチルのを……」

 冷静なイサミの言葉に、スグロ先輩はひらひらと手を振った。

「まあまあ、せっかくだから、ゆっくり読ませてよ」

 次はノリちゃんの作品だった。

「おお。これはちゃんとした漫画だ」

 ふむふむ、とうなずきながらスグロ先輩はノリちゃんの漫画を読んでいる。

「ノリちゃんはけっこう器用だね。ちゃんとキャラクターが描き分けられてる。ストーリーもしっかりしてるし。やっぱり実体験があるのは大きいな」

 ノリちゃんの漫画は幼なじみの男の子と女の子がすれ違いながらも付き合いはじめるというお話で、確かに三人のなかでは一番マトモだった。

「三つともちゃんとそれぞれの個性が出ていてなかなか面白いよ。これ、お金取ってもいいんじゃない?」

「そうですか?」

 そういわれると、悪い気はしないな。

「それで、最後がそのミチルちゃんのか。どれどれ……」

 最初のページで、スグロ先輩の手が止まった。

「ん? んん?」

「どうしたんですか」

「いや、この、茜崎よしのって……」

「ああ、それ、ミチルのペンネームですけど」

「そうか……なるほど」

 何がなるほどなのかよくわからなかったけど、スグロ先輩はさっきまでとは打って変わって真剣にミチルの漫画を読み始めた。私はこんなにも真剣なスグロ先輩の表情を見たことがない。私たちは先輩が読み終わるまで無言で待った。たかが高校生の漫画同人誌なのに、この緊張感はなんなんだ。数分後、先輩はため息をついて、本を閉じた。

「最初にいっておく」

 スグロ先輩は人差し指を立てて、こういった。

「世の中には明らかに『才能』というものがある。多くの人が血のにじむような努力をして初めて手に入るような能力を生まれながらにして持っている人間が、わずかだが、いる。

 もちろん『才能』があるからといって、それだけでプロになれたり、成功したりするわけではない。ないにしても、やはり多くの人よりもアドバンテージがあるのは確かだ。

 そして、ミチルちゃんは明らかにその『才能』を持つ一握りの人間だ。

 君たちがこの冊子を出品しようとしまいと、彼女の作品はいずれ世の中に出ていくことになる。

 彼女はそういう人間なんだ。

 漫画を描かずにはいられない人間で、描き続けていればいつか世の中が認める、認めざるを得ない『才能』を持っている、そういう人間だ。

 だからといって、君たちがこの冊子を出すことに意味が無いとはいわない。

 彼女のこの作品をひとりでも多くの人に見せるべきだと僕は思うよ」

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