第24話:飢え

第24話:飢え



「えっ、あんたも耕作者ドラマティストなん!?」


 トワの認識では固有能力ギフトは封書の主より耕作者ドラマティストに与えられた権利ちから

 故に固有能力ギフトの所有者――固有能力者ギフター耕作者ドラマティストとイコールで結ばれる。

 しかし、アレクは怪訝な顔をする。


耕作者ドラマティスト……ですか? それはなんでしょうか?」


 トワは答えにつまった。

 どう返答するのが正解か分からなかったからだ。


 アレクにとぼけているようすはない。自覚のない耕作者ドラマティスト? しかし、すくなくとも彼女の口ぶりから他の固有能力ギフトの所有者が少なからずいる。にもかかわらず耕作者ドラマティストという言葉を知らないというのは無理がある。

 逆にトワの《力》が固有能力ギフトとは別種のものの可能性はどうか。否定する根拠もないが、肯定する根拠もない。


 そして、トワは自分の考えに集中するあまり、アレクを放置していた事に気付く。


「あ、そのアレクさん――」

「アレクで。呼び捨てでいいですよ」


 苦笑しながらアレクが言った。


「私はこの森の近くに存在する村、スピアーズに国から派遣された守護兵隊と三国停戦条約に定められた国境特務員を兼任する者です。

 王国の国益を損なう事、又は停戦条約に触れる事であれば追求せざるをえませんが、そうでないのであれば、深くは聞きません」


 気を使われたのが分かって、トワは頭を下げた。

 アレクは気にするなと言いたげに首を小さく横に振り、そして今更ながらテーブルの果実類やポテトサラダに気をとめたようだ。クロスベリーの実を一つ手にとり口に含む。咀嚼し飲み下してから。


「本当にここに住んでいるんですね。この森は色々と危険なのに。特に夜は死霊が出没するはずですが、大丈夫だったんですか?」


 死霊と聞いて、トワの背筋に冷たいものが走った。今思い返して冷や汗が出てくる。


「アレクさん――じゃなくてアレク」


 さん付けの部分でアレクが軽く不満そうな顔をしたので言い直すトワ。


死霊アレっていったいなんなん? 捕まってたら死んでたやろ?」

「死ぬじゃ済みません。彼らの同胞となり、毎夜この森を俳諧するはめになります」

「……まぢで?」

「まぢです」


 アレクはこくりと頷いた。トワの体中を怖気が爆走していた。死霊アレと同じになる? ゴキブリテラフォーマーとどっちかを選べと言われても悩むレベルであった。


「先ほど説明したように、この森は過去何度も三国の戦争の地として激戦が繰り返され、死者の怨念が大きな穢れを生んだと。そう聞いています。私も専門家ではありませんので詳しくは知りませんが、停戦条約が結ばれたのが私が生まれた年で、私の祖父が物心ついた時には戦時中だったそうですから、果たしてどれほどの血がここで流れたのか。想像もつきません。

 それにここで死んだのは兵士だけではありません。無辜の民も多く巻き込まれたと聞いています。

 停戦条約にて平和を享受している我々生者を疎ましく思い、死霊と化し害をなさんとするのも、許せはしないものの、気持ちは理解できます」

「アレクが生まれた年って、アレクはいくつなん?」


 女性に年齢を聞くの禁句しぼうフラグだが、同性のトワは何気なく聞いた。幸いアレクも気を悪くしたようすはなかった。――内心はどうかは不明だが。


「22になります。そういうトワはいくつですか?」

「私は11歳や。あ、いやもう12歳になるか」


 トワがこの世界に来たのは誕生日一週間前。この世界で過した日数を考えると誕生日はとっくに経過したはずである。

 トワの年齢を聞いたアレクが気の毒そうな顔をする。


「その歳でこんな目にあうなんて……」


 そして、彼女はふと思い出したように。


「トワの口ぶりでは死霊に襲われたようですが、どうやってやり過ごしたんですか? 遠巻きに見られてるだけならともかく、一度目をつけられたら柵も壁もすり抜けて、延々追ってくるはずですが」


 豆腐ハウスにいれば安全だと思っていたトワは、壁をすり抜けると聞いて顔を青くする。


「追われた時はこの家に逃げ込んでドアを閉めたんや。そしたらなんか音が聞こえて……、朝になってみたら、外に灰のようなのが残ってたんやけど」


 アレクは考え込む顔つきになる。口の中の果汁を注ぐためか、水を一度口にする。


「それは死霊の死骸ですね。ですが、死霊を倒す術は限られています。……気にはなっていたのですが、この家を囲っている柵のいくつかに何かの紋様が彫られたパネルのついているものがありましたね? そして、この家のドアにも同様のものがありました。

 それらはどうやって入手されましたか?」



 トワは即答出来なかった。アレクのトワに対する認識は、空間操作の固有能力者ギフター。恐らくはどこかにすでにあるものを取り出したり戻したりという能力だと思っているはず。しかし、守護紋シリーズを説明するには、トワの能力がそれだけに留まらない事を明かさなければ難しい。


「聞かれたくない事でしたら、申し訳ありません」


 話したくなくば話さなくても良い。それは言葉だけではなくアレクの本音だろう。短いやり取りながら、アレクの人となりはトワにも把握できている。



 この時、トワの脳裏をよぎったのはかつてプレイしたゲームの記憶。タイトルはスカイリム。ジ エルダースクロールズというシリーズの5作目にあたる。

 サンドボックス系ではないが行動の自由度の高く、プレイヤーの行為、選択次第で英雄から犯罪者まで幅広いスタイルでプレイ出来る。



 そして、それはトワが今おかれている状況に重なった。



 これからアレクに何を話し、何を話さないか。

 それによって、彼女の信頼を得られるかもしれない。これからこの世界で生きるに当たって協力者となってくれるかも知れない。

 あるいは、トワの存在を否定するかも知れない。敵対はないかも知れないが、席を立ったら最後、二度と豆腐ハウスここを訪れる事はないかも知れない。



「トワっ、どうしたのですか!?」


 アレクが驚いた表情で聞いて来る。トワの方こそ『何事!?』と問い返したかった。

 だが、テーブルに乗せていた手に冷たい感触が。


「え?」


 それは涙の雫が零れ落ち、トワの手に落ちたのだった。トワは気付かずに泣いていたのだ。

 もしも、アレクが二度と豆腐ハウスここを訪れる事がなければ、トワはここにずっと独りで住み続ける事になるだろう。アレクと会話が出来るのは、あくまで彼女の固有能力ギフトによるもの。ならば、彼女なしではこの世界では、誰とも意思の疎通がとれない。少なくとも言葉が通じない。それはコミュりょくの低いトワには厳しい現実だった。




 いや。




 トワは素直に認める事にした。


 もう独りは嫌だという事に。

 自分がコミュニケーションに飢えていた事実に。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る