Ⅲ-3 テゥアータでの陰謀
悪びれる様子もなく、アルファはタネトモを通して両手を広げた。
「なに、丁度いい魂が手に入ったのさ。ほら、城に通いで来ていた使用人の女に、孕んだのがいただろう」
「まさか」
「潜在的な力があるのに、ガキは透視で奇形があると分かっていた。丁度女も事故で死んだから、ガキの魂を引っこ抜いて例の肉体に押し込んだのよ。そう」
アルファの顔が醜い笑みでゆがむ。
「事故さ。ただの」
セオは、うなじの辺りがぞわりとした。と同時に、自分の不在によって暴走するアルファに対し、悲しみがこみ上げてくる。
「君はどうして、そのように罪を重ねる。勉強熱心なことを、他の大臣たちもようやく認めてくれ始めたところだったじゃないか。この研究に携われたのも、そのお陰だぞ」
「そうさな。だけどそれは、俺じゃない。いい子にしているジェイファのお陰だな」
言い捨てると、彼は音がたつほど歯を食いしばった。
「あんただってそうさ。結局は、俺を認めていない。俺という存在が邪魔なんだろう?」
時に凶暴で短絡的なアルファのほうが、大人しく内向的なジェイファに比べて手がかかり、セオとしては心を砕いて接してきたつもりだった。だが、彼にその気持ちが届いていない。
こうなるのなら、導き
激昂したアルファに何を言っても伝わらない。
セオは無言でアルファの足元へ視線を落としていた。だが、その沈黙も彼の機嫌を損ねたらしい。
「あんたに、俺の何が分かる」
激しくぶつけられる怒りに、セオは静かに答えた。
「そうだね。分からない」
「なに?」
低くうなる彼を、セオはまっすぐ見つめた。
「分からないから、教えてくれ。聞いてやることしかできないかもしれないけど」
夜が明けきったのだろう。
窓からの光が、セオの金色の瞳に差し込んだ。静かな、憎悪の片鱗も感じない眼差しが、アルファを射抜いていた。
アルファの喉仏が動く。老いた手が勢いよくセオの襟元をつかんだ。そのまま壁に叩き付けられ、背に受けた衝撃でむせる。
わずかに襟元が緩んだ。
見上げると、きつく目を閉じたアルファが顔を背けた。襟元の拳が、小刻みに震えている。
怒りと後悔の狭間で揺れているのだろう。セオは、ともすれば崩れ落ちそうな彼の身体に手を差し伸べた。
その手を、強く払われる。
不意をつかれて、セオの身体は斜めに泳いで机に当たった。茶碗がひっくり返り、茶が床に広がる。
振り返ったセオの眉間に、冷たいものが押し当てられた。
「あんたは、いつだってそうさ」
額に当たる銃口に、セオの体温が奪われる。アルファが細い指で撃鉄を起こし、いまいましく唾を吐き捨てた。
「そうやって、誠実そうにしながら、結局は己のことしか考えていない。俺のことなんて、厄介ごとにしか考えちゃいないんだ」
「そう、思っていたのか」
「俺を止めたきゃ、
セオの胸が小さく痛んだ。
素性もしれぬ孤児が、偶然城の従者に力を見出され、魔導師見習いとして城に上がった。
それが、セオだ。
アルファの指が、引き金にかかる。
セオは、銃の向こう、彼の顔へ目を向けた。
「君の言うとおり、かもしれない」
静かな口調に、銃口がわずかに下がる。
「私だって、昔に比べたら今のほうが格段にいい。食べるものにも寝る場所にも困らない。書物も好きなだけ読めるし、弟子という名目だが友にも出会えた」
アルファの顔が、苦々しくゆがんだ。だけど、とセオは続ける。
「君が、私から離れたがっているのだと、そう思ったよ。長老に暗示をかけて、私を役人にしたのも、君だろ? 今でも君は私を、自分の力を弱める力を持つ私を、消したがっているじゃないか」
彼の額に、青い血管の筋が浮かぶ。
堅い靴底がセオの肩を蹴り飛ばした。棚から本が数冊落ち、頭部をかばったセオの腕に当たる。
彼が壁に手を当てると、扉が滑るように開き、拳銃を構えた警備員が数名部屋へなだれ込んできた。立ち上がりきらないセオを囲むと、乱暴に腕を抱える。
「その者を外へ連れ出せ。二度と方舟に入れるな」
「待て。なにをするつもりだ」
屈強な男たちに両脇を固められ、セオは必死に弟子を振り返った。
もがくセオを見て、彼が楽しそうに笑う。
「生きながら、見ているがいい。じわじわと、広がっていく滅びを。あんたが止められなかったことの結末を、な」
警備員たちは、従順にセオを運んだ。
アルファの意志が方舟の隅々まで操っている気配に、セオの背筋は寒くなった。
乱暴に投げ出され、石畳を転がるセオを、通行人が悲鳴をあげて避けた。肌に食い込む小石の痛みに顔を上げた鼻の先で、金属の扉が閉まる。
のろのろと身体を起こし、小石や砂を叩き落とす。突然の展開に、これからすべきことが浮かばない。
騒ぎに集まった人々も、ひそひそ小声でなにか言い交わしながら去っていった。
アルファの感情の乱れは、今に始まったことではない。
だが、地郷政府の中枢である方舟を掌中に収めようとは思っていなかった。役人のテレパス以外の力が封じられた地郷で、どのように傀儡を操っているのかも不明だ。
石畳に膝をついたまま、方舟を見上げる。
淡い色に染まった朝の空に向かう尖塔は、冷たく美しく輝いていた。
ため息をつき、静かな建物を見上げるセオの脳裏を、激しい思念が貫いた。
頭が割れんばかりに、苦しみの思念が響き渡る。複数の苦痛が渦巻く中、ひときわ強い想いにセオの意識が共鳴した。
同時に喉がふさがり、息が出来なくなる。
(これは、ミカドの)
無呼吸状態に胸を押さえるセオの目の前に、ミカドが見ている光景がひらめく。
謁見の際通された光溢れる部屋は、修羅場と化していた。
喉を押さえ、のた打ち回る女。白目をむき、口や鼻から血を流して倒れている子供。
薄布が破れ、その向こうに、研究所にもあった黒く滑らかな板があった。
ぽつりと光が点り、平坦な音声が流れる。すでに何を言っているか聞き取れない。しかし、機械相手ながらその意思はセオへと伝わった。
この星を、我が手に。もっと、強硬に。
無念と苦痛が入り混じる若きミカドの断末魔の思念に、アルファの高笑いが重なる。
(そう、か。空調を)
とっさに、セオは意識をミカドに集中させた。より強く共鳴することで、彼を通じて己の力を現場に届けようとした。
だが、身体の内からほとばしるあの感覚が一向に起こらない。
セオは愕然として、地面に手をついた。嫌な汗が石畳に落ちる。
ここは、地郷だ。
任務に必要なテレパス以外の、セオ本来の力は使えない。国でなら救える命が消え行くのを、むざむざと眺めているほか何も出来ないのだ。
肺が焼け付くような痛みに、我に返る。絡みつく手を振り解くように、ミカドの思念から己の意識を剥ぎ取った。
アルファに掴まれ乱れた襟元から、金色のペンダントがこぼれた。リーディである証と同時に、局所的に力を使えるよう、王の力を宿したものだ。薄い金属製のトップからは、ほのかに国の空気を感じる。
だが、それだけなのだ。
無性に、ペンダントの細い鎖を引きちぎりたい衝動に駆られた。何も出来ない、誰も救えない力に、一体なんの意味があるのか。
しかし、指に食い込む金属の痛みを越える反逆心を、セオは持ち合わせていなかった。
無力さを引きずりながらも、セオは立ち上がった。
(城に、報告しなくては)
他の思念が邪魔しない、人の少ないところはどこかと首をめぐらせ、町並みの向こうにそびえる山を見定めた。
山は、青く霞んでいた。
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