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 矢吹君の事務所の交際全否定のFAXのお陰で、騒動から一週間後には病院の前も静かになり平常へと戻った。


 私もようやく仕事に復帰出来る事になった。


 一週間振りの出勤、私を心配した母が動物病院まで送ってくれた。その日は動物病院に謝罪するため、かめなしさんは連れて行かなかった。


「私の不祥事で先生をはじめ皆さんに大変ご迷惑をお掛けし、本当に申し訳ありませんでした」


 朝のミーティングで、私は深々と頭を下げた。


「上原さんが矢吹貴と友達だなんて、凄いわね。いつから友達なの?」


 みんなの前で婦長に問われ、どう答えるか躊躇する。


「一年くらい前から……」


「そうなんだ。あなたのお陰でこの北川動物病院も一躍有名になったわ。患者さんが減るどころか大盛況よ。今度サイン貰ってきてね」


「へっ?」


「実は姪が異世界ファンタジーの大ファンなのよ。俳優矢吹貴が異世界ファンタジーのボーカルだったとは驚きだわ」


「はぁ……」


 堅物だと思っていた婦長が、一番この話題に食いついた。人は見掛けによらぬもの。矢吹貴の人気は子供から大人までと、年齢層は幅広い。


 でももう……無理だよ。

 矢吹君と私はもう逢わないから。


「婦長、お喋りはその辺でもういいですか?」


「北川先生、お喋りだなんて。私は上原さんの気持ちを察し、職場の空気を和ませているだけですよ」


「そうでしたか。さすが婦長ですね。上原さん、週刊誌のことは気にしなくていいからね。婦長曰く、マスコミに無料で宣伝してもらえて、北川動物病院も大盛況らしいから」


「北川先生、私はそこまで言ってませんよ」


 北川先生は婦長をたしなめると、私に視線を向けた。


「上原さん、入院室の動物たちが落ち着きがなくてね。どうやら君がいないとダメみたいだな。もうすぐ開院時間だよ。持ち場で仕事して」


「はい」


 北川先生の優しい気遣いに、暫く頭を上げることが出来なかった。


「上原さん、入院室お願いね。あなたが休んでいる間に、入院室の患者さんも殆ど退院し、仔猫も里親が引き取ったから。残っているのはヨークシャーテリアと、保護しているシャムとアメリカンショートヘアくらいかしら」




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