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 エレベーターに飛び乗り、十五階のボタンを押す。何者かに追われているような恐怖心を抱いたまま、矢吹君の部屋に入った。


「ねぇ、さっきの……」


「雑誌記者に写真を撮られたんだよ」


「……うそ」


「最近、テレビによく出てるし、マークされていたのかも」


「……そんな」


「優香は気にしなくてもいいよ。多分顔は映っていないから、大丈夫だ」


「だって……。スキャンダルになったら、映画の撮影が……」


「俺はなにも悪い事はしてない。オフに恋人と逢ってるだけだ」


 矢吹君は力強い言葉で不安がる私を慰め、ギュッと抱きしめた。


 矢吹君……

 本当に……大丈夫なの……?


 有名人のスキャンダルは、時として芸能活動に支障をきたすことがある。


「優香の髪、シャンプーの匂いがする」


「……えっ?」


 こんな時に何言ってるのよ。


「もう入浴したあとだったんだね。だから素顔だったんだ」


「……うん、そうだけど」


 こんな時でも、矢吹君は平常心なんだね。


「今夜泊まっていける?俺、明日は仕事昼からだし、久しぶりに朝ゆっくりできるんだ」


「私……明日は仕事なの」


「そっか、朝、職場まで送って行くよ。だから、俺と朝まで一緒にいてくれない?だめかな?」


 だめなわけ……

 ないじゃん……。


「ママに、電話するね……」


「そうだね」


 私はリビングを出て、廊下で母に電話をかけた。


 当然、母は開口一番怒鳴った。


『優香!かめなしさんにあなたの服を着せて、こそこそ家を抜け出すなんて、一体何処に泊まるつもりなの。社会人になったからって、夜遊びばかりして!いい加減にしなさいよ』


 かめなしさんが勝手に私の服を着たんだってば。もうバレてるなんて、何やってんのよ。


「わかってるよ。職場の同僚のマンションだから、心配しないで。じゃあね!」


 ――プチッ


 電話を切って、強制終了。

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