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「何で俯くんだよ。俺は優香の素顔好きだよ。優香の素顔が見れるなんて、恋人の特権だからな」


 矢吹君は私の頬に優しく触れ、唇にそっとキスをした。


「俺のマンションでいい?最近誰かに尾行されてる気がして、落ち着かないんだ。優香の身の回りで、何か変化はない?例えば、誰かにつけられてるとか……」


「うん。私は何も感じないけど……」


 相変わらず、動物たちの声は聞こえ、毛むくじゃらの人の姿に見えるけど。


 誰かにつけられてるだなんて、感じたことはない。


 矢吹君を尾行しているのは、やっぱりマスコミかな。


 テレビの出演も増え、矢吹貴の知名度も人気も急上昇だし、マスコミに狙われていても不思議じゃない。


 夜なのに、矢吹君はオーラを放ち星よりもキラキラしてるんだから。


 かっこよくて……眩しくて……

 矢吹君は、私の王子様。


 私は車を運転している矢吹君の横顔を見つめた。


 矢吹君のマンション。地下駐車場に車を停め、助手席から降りる。


 柱の陰で何かが光った気がした。

 それはまるで獲物を狙う獣の目のようだった。


 思わず私は光の放つ方向に視線を向けた。


「優香、俯いて歩くんだ。光を見るな」


 矢吹君が小さな声で囁いた。


「……えっ?何?」


「大丈夫。奴らじゃないから。危害は加えない。黙って俯いて」


「うん……」


 矢吹君が掛けていたサングラスを外し、私に付けてくれた。


 『大丈夫、奴らじゃない』って、誰のことだろう?『危害は加えない』って、何のことだろう?


 そういえば……

 大阪のテーマパークでも、周辺を気にしてたっけ……。


 ――鈍感な私には、その時わからなかったんだ。


 あの光は……雑誌記者のカメラのフラッシュだったってこと。


 私と矢吹君を引き裂く……

 冷酷なカメラのフラッシュだった……。

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