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狭いゲージで身を屈め、顔を隠すように鋭い眼差しを向けている。二匹は迷い猫で名前も飼い主も連絡先も不明だ。
ゲージのサイズ的には二匹の猫なら十分の広さだが、人の姿に見える私には、とても窮屈で可哀想に思えた。
何故なら、二人はかめなしさんよりも体格は勝っている。
「……私はあなた達の敵ではないよ。この病院の先生は優しいから、身元がわからなくても保健所に引き渡したりしないから安心して。私は動物の姿が人みたいに見えて、言葉も理解出来るの。だから、家族や自分の名前がわかっているなら教えてくれるかな?」
シャムとアメリカンショートヘアは、黙ったまま口を開くことはなかった。
二匹の視線を感じながら、ゲージの掃除をする。迷い猫の二匹は気性も荒く、万が一逃走し事故に遭うことも考慮し、先生の判断で首輪を付けリードで繫いであるため、ゲージの掃除中も自由に室内を彷徨くことは出来ない。
同じ保護猫でも、人懐こい『たま』とは全然違う。人間に媚びることも愛嬌を振りまくこともない。
もしかして、飼い主に虐待されていたのかな?だから人間に心を許していないのかな?
「上原さん、シャムとアメリカンショートヘアには気をつけてね。今朝、藤崎さんが餌やりの時に引っ掛かれたのよ」
「……そうなんですか。この二匹無口ですよね。一言も話さない。人間に虐待されていたのかな……?」
「無口?そうね。あまり鳴かないわね。人間が近付くと威嚇するから、よほど人間嫌いなのかしら?とにかく、リードは外さないでね。病院から逃げ出して、車道に飛び出して轢かれたりしたら可哀想だからね」
「はい。わかってます」
一日の仕事を終え、ロッカールームで私服に着替える。ピンクのナース服。ポケットには先生がくれたMysteriousのライブチケット。
北川先生は、三十歳独身。知的なイケメン。優しくて甘い声。だから職員にも患者の家族にもモテる。
でも今まで異性として、意識したことはない。
だって、先生だよ。
私より六歳も年上で、オトナなんだから。
それに……私には矢吹君がいる。
バッグからサファイヤのリングを取り出し、右手の薬指につける。サファイヤの色が一瞬くすんだ気がしたが、すぐに美しい輝きを放つ。
どうしよう……。
Mysteriousのライブ、どう断ればいいの。
先生はこの病院の経営者。
私、ライブチケットを返却したら、クビになるのかな?
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