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 指定席だなんて……!?


 やだ……。

 鼓動がトクトクと速まり、また緊張してきた。


 矢吹君はエンジンを掛け、ハンドルを握る。ダークグレーのサングラスをかけると、まるで映画のワンシーンのようにも見える。


 矢吹君のマンションは北千住だった。

 私と同じ北千住だった。


「車だと、家から近いね」


「そうだろ。上原の家から一番近いマンションにしたんだ」


 その言葉に、私は驚きを隠せない。


「私の家から一番近いマンションに?」


「中原は今東京にいないんだろう。俺は車で五分だ。もしも何かあれば、俺がすぐに駆け付けるから安心しろ」


 もしも何かあれば……?

 何もあるはずなんてないのに。


 矢吹君は心配性だな。


 でも、その気持ちが嬉しい。


「ねぇ矢吹君。一年以上離れている間に、私に恋人がいたりとか、結婚してたりとか、考えたことはなかったの?」


「少しは考えたよ。最大のライバルは猫のかめなしかな」


「えっ?かめなしさん!?」


「でも、上原の顔を見たら、そんな不安も吹き飛んだ。だって、上原は俺のことが好きだから」


「……はっ?」


 矢吹君は私に視線を向け、自信満々に笑ったんだ。


 当たってるだけに、ちょっと憎らしい。


「なんて、全部嘘だよ。本当は……凄く心配だった」


「えっ?」


「中原に心うつりしたかもって、心配だった。中原は上原のことを、真剣に思っていたし、長い時を共にした幼なじみには敵わないって思ったことも、正直あったからさ」


 矢吹君の言葉に、思わず絶句した。


 恵太が大阪に引っ越した時、『遠距離恋愛』だと言った。


 でも、恵太が警察官になり、お互いの関係に距離ができた。ここ数ヶ月、私達は連絡すらとっていない。


 恵太の自称『遠距離恋愛』は、自然消滅に近い状態だった。


「もしかして、中原と付き合ってたの?」


「あれから一年以上経ったんだよ。……私だって恋くらいする」


 そうだよ。

 恵太は友達以上恋人未満だった。


「そっか……」


 矢吹君はちょっとだけムッとしている。


 これって……妬いてるのかな?

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