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 矢吹君の右手の薬指には、同じプラチナのリング。サファイアはついてないが、プラチナに刻まれた星のデザインは一緒。


「これはペアリングなんだよ」


 矢吹君は有名人が婚約会見で指輪を見せる姿を真似て、悪戯っ子みたいに笑った。


「どうしたの?俺の職業が俳優だからって、関係ないだろう。俺は俺だよ」


「だって、芸能界って男女のスキャンダルとか大騒ぎだよ。デビューしたばかりの新人俳優が一般の女性と付き合うなんて、所属事務所も映画関係者も許してくれないよ」


「そうかな?日本人って考え方が古臭いんだね。どうしてそんな事を気にするの?仕事とプライベートは別だよ」


 矢吹君が私を抱き寄せた。


 矢吹君の腕の中……

 温かいね。


 唇が優しく重なる。


 矢吹君の唇……

 もっと……あったかいね。


 私達は、その日歌を一曲も歌わなかった。


 矢吹君が有名になって、テレビや映画にバンバン出演するくらい大ブレイクしたら、私の恋なんて、またあっけなく終わってしまうのかもしれない。


 でも……今だけは……

 私だけの矢吹君。


 一時間後、私達はカラオケ店を出て、駐車場に向かう。矢吹君はスッと私の手を握った。つけたばかりのリングが、妙に違和感がある。


 矢吹君、私と手を繋いで大丈夫?

 週刊誌の記者にスクープされないのかな?


 ていうか、私と手を繋いでいても、恋人には見えないよね。同じ年齢なのに大人びている矢吹君、兄妹にしか見えないよね。


 矢吹君と繋いだ手のぬくもり……

 恵太と繋いだ手のぬくもりを思い出す。


 矢吹君と別れ、寂しかった時に恵太と繋いだ掌。大きくてあったかくて優しい手だった。


 恵太に矢吹君のことを、ちゃんと話さないと……。そして、矢吹君にも……。


 駐車場には赤いフェラーリ。海外生活が長い矢吹君には、外車は特別なものではないのだろうけど、ポルシェの次はフェラーリだなんて、私の腰は引けてしまう。


「これ……新車だよね?」


「そうだよ。どうぞ」


 矢吹君は助手席のドアを開いた。


「助手席にはまだ誰も乗せていないんだ。このシートは上原の指定席だよ」


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