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 気付けば周囲は暗くなっていた。夜だ。

 順也は何を思ったのか知らないが、靴を脱ぎだしてベンチの脇に置いた。

「何やってるんだ?」

 俺はそれを疑問に思って尋ねる。

「もしかしたらすけど」順也はそう言いながらもう片方の靴も脱いで言った。

「彼女は靴が好きなんじゃないかなって。なかなか珍しい靴履いてたでしょ? だから、ここに靴でも置いときゃ彼女も関心持ってすぐにでも来るかなって」

 知らない間に順也の口調が少し崩れたものになり馴れ馴れしくなっているが、ここでいちいち指摘しても最近の若い子は嫌がるかもしれないと俺は気にしない事に決める。

 そして言う。

「どっちにしろ、彼女がここに来ない事にはその靴の存在すら知り得ない訳だけどな」


 順也はそれもそうかと少し残念そうな顔をしてから、脇に置いていたリュックの中に手を突っ込む。

 メモを取り出し、そしてペンを取り出して、何かを書いている。

 それを靴の中に入れる。

「それは?」

 不可思議な行動を、俺は不審がって聞いてみた。

 順也は答える。

「もし彼女が来たら、この靴を見て、俺のメモを見て、移動先の俺のところまで来てくれるんじゃないかと思って」

「移動するつもりなのか? 彼女は明日には来ると言っているんだから、ここにいればいいじゃないか」

「いやいや、さすがに夜は冷えるでしょ」

「まあそれもそうか、いつまでも同じところにはいられないか」


「同じところと言えば」何かを思い出した様に、裸足の順也は言う。

「俺たち別々のところにいてもよかったのかも知れなかったっすね」

「それはどうかな」

「どうかななんて言ってる内は、答えなんて出ないすよ」

「その方がいいって言うなら、今からでも別々になる事は出来るんじゃないか?」

「いや、今更無駄でしょ」

「そうだな、無駄だよな」

 二人の間を風がしゅびりゅんしゅと渦巻きながら通り過ぎていった。

 そしてしばしの沈黙を吹き飛ばしていった。

 俺は言う。

「じゃあ行くか?」

 順也は言う。

「行きますか」

 そうは言うものの結局、俺も順也も、一本の大きな木の下のベンチに腰掛けたまま動かないでいた。


 ――幕――

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