第64話 ボス戦5



「どうでもいいけど、エイミーさん放っておいていいのか?」

「何も言わずに飛び出してきたから……」

「す、すみません……」

「いや、まぁNPCだから放っておいて大丈夫なんだろうけど」


 と言ってシロはファングの横で心配そうな眼差しでこちらを見つめるエイミーをチラ見した。そもそもこのイベントはエイミーが連れ去られたことで始まったことである。そんなエイミーに重要性がないのもシロは納得出来なかった。


(まぁ、考えても仕方ないか)


「ま、今は目の前の鬼だな」

「近くで見ると大きいね」

「……不気味ですね」


 遠目でしか見ていなかったユキとフィーリアはその巨大な体躯を見て驚きと怯えを浮かべた。しかし、二人とも戦うことに何の差支えないほどなのは今までの経験がものを言っているのだろう。


「やることはいつも通りだ。ちゃちゃっと倒すか」

「任せて!」

「頑張ります!」


 元気に返事する二人を見て思わず微笑んでしまいそうになるシロ。いつの間にかこの三人で戦うことに慣れてしまったらしい。両手剣の刃先を相手に向け、意識を集中させる。

 相手のHPは残り三割、シロの攻撃は微々たるものであるが全く効かないわけではない。ならば、とにかく攻撃を当てることを優先させつつ、ユキとフィーリアが自由に攻撃できるようにヘイトを管理するのも重要である。そして、いつファングが戦線復帰してくるか分からない以上、不用意に【双銃ダブルガン】は使えない。考えただけで骨が折れる作業であった。しかし、なぜかそれをシロは苦とは思えない。むしろワクワクするのは元ゲーマーの血がたぎっているかだろうか?


『GYUUUUUU』


 そんな考えをしている内に相手は痺れを切らしたのか、呻き声がさらに大きくなっていた。シロは鬼王の挙動に目を凝らす、一瞬の静寂がシロたちの間を包み込む。そして、無言の空間に音を鳴らしたのは相手のほうであった。


「散開!」


 相手が動いたのを見てシロは、声を上げる。その声に反応するようにユキとフィーリアは左右に分かれるように散った。唯一動かないシロは鬼王に視線を逸らさず、足腰に力を加える。一気にシロとの間合いを詰めた鬼王は自身の金棒を振り下ろす。

 

「どりゃっ!!」


 それをシロは気合で受け止めるとそのまま受け流すように体をねじった。威力をがれた鬼王の金棒は、地面に叩きつけられる。


『GYOO!?』


 驚きの声を出す鬼王の足元を狙うシロは両手剣でまず右足から斬りつける。


「おらっ!」


 あっと言う間に二、三撃を繰り出すと次に左足を狙い斬る。スキルでも使っているかと思われるそのプレイヤースキルで鬼王の機動力を落としにかかった。が、鬼王もやられてばかりじゃなく、シロが背後に回り込むのと同時に左拳がシロの頭上から迫りくる。それに反応を見せるシロだがなぜか避けようと行動を起こさない、そのうちに鬼王の拳はシロの眼前まで来た。


「【パワーショット】!」


 鬼王の横からスキル名を叫ぶ声とともに光を帯びた矢が飛んできた。矢はシロを捉えるはずだった鬼王の拳に当たり、その結果軌道がシロの横に逸れた。

 鬼王の拳がシロの横を通過するとシロは今度は高く飛び上がり、鬼王の頭目がけて両手剣を振った。


『GYOO!?』

「ち、かたっ」


 鬼王の叫び声とは裏腹にシロの両手剣は鬼王の頭を斬りつけるというよりも殴りつけた。相手の防御が高いのか、両手剣がただ錆びれているだけなのか疑問に思うシロである。


「シロ君!! いきます!」


 着地したシロの耳にフィーリアの声が届く。シロは振るってきた金棒を避けるとバックステップで鬼王と距離を取った。それを見たフィーリアは弓を空中に向ける。


「【レインアロー】」


 空中に向けて放たれた矢は、最高到達点に来るとその姿を分身させる。分身した矢は一斉に重力に従って鬼王のいる場所へと降り注いだ。

 【レインアロー】は大量の矢の雨を降り注いでダメージを与えるスキルである。範囲二メートルに矢が降ってくるのでさっきのように合図を出さないとフレンドリーファイヤーとなる恐れがある代物である。そこはシロたちも何度も練習をしたので問題はなかった。


「【ウォーターアロー】」


 間髪入れずユキが愛用の短杖を持って魔法を放つ。数本の水の矢が真っすぐと鬼王へと飛んでいく。


『GYOO!』


 フィーリアとユキの攻撃を受けて、鬼王の怒りの咆哮が轟く。


「【チャージング】」


 その咆哮に動じることなくユキはMP回復魔法を唱える。ここ最近の戦いでこの程度で動揺する心配はなかった。

 ユキが【チャージング】を唱えるのを見るとシロは怒りに燃える鬼王へと向かった。ユキの魔法を喰らった鬼王のヘイトがユキに移り変わる前に鬼王の目の前まで来たシロは真っ向から斬りかかる。が、鬼王はそれを太い腕で防ぐと口から黒炎を放出させた。


「ととっ」


 慌てて炎を避けるシロの頭にアラームが鳴り響く。目線を鬼王へ向ければ横から金棒がシロに襲い掛かるのが見えた。シロは、それをしゃがんでかわすと今度は目の前から鬼王の巨大な足が飛び出してくる。さすがにこれは避けられない。


「ぐおっ」


 咄嗟に両手剣を構えて防御するが鬼王の蹴りによって空中に投げ出されたシロ、そこを狙って鬼王は再度口から黒炎を吐き出した。黒い炎を視界に捉えたシロは反射的に空中で体勢を変える。


「こ、の!」


 【立体機動】のおかげか空中では無理であろう動きを見せるシロ。そのせいでシロまっしぐらだった黒炎はシロの服の端をかすめ、虚空へと消える。


「せいやあぁぁ!」


 空中での無理な体勢にもかかわらずシロはそのまま鬼王に剣を突き出した。狙いは鬼王の片目。


『GYUOO!!』

「しゃあ、片目潰した! ぐわっ!?」


 シロの突き出した両手剣は思惑通り鬼王の右目に突き刺さり、その激痛に鬼王は悶えた。その衝撃によって適当に振られた金棒が空中にいたシロに偶然にも当たってしまった。


「シロ君!? 大丈夫ですか!?」

「てて……あぁ、何とか大丈夫だ」


 悶える鬼王を傍に不覚にもダメージをくらったシロを心配そうに駆け寄るフィーリアに安否を知らせるシロ。と言っても、シロの残りHPは四割ほどとなってしまった。一方で鬼王の残りHPはどうにか二割となった。


「シロ君! チャージ完了だよ!」

「よしっ、一発かましてやれ!」


 ユキの声にシロは大声で返事をし、フィーリアとともにいまだに悶える鬼王の傍を通ってユキの背後へと移動した。シロたちが自身の背後へと回るのを確認するとユキは白狐ホワイトフォックスを構えると詠唱した。


「いくよ、【海嵐ブルーブリザード】!!」


 ユキが詠唱すると鬼王の足元付近に青い魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣から大きい水柱が飛びだし鬼王を包囲する。そのまま飛び出した水柱は、流れるように右回りに動き始めた。徐々に勢いを増していく水はいつしか巨大な水の竜巻へと変化した。


 【水魔法】最大範囲攻撃スキル、【海嵐ブルーブリザード】。魔法の中で初級と呼ばれる【水魔法】のなかで最大の威力を誇る範囲魔法である。シロが目立ち過ぎて忘れがちであるがユキもレベル60台の中級プレイヤーである。数々の戦闘によってスキル熟練度も上がりに上がり、【水魔法】だけならばレベルカンストしていた。なお、本人は気づいてない。


 水の竜巻に巻き込まれた鬼王は、その威力に抵抗することが出来ずまるで洗濯機に放り込まれた洗い物のようにぐるぐると回される。そんな鬼王を竜巻は弄ぶようにひとしきり回すと徐々に鬼王は竜巻の上部へと移動させられ、頂上に到達したところで【海嵐ブルーブリザード】の効果が切れた。


 突然、【海嵐ブルーブリザード】が消えたことで空中に投げ出された鬼王。重力に従って落ちてくる鬼王を狙う桃色の髪を持つ少女。


「【スナイピング】、【スパイダーショット】」


 クリティカルヒット上昇スキル【スナイピング】と狙った相手の体に蜘蛛の糸を巻き付けて動きを封じる作用をもたらす【スパイダーショット】を併用させるフィーリアの攻撃は空中にいる鬼王の体に見事に命中した。


『GYOOOOO!!』


 体に巻き付いた糸を見て鬼王が怒りの咆哮を上げ、その糸を断ち切ろうと暴れるが動けば動くほど糸は絡まる。


「【番狂わせキリングジャイアント】」


 十八番のスキルを唱えたシロは落ちてくる鬼王目がけて駈けだした。紫色の光を纏ったシロは、鬼王が落ちてくるであろう場所に向かってタイミングを合わせる。


「く」


 鬼王が橋の上に落ちてくる。


「ら」


 シロはそれに合わせて両手剣を突き出すようにして全速力で走る。


「えっ!!」


 地面に着地する鬼王の体にシロの両手剣が突き刺さる。加速の力が加わった両手剣は鬼王の黒い皮膚を突き破ろうとした。が、そこで串刺しに出来ればよかったもののそうはならなかった。シロの両手剣は鬼王の体を弾き飛ばした。


 パリンッ


 その衝撃の影響かシロの両手剣の刃先にヒビが入ったかと思うとそのままヒビが全体に伝わるとそのまま砕け散った。


「なっ!?」


 自身の両手剣が砕け散ったところを見てシロは情けない声を上げる。いくらモンスターからドロップしたアイテムだからと言って長くシロを支えた両手剣相棒を失ったことにショックを受けた。


「「シロ君!!」」


 被った二つの声を聴いて顔を上げるとシロの眼前に黒い皮膚があった。刹那、シロの横腹に衝撃が走る。


「がっ!!」


 次の瞬間にはシロは自分が飛ばされていることに気づく。そして、体勢を立て直そうとしたその時、シロの視界に真っ赤なマグマが入った。


(やべっ!)


 シロは自分の体が橋から飛び出したのを感じ、慌てて手を伸ばす。レンガ造りの橋を掴んだシロは下から妙にリアルな熱さを感じた。間一髪、灼熱のマグマに燃やされるのを回避したシロはどうにか上に上がろうと宙ぶらりん状態からの脱出を図る。


『GYUUUUU!!』

「…………」


 間一髪助かったが、絶対絶命のピンチなのには変わりないことをシロは上で自分を見下している鬼王を見てそう感じた。


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