第58話 探索6



『GEEEEEE!!』


「一体全体どういうこったこれは!!」

「知らないよ! こっちが訊きたいくらいだよ!?」

「……ふぁ」

「って、おい! フィーリアが衝撃のあまり魂が抜けかけている!? しっかりしろフィーリア、今気を失ったら確実にやられるぞ!!」

「…………」


 暗い隠し通路から出てきたシロたちを待っていたのはおびただしい数のロックゴーレムたちであった。暗い道から見えた光を追ってやって来た広い空間を埋め尽くすロックゴーレムたちを見たシロたちは一斉にパニックに陥る。

 が、先頭のファングは冷静なのか無表情の顔を無数のロックゴーレムたちを向けていた。その横顔を見るとシロは落ち着きを取り戻す。


「ファングさん、どうかしました?」

「…………」


 その視線はロックゴーレムに向けておらず、シロが視線を追うとその奥には扉があった。


「あれは……」

「……あそこを守ってるみたいだ」


 シロの言葉をつなげるようにファングが呟く。シロだけでなくユキや正気に戻ったフィーリアも奥の扉を発見した。

 シロは次の瞬間、無意識のうちに口角が上がっていた。


「なるほど、ならここにいる奴らを全滅させればいいわけだ」

「……余裕」

「ごめん、私、二人についていけないかも」

「私もです」


 嬉々として両手剣を構えるシロと拳を固めるファング。そんな二人とは対照的に疲れたような声を出すユキとフィーリアであった。

 刹那、シロたちの様子を窺っていたロックゴーレムたちが一斉に動きだした。


「うわっ! き、来たよシロ君、どうするの!?」

「とにかく俺とファングさんで出来るだけ殲滅する。二人はフォローにまわれ、絶対にヘイト集められるなよ!」

「……レッツゴー」

「わわ、私まだ心の準備が……」


 気合を入れたシロは先にロックゴーレムの集団に向かったファングを追いかけるように駆け出した。シロとファングが動き出したと同時にユキは自身の短杖を二人に向ける。


「【付加魔法エンチャント】、《パワー》、《スピード》、《ディフェンス》」


 支援魔法をかけると二人の体から付加したそれぞれの光が出て来る。シロはそれを走りながら確認するとまず目の前に出てきた一体に向かって大きく両手剣を振りかぶり、力を込めて振り下ろした。


「っち、一撃じゃ無理か」


 振り下ろした両手剣はロックゴーレムの頭に落ちたが固い防御を誇るロックゴーレムにはシロの攻撃が通ることはなかった。今度は斬ったロックゴーレムの拳が振り下ろされる。それをシロは紙一重でかわし相手の横を取る、そして敵が自分を見失った所で第二撃を放つ。


「はっ!」


 横一線に振られた両手剣は相手の体を分断させ、絶命に成功した。シロはすぐに次の相手を見据える。広い空間と言うがそこに密集するように立ちはだかっているゴーレムの集団はパッと見ても100はくだらない。そんな密集された場所ではシロとファングは好き勝手に動きまわれなかった。ここは相手に隙を与えない程度に動きながら確実に攻撃するのがセオリーである。


 シロは部屋の壁側のほうに背を向けるように移動する。すると、当然のようにロックゴーレムたちはシロを壁側に追い詰めるように囲んだ。だが、それこそシロの狙いであった。乱戦状態で怖いのは背中から攻撃されることである、いつもなら【察知】で前後左右に注意を行き届かせるシロであるが今回はそんな余裕は感じられなかった。だから、シロは敢えて追い込まれるように壁側に移動し、背中をがら空きにしないようにした。これぞ名付けて背水の陣作戦である。


「さぁ、来やがれ。人形共がっ」


 相手を挑発するように両手剣を構えるシロ。上段に構えられた立ち振る舞いからは一切の気おくれが見られない。

 シロの挑発に乗ったのか、複数のロックゴーレムがシロへと襲い掛かった。


『GEEEEEE!!』

「…………」


 一方でシロと距離を離れ、ユキたちに背を向けるように立っているファングは次々に襲い掛かるロックゴーレムたちを無言で拳を突き付けていた。拳は相手の体を簡単に突き破り、風穴を開ける。やられたロックゴーレムは光の粒子となって消えた。しかし、ファングはそれを最後まで確かめることなく次の獲物を見つけ、駆け出す。

 残像をその場で見せるような高速移動で一気に相手の懐に潜り込むと自慢の拳を顔面にお見舞いさせた。


「ファングさん! 後ろ!」


 一撃で相手を沈めたファングの遠くからユキの叫びがファングの耳に入る。瞬間、ファングは後ろから振りかぶられた攻撃に対して反射的に体を反転にさせて足を上げる。

 回し蹴りの要領で繰り出された攻撃が相手の攻撃もろとも粉砕させ、絶命させた。

 

「すげぇ」


 遠くからその様子を眺めていたシロは思わず呟いていた。一撃一撃の重み、相手に捕まらない素早さ、たぐいまれないセンス。その全てがBGOにいるどのプレイヤーよりも上のレベルであった。

 ファングの立ち回りに惚けていると【危険回避】のアラームが鳴り響く。正面から二体のロックゴーレムがシロを挟み込むように動き、左右から攻撃を仕掛ける。

 太い腕がシロの逃げ場を失くすかのように迫った。


「よっ……」


 脊髄反射で体を沈めるとシロは両手剣をを地面すれすれの位置から水平に回すように振る。体をねじり、放たれた剣はロックゴーレムの足を斬り落とし、相手の機動力を奪う。急に失った足に驚く間も与えられず、その場で体勢を崩す敵にシロは間髪入れず両手剣を振った。抵抗するヒマも与えてもらえなかった二体はその場で瓦礫となり消えた。

 前を見据えるシロ。まだ、この部屋を埋め尽くす敵はシロたちを包囲しようと動く。一旦、ユキたちと合流するシロ。ファングの横に立ち、相手から視線を離さないままファングに話かけた。


「きりがないですね」

「……減ってる気がしない」

「それは同感です。次々にリポップしてるって感じがします」


 飛び出して来た相手の攻撃を避け、カウンターを返しすシロと殴る蹴ると言った攻撃で相手を沈めるファングは戦いながら話を続ける。

 戦闘が開始して、まだ時間は経過していないがシロとファングが倒した敵の数は軽く50は超えていた。しかし、それだけ倒しても敵の数が一向に減る気配がしなかった。

 シロは奥にある扉を見る。それを守るかのように固まっているロックゴーレムたちがシロの前を塞ぐ。シロは嫌な予感がした。


「これってひょっとして……」

「シロ君? どうかしたの?」

「……何か考えついた?」

「いえ、そういうんじゃないんですけど」


 シロの頭の中にとても考えたくない懸念が浮かびあがった。もし、シロが思っていることが正しいならこのクエストを考えた運営は相当意地が悪いに違いない。自分が考えている懸念を伝えるべきかシロは迷い、口ごもる。相手を斬りながらシロは軽く頭をクリーンにして、重々しい口を開いた。


「もしかしたら、あそこの扉にたどり着かないとタゲはずれないんじゃ?」

「…………」


 シロの言葉に黙り込むファング。彼自身もそのような懸念を考えていたのかもしれない。


「あの、ユキちゃん。タゲって何ですか?」

「えぇと、ごめん。よく分からない」


 後ろの二人はシロの言った単語が分からないようで首を傾げる。

 タゲとは、ターゲットの略で狙う相手や場所のことを指し、敵キャラクターやモンスターのヘイトを集めることを、「タゲを取る」と呼ぶ。この場合、シロたちは狙われる側なのでタゲを外す、つまり相手の攻撃を振り切って扉まで辿り着かないといけないのではとシロは考えているのだ。


「そうなると厳しいですよね」

「……この数を前に特攻出来ないことはないが」


 シロとファングはチラッと後ろの二人を見る。

 仮にシロの言い分が正しいとして特攻を仕掛けるとしてもシロたちでなく後ろにいるユキとフィーリアがそれについてこれるかが疑わしかった。

 敵を前にして魔法を放っているユキとそれを矢でフォローしているフィーリアたちは二人の視線に気づくことはなかった。


「……行きましょう」

「…………え?」


 シロの小さな呟きに対してこれまでの反応とは違い感情らしい反応を見せたファングは戸惑った声を出す。


「どう頑張ってもこれ全部倒すことは不可能です。なら、一層のこと突撃するのが一番ですよ」

「……しかし、二人がついてこれるか?」

「なんとかなるでしょ」


 ファングが心配そうな声でユキたちを見るのと対照的に前を見据えたままシロは告げた。ファングは戦いながらシロの横顔を眺める。その顔はまるで失敗することを恐れない、いや、誰も脱落することを考えていない自信に満ちた顔つきであった。


「ユキ! フィーリア!」

「何シロ君、支援効果切れた!?」

「どうかしましたかシロ君?」


 剣を振り、ロックゴーレムを斬るとシロは大声で二人の名前を呼ぶ。後方から元気な声が返ってくる。それを聞いてシロは決心を固める。


「中央突破する! ユキは合図したら範囲魔法をぶっ放せ! フィーリアは俺らと一緒に敵をユキに近付けさせないように時間を稼げ!」

「シ……」

「「了解!!」」


 勝手に話を進めるシロに異議を唱えようとするファングが口を開きかけた瞬間、ユキとフィーリアの声が木霊す。その反応にファングは目を見開く。無理だ、この数で二人が敵に捕まらず奥の扉に着くなど出来っこない。

 ユキの魔法でも相手を一撃で倒せないし、フィーリアに関しては矢を一本一本弦に引っ掛けなければならいため、タイムロスが確実に発生する。シロとファングも前を走るとなると二人をフォローすることは出来ないつまり、二人は自力でこの集団を突破しないといけないのだ。到底それが出来るとは思えなかった。しかし、シロは迷うことなくその選択を取った。まるで、全てうまくいくと分かり切っているかのように。


「ファングさん」


 考えにふけっていると近くにいたシロの声が聞こえそちらを向く。シロは相変わらず、剣でロックゴーレムと戦っているがその顔はどこか申し訳なさそうにしていた。


「すみません、勝手なことをして」


 謝罪の言葉を並べるシロにファングはどう反応していいのか分からなかった。だけど、シロは次には苦笑いを浮かべながら続けた。


「でも、多分大丈夫ですよ」


 それだけ言うとシロは再び戦いに身を投じた。ファングに背を向け、フィーリアと並ぶシロはロックゴーレムたちに立ちはだかる。その背にファングは懐かしさを感じた。無茶で、勇敢で、それでも輝いていて、温かさをその背中から溢れていた。それはかつて自分が所属していたギルドのマスターの背中によく似ていた。


「……ふっ」


 シロの背中から昔のことを思い出したファングの口角が自然と上がっていた。感情を表に出すのが苦手な彼がよく笑っていたあの時が返って来たようにファングは胸が熱くなる。


「シロ君、いつでもいけるよ!!」


 胸の中に眠っていた燻る火種が沸々と大きくなるのを感じながらファング戦うシロの背後から襲うロックゴーレムに飛び込むとアッパーをかました。

 背後からの来る敵の気配が消えたシロは振り返るとファングがロックゴーレムの体に拳を打ち込んでいる光景が映った。


「……シロ」

「はい?」

「このクエスト絶対成功させる」

「……はい!」


 居場所をシロの横に位置付けたファングは一緒にクエストを受けてから初めて見せる生き生きとした表情を浮かべていた。それにつられるようにシロも自分の口角がずり上がった。ロックゴーレムの群れが一か所に集まり始めたを確認すると、シロたちは一斉にユキの背後へと回った。ユキは愛杖を集団に向け、意識を高める。ユキと相手の状態を最終確認するとシロは叫んだ。


「やれっ!!」

「【津波ビックウェーブ】!!」


 杖から水色の光が溢れ出て部屋全体を光照らした。




 


 



 


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