第47話 《オルス山脈》
さっそく《オルス山脈》にやって来た三人。植物もなく寂しい風景が広がるこの山をシロは二人よりも先に歩いていた。
「はぁ、はぁ、シロ君待ってよ~」
「…………」
シロの後ろ、膝に手を突き息を荒くするユキともはや言葉を発する元気もないフィーリアが足を止めた。振り返り、やれやれとシロは首を振る。
シロたちが《オルス山脈》に来てから一時間ほど急こう配の山道を歩いていた。最初は意気揚々と先頭を歩いていたユキであったが時間が過ぎるにつれ歩くペースも落ち、今はフィーリアと仲良く隣をゆっくりと歩いている。
シロは数メートル後ろにいる二人がやってくるのを待ちながら道の端から下を見下ろした。見下ろすと遥か下方は緑色に覆われており、まるで絨毯のようである。しかし、この高さから眺めると感動すると同時に少し腰が引けた。ここから落ちれば確実に死ぬだろう。しかも、このフィールドでは空から鳥型のモンスターが襲うこともあるため上の警戒を怠れば道から転落する場合もある。
シロが上を見上げるとそこは雲で覆い隠された空があった。フィールドによって天候の変化があり、このフィールドは曇りに設定されている為下から山を見上げるとなかなか雰囲気がある。シロが今の所鳥型モンスターがいないことを確かめているとようやく追いついてきたユキとフィーリアがシロと同じように下を覗き込んでいた。
「うわ、たっかいね」
「お、落ちたらどうしましょう」
下を見て、高さに感嘆するユキとは反対に怯えるフィーリア。二人が顔を覗き込むようにしているとシロが口を開いた。
「おい、あまり体を乗り出すなよ。この山はな__」
シロが《オルス山脈》について重大な特徴を二人に教えようとした時だった。
突如、三人は背中から何かに押される感覚に陥った。
『っ!?』
感覚の正体がこのフィールド最大の特徴の突風であることにシロは数秒かけて気づく。
その突風に体を道から乗り出していたユキとフィーリアは、一瞬体がふわりと浮きそのまま体全体が道からずれる。
「ちょっ!?」
突風が吹いた瞬間、脚に力を加えて衝撃に耐えたシロは道から外れ落ちていく二人に慌てて手を伸ばすが間に合わない。ずれた体は足を置く場所を失い、まるで自分の居場所を求めるかのように重力に従って下に落ちた。
「「きゃあああああ!!??」」
勢いよく降下する二人の叫びがその場で木霊す。しかし、叫んだところで落ちる速度が緩むわけもなく逆にスピードを増しながら二人は緑色の絨毯目がけて真っ逆さまで落ちていく。
「だからあまり乗り出すなって言ったのに!!」
ぶつけどころがない声を吐きながらシロは次の瞬間、二人を追うように道から飛び降りた。
「シ、シロ君!?」
「何で、わざわざ落ちたの!?」
シロの突然の自殺行動に落下中の二人は目を疑う。このままでは三人まとめて死に戻り、一定時間のステータスの減少がデスペナルティとして課せられる。普通、二人を見捨ててシロだけ街に戻るべきなのに彼がそれをしない理由が彼女たちの目の前で繰り広げられていた。
シロは、垂直にそびえる山肌を駆けていた。まるで重力を無視しているかのように走り続けるシロに二人は落ちながら驚愕した。現実味のない光景に唖然となる。
そんな二人の心情を知らないシロは崖を走り、障害物を乗り越えついには追いついた。まず、近くにいたフィーリアの腰に手を伸ばし、そのまま肩にかつぐようにする。
「きゃっ!」
「喋ると舌噛むぞ!」
肩に担がれたフィーリアは小さい悲鳴を上げるが今のシロはそれに構っている余裕はなく、次にユキの姿を捉える。だが、落下速度は落ちることなくユキは森目がけて落下していく。シロはフィーリアを担いでいるためかさっきより自由に体を動かせなかった。
(間に合わねぇ!)
歯を食いしばりながら走り、手を伸ばすが届かない。やがて、ユキの体が木々の葉を通り抜け地面数メートルへとやって来た。ユキも諦めかけ目を閉じ、衝撃に備えた。
そして、そのまま終着点に着くはずであった。が__
「……え?」
途端、体が何か温かく柔らかいものに包まれたような感覚がした。まるで、誰かに抱きかかえられたかのように。すると、次の瞬間にはズドン、と重いものを落としたかのような音が聞こえた。
ユキはゆっくりと目を開き状況を確認する。
「…………」
目を開けたユキの視界にまず入ったのは、黒いフードを被った人の顔であった。その表情は完全には見えなかったが口元から察するに無表情である。そして、次に自分がその人物に抱きかかえられていることを理解する。所謂、お姫様抱っこだ。
「……あの、もう大丈夫です」
「…………」
恐る恐る告げると黒フードの人物は特に返事をせず黙ってユキをその場で降ろした。降ろされたユキが辺りを見渡すと先ほどまで登っていた山道と正反対な緑でいっぱいであった。上を見上げれば無数の葉の間からさっきまで自分が登っていた山が見える。
「…………」
そんな風に彼女が周りをキョロキョロとしている間もフードの人物は無言のままだ。ユキはそれが少しばかり不気味であった。どうしてこの人は何も言ってこないのだろうか。
再びユキはフードの人物をよく見る。全身を黒のローブに包まれたその人は、フードが邪魔で目元が隠されており、表情がよく分からない。
「あの、助けてくれたんですよね?」
「…………コクリ」
確認するようにユキが尋ねると黒フードの人物は少し時間をかけ頷いた。どうやらユキを助けてくれたのは確かのようだ。
「えっと、その、ありがとうございます」
「…………フルフル」
お礼を述べるとまた時間をかけ今度は首を振った。
気にしなくていいってことだろうか? 表情が読み取れないとよく分からない。
「お~い、ユキー! どこにいるんだー?」
どう反応すればいいか困っていると近く茂みからシロの声がした。どうやらユキを探している模様だ。
「シロ君! ここだよ!」
ユキはその場で大声を出し自身がいる場所を伝える。すると、すぐにシロとフィーリアが茂みから出て来た。
「ユキちゃん! 大丈夫でしたか!?」
「あ、うん、この人が助けてくれたから……」
心配そうな声を出しながらユキの元へ駆け寄るフィーリアの問いにユキは後ろにいるフードの人物を示しながら答える。示された方をシロとフィーリアは顔を向けるとそこに立っている人物の存在にようやく気が付いた。
「…………」
二人の視線に気づいていないのか、それとも気づいていて無視しているのかフードの人物は無言のまま動かない。それを見て、フィーリアは明らかに戸惑いの表情を、シロは警戒した顔を浮かべた。シロは目の前にいる人物の外見を見て、すぐに例の噂を思い出す。
黒ずくめのプレイヤーらしき人物、そしてそれはあの《神様》と同じ格好でもあった。いつでも背中の剣を抜けるように意識しておくシロ。そんな彼を他所にユキは黒フードの人物と会話を再開させる。
「あの、本当にありがとうございました。おかげに死に戻りせずに済みました」
「…………気にしなくていい」
ユキの二度目のお礼に今度は声を発した。それを聞いてユキは会話を続行させる。
「その、出来れば顔を見せてくれませんか?」
「…………」
先ほどからずっと顔を隠しているフードを取るようにユキはお願いする。表情が見えないまま会話するのは少しやりづらかったからだ。ユキのお願いにフードの人物は沈黙で返したが間をあけて、フードに手をかけた。
ゆっくりと開かれるフード。顔を隠していたものがなくなりその人の顔があらわになった時、シロは息を呑んだ。
髪を白に近い灰色にし、鋭い目はまるで視線だけで人を殺せるほどの力強さを感じさせる男。
だが、シロが息を呑んだ理由はその目に怯えたからではない。
その目に見覚えがあったからだ。
「名前を聞いてもいいですか?」
ユキは当然のように相手の名前を聞く。男は再びゆっくりと時間をかけ、口を開いた。
「…………ファング」
シロのかつての仲間。【
☆☆☆☆☆☆
「……ファング」
思わずそう呟いたシロ。今、彼の目の前にはかつてのギルドメンバーである【
ファングの名前が発せられた瞬間、ユキはチラッとシロのほうに視線をやる。この状況は二人にとって予想していなかった展開である。シロにどうしようかと目線で問いかけるも彼から何の反応も返ってこないのでユキは不審がられない程度に会話を続行させた。
「ファングさんって言うんですか。私はユキと言います。こっちがフィーリアであっちがシロ君です」
「こ、こんにちは、フィーリアです」
自然な流れで二人を紹介するユキ。紹介されたフィーリアは慌ててお辞儀しながら名前を告げる。相変わらずファングは無言のままだがフィーリアの挨拶が済むとシロのほうへ視線を移す。鋭い視線を受け、シロは一旦、心の中で深呼吸をし視線を合わせた。
「……シロです。ウチのパーティメンバーが世話になりました」
いたって普通の挨拶。パーティメンバーを助けてくれたことへのお礼を述べる所作に不自然さは見えない。
正直、心臓はバクバクである。ここでボロを出せばシロがシルバーだとバレる恐れがある。それだけはダメだと最速で頭を回転させ言葉を選ぶ。だが、ファングはそれをも沈黙で返しジッとシロの顔を見つめる。
「……どこかで会ったことあるか?」
「っ!?」
唐突のファングの問いにシロよりもユキが動揺した。幸い、ファングはシロのほうに目を向けていたから見られずに済んだ。冷静に彼の問いを受け止めたシロは視線を外すことなく淡々と答える。
「いいえ、初対面だと思いますけど?」
「…………そうか」
レオンの時と同じ言葉を並べるシロ。それを受けてファングは改めてシロの顔を見つめるが間をあけて諦めたかのようにそう言った。とりあえず誤魔化せたようでシロは表情を変えずに胸を撫で下ろす。
シロが安堵していると再びユキが口を開いた。確認しておかないといけないことがあるからだ。
「ファングさん、最近ロックゴーレムに襲われたパーティを助けませんでしたか?」
ユキがそう口にするとファングはゆっくりと思い出す素振りをし、数秒時間をかけて頷いた。それを見て、三人は噂の黒ずくめのプレイヤーの正体がファングであることを確信した。どうやら的が外れたみたいである。まぁ、あれが人を助けるような善人には見えなかったので半信半疑であったのだが。
しかし、噂の正体が《神様》ではなかったことでシロたちがこのフィールドにいる理由もなくなってしまった。ここは一度街に戻るべきだろう。それに、いつまでもファングと一緒にいると色々とシロの心臓に悪いというのが大きい。
シロは目線でユキに意志を伝える。これ以上の長居は無用、その考えが伝わったのかユキはファングに対して再び向き合う。
「そう、ですか。ありがとうございます。では、私たちはこれで失礼します」
丁寧に腰を折り、何度目かのお礼を述べユキはくるり、と方向転換させ歩きだそうとする。シロたちもそれにならいファングに対して会釈すると振り返った。
先を歩くシロを追いかけるようにユキも歩きだそうとする。
しかし、一歩目を踏み出した瞬間、背中のローブが引っ張られる感覚がした。首を傾げながら振り返るとファングが無表情のままユキのローブの裾をつまんでいた。
「…………」
「あ、えっと……」
服を掴まれ、戸惑うユキ。しかし、掴んでいるファングは無表情のままである。異変に気付いたのかシロとフィーリアも振り返って見ると異様な光景が目に映った。
なおも服を離さないファング。それに対してどう反応していいのか分からなかった。とりあえず、ユキは口を開く。
「ファ、ファングさん? 何か言いたい事でもあるんですか?」
「…………」
ユキが問いかけてもファングはなおも沈黙で返す。どうしたものかとユキはシロのほうへ顔を向けるがシロもただ黙って状況を見守る。やがて、ファングはゆっくりと何かを決心したかのように口を動かした。
「……頼みたいことがある」
それを見てシロはまた何か厄介事が増えるのではないかと不安が広がった。
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