第42話 「ありがとう」



 桜香の事件から翌日、和樹はいつものように登校していた。日に日に増していく気温を肌で感じながら、そろそろ衣替えの準備しておかないとなぁ、と考えていた。


「お、おはようございます……」


 不意に後ろから挨拶をされて振り返るとそこに桜香の姿があった。和樹は意外そうに桜香を眺める。


「おう、おはよう……って、今日くらいは休んでもよかったんじゃないか?」


 昨日、落ち着きを見せた桜香を今度はちゃんと家の前まで送った和樹は明日は休むだろうと思っていた。だが、桜香は予想を裏切り普通に登校してきた。


「ありがとうございます。でも、雪ちゃんにちゃんとお礼言いたかったので」


 それだけのために登校してきたのか、と和樹は信じられない物を見る目をした。一方の桜香はそんな和樹の様子に首を傾げるだけだった。まぁ、本人が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。


 向かう場所が同じため一緒に歩く二人。

 歩きながら和樹は桜香のこれまでの事、そしてこれからの事を聞いていた。事情を聴くとさらに寒気が生じたが和樹以上に桜香のほうがよっぽど怖かったことは容易に想像がつく。人が本気を出せば大抵のことが可能だってことが遺憾ながら分かった。だが、話をしている桜香の顔はどこか晴れ晴れとしていた。長くくっついていた問題が終わったことへの安堵の方が大きかったのだろう。

 その証拠に話をする桜香の声はぼそぼそとした声ではなく、まるで風鈴の音のような涼し気なものになっていた。これが彼女の本来の声なのだろう。和樹は聞いていて心地よかった。


「……それで、その、白井君」

「うん?」

「わ、私のこと覚えていますか?」


 今までの話から一転、桜香はどこか緊張した声色で尋ねる。それに対して、和樹はどこか気まずい顔をした。


「あぁ、小四の時一緒のクラスだったよな……って思い出したの昨日なんだけど、スマン」


 今まで桜香と接していながら和樹が思い出したのは昨日の公園での出来事がきっかけだった。話を聞く限り、桜香は出会った最初の時から和樹のことを思い出したということだから自分が結構何気に酷いことをしていたんだなと思った。なので、ここは素直に謝ることにする。


「い、いえ、私もすぐに訊くべきだったんです。でも、思い出されないことが怖くて聞けずにいたから……」


 首を振りながら和樹を責めようとしない桜香に余計申し訳なさを感じた。


「これからどうするんだ? もうあれが付け回すことはないと思うけど」


 元々、ストーカーから逃れるために和樹たちの所に転校してきた桜香であるがストーカーの件が解決したとなると声優としての活動もまた本格的に始まるのだろう。そうなると和樹たちの学校にいる理由もなくなるわけだ。だが、桜香は__


「昨日、マネージャーの人と相談したんだけど、卒業するまでこの学校にいることになったんです。私の両親、海外だしこっちにはおじいちゃんおばあちゃんがいるから。なので、ここから通うことになると思う」


 実際、GWゴールデンウィークの途中の二日は仕事をしていたらしい。イベントが始める前の二日の用事というのはそれだったのかと納得する。


「それに、せっかく再会できたし……」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、何でもないです」


 桜香が何か呟いたような気がした和樹だが気のせいだったようだ。なぜか目を合わせようとしないことが気になったが言及するのはやめた。


「それで、白井君。お願いが二つあるんですけど……」


 おもむろにそう口にする桜香。和樹は何事かと顔を向ける。若干緊張している顔に頬がほんのりと赤くなっていた。


「何? また、なんか厄介事でもあるのか?」

「いや、そういうのではないんですけど」


 どこか歯切れが悪い桜香を和樹は不思議そうな顔をする。なら、一体お願いとは何なのか?

 桜香は「あ~」とか「その~」と間を埋めるように声を出すが本題に中々入らない。数秒、その声を出した後、意を決したかのように次には言葉を紡ぐ。


「その……かー君って呼んでいいですか?」

「…………はい?」


 予想していなかったお願いに一瞬、桜香の言ったことを把握出来なかった。だが、すぐに自分の愛称のことだと理解する。確かに彼女は昔、和樹の事を「かー君」と呼んでいた。しかし、高校生にもなって「かー君」と呼ばれるのは恥ずかしい。出来ることなら丁重にお断りしたいところだ。


「いや、普通に苗字でいいんだけど」

「で、でも、私、昔こう呼んでいたし。こっちのほうがしっくりくると言うか……」

「さ、さすがにその呼び方はちょっと恥ずかしいのだが」


 もじもじとしながらも譲る気配を見せない桜香。自分の意思を貫こうとする姿勢は立派だがそれは別の場面で使ってほしい。どうにか「かー君」呼びから脱出させようとする和樹。どうにも彼の反応が芳しくないので桜香は妥協点を提案した。


「なら、和樹君って呼んでいいですか?」

「まぁ、それならいいかな」


 下の名前だけでも恥ずかしさは残るが「かー君」よりはまだましだろう。和樹は結局、下の名前で呼ばれることを了承した。

 和樹が首を縦に振ると桜香は嬉しそうに微笑んだ。


「で、もう一つは?」


 気恥ずかしさを耐えながら和樹は桜香のもう一つのお願いを聞く。今度はもっと精神的に軽いやつをと祈りながら。


「あ、うん、もう一つは私のこと桜香って呼んでほしいの」

「今度はそっちか」


 ため息をつきたくなる和樹。

 こちらの呼び方を決めたかと思ったら今度はこっちがそちらの呼び方を変えろとは、いやはや、これもまた精神的に来るものがあるものだ。

 ……正直言って恥ずかしい。申し訳ないが断りさせてもらおうか。


「いや、別に今のままでいいのではないかと思いますけどね…」

「…………」


 何故か丁寧な口調になってしまっている和樹を桜香はしっかりと見つめる。その視線から逃れるように明後日の方向に目をやる。だが、いつになく積極的な桜香を抑えられるほど甘くなかった。


「……私は覚えていたのに和樹君は私の事忘れていたのは傷ついたなぁ」


 隣でそんなことを言ってくる桜香。しかも、声の様子が今にも泣き出しそうに震えていた。慌てて隣を見ると顔を俯かせて肩を震えさせる姿が目に映った。朝の登校時にこんなところを学校の連中に見られたら一体どうなるか__考えたくなかった。


「分かった! 分かったからこんな所で泣くのはやめてくれ!!」

「ほんと?」

「ほんとほんと、何なら神に誓ってもいい」

「……ふふ」

「え?」

 

 和樹が慌てふためていると先ほどまで泣きそうな様子だった桜香から笑い声が漏れる。そして、顔を上げた桜香は笑っていて、決して泣きそうな表情などしていなかった。

 和樹は瞬時に先ほどまでのが演技であったのに気付いた。


「……やられた」

「ふふ、言質ちゃんととったからね。和樹君」


 悪戯が成功した子供のような顔をし、楽し気にそう言う桜香に不本意ながら見入ってしまった。やれやれと首を振る和樹は諦めたようにため息を吐いた。これが声優の演技力と言うやつなのだろう。すっかり騙されてしまった。

 鼻歌まじりに前を歩く桜香に今度は和樹から声をかける。


「なら、俺からもお願いしてもいいか?」

「ん、何?」


 これからの和樹にとって重要なことをしておかないといけない。


「俺たちが幼馴染ってことは他の人には黙っておいてくれるか?」

「え、どうして?」


 和樹の言葉に首を傾げる桜香。しかし、やけに真剣な表情をする彼を見て決して意味なく言っているのではないことは理解出来た。

 だが、どうしてそんなことを言うのだろう。


「それって雪ちゃんにもってこと?」

「あぁ、特にあいつには絶対バレたくない」


 ますます和樹の言っていることが分からない。何故、雪には自分たちの関係を知られたくないのだろう。


「理由を聞いてもいい?」

「……悪いが答えられない」


 桜香が理由を尋ねると和樹は答えるのを拒んだ。その時、顔を歪ませているのが印象的で桜香は目が離せなかった。どうしようかと思ったが彼と自分との関係を隠したところで不利益が生じる考えもなかったため、桜香は最後に頷いた。

 それを見て和樹は続ける。


「もう一つ、昔の俺のことを誰かに聞かれても話さないでほしい」

「それも理由は教えてくれないの?」

「スマン」


 申し訳なさそうに言う和樹。その様子がどこか哀愁漂うところを感じた桜香は断れなかった。

 和樹は桜香が頷くを見るとホッと胸を撫で下ろす。それもまた桜香には不思議であった。

 微妙な空気が二人の間を漂う中、和樹たちの後ろから元気な声が届いた。


「お~い、二人ともおはよう!」


 振り返ると雪が二人に手を振りながら近づいてくるのが桜香の目に映った。微妙な空気を吹き飛ばしてくれた雪を見て桜香は安堵の息を漏らした。

 雪は素早く桜香のところに来ると矢継ぎ早にまくしたてる。


「桜香ちゃん、昨日大丈夫だった!? 白井君から電話来た時、びっくりだったし、心配したんだよ! 怪我とかしてない、昨日は眠れた!?」

「う、うん、和樹君のおかげで何ともなかったよ」

「そ、そっか~、それなら安心あん……和樹君?」

「え、あ、うん。そう呼ぶことにしたの。ですよね、和樹君」

「あぁ、そうだが、なんかあんのか?」

「え、いいや別に! そうか、二人仲良くなったんだね。よかったよ」


 良かったと言いながらも雪の表情が暗いことに桜香は気づいていた。だが、和樹はそんな雪にお構いなく先を歩きだした。


「んじゃ、俺は先に行くわ。今日小テストあるし」

「え!? そんなこと言っていたっけ!?」

「さぁ、お前が聞いていなかっただけじゃないのか? んじゃ、また後でな桜香」

「うん! 後でね」

「え、ちょっと白井君!? テストってなんの話なの!?」


 引き留めようとする雪を振り切り、和樹は先をどんどんと進む。その背中を眺めながら桜香は先ほど見せた和樹の顔を思い出した。

 顔を歪ませて、自分に懇願する彼。でも、理由は教えてくれない、一体なぜだろう?


「ねぇ、桜香ちゃん。テストってどこが出るの?」


 テストと訊いて慌てふためく雪を横目で見た。雪にだけはバレたくないと言っていたがどうしてなのだろうか? 雪にバレたら和樹は一体どうするのだろうか? 彼は一体、何を隠しているのだろうか? 

 考えだしたら浮かぶいくつもの疑問を桜香は解決する術を持っていない。だけど、いつか彼が自分の口から言ってくれたらいいな、そう思って桜香は雪のほうに振り向く。今は彼女に言わないといけないことがある。


「雪ちゃん」

「ん、何?」


 ゆっくりとそして、はっきりと相手に伝わるように桜香は口を動かした。


「ありがとう」



☆☆☆☆☆☆



 桜香と別れた俺は、一足先に学校の玄関に着いた。まさか、あのタイミングで柊が来るなんて予想していなかったな。下駄箱で靴を履き替えながらため息を漏らす。

 予想外の出来事としては桜香が転校してきたことか。折角俺のことを知ってる連中がいない学校を選んだのに全く、いい迷惑だ。いや、別に桜香が悪いわけじゃない。事情も事情だし、仕方がないことだろう。だが、桜香の存在は俺にとっては思い出したくない過去の自分を思い出してしまういわば起爆剤のようなものだ。正直、吐き気がする、桜香にではなく過去の自分に。

 それでも、釘を刺しておいたのは正解だったな。もし、あれで桜香と俺の関係を柊に知られたら絶対あいつは興味本位で昔の俺について桜香に尋ねることだろう。絶対にそれだけは避けたい。それでも多分、いつかはバレるかもしれない。その時のためにも早くあの《神様》の正体を暴かないといけない、それさえ済めば俺は柊とは全く無関係の平穏な暮らしが出来るのだ。気合を入れていかないとな。

 教室へ向かう階段をのぼりながら、俺は決意を新たにし、自然と口を開いていた。


「絶対にお前の正体を暴いてやるぜ《神様》よ」






 アバター名『shiro』 所持金80500E

 レベル:61  HP:1850  MP:890

 STR:130 INT:100 VIT:130 AGI:150 DEX:90 LUK:60 TEC:50 MID:70 CHR:30


 装備:両手剣、ジョウの防具、アサシンメイム


 控え装備:【双銃ダブルガン】、名刀政宗、冒険者の服


 保持スキル:【察知】Lv15 【危険回避】Lv17 【番狂わせキリングジャイアント】Lv9 


 控えスキル:【片手剣】【両手剣】【体術】【立体機動】【影分身】


 スキルポイント9



☆☆☆☆☆☆



 薄暗い部屋の一室に、一台のパソコンとその前にひとつの人影があった。

 パソコンの画面は光を放っている。画面には、一人の少年が二つの銃を一匹のモンスターに向け攻撃している映像が流れていた。青い弾丸、いや、弾幕がモンスターを飲み込み。直後、彼の前には攻撃によりモンスターが仰向けに倒れていた。

 彼は数秒ほど、茫然と立ち尽くすがモンスターが絶命の光を放ち消え、一緒にいた少女に飛びつかれて我に返ったようだ。


 素晴らしい。

 咄嗟の判断力。

 ピンチでも臆さない気の強さ。

 そして、彼のUWとの相性の良さ。


 かつて多くの人を魅了し、曲者たちをまとめ上げたBGO最強の男。

 彼が再びこの世界へ帰ってきた。

 剣と魔法、そして無数のフィールドのこの戦地へと舞い戻った。

 一体彼は何を見せてくれるのだろう。何を成し遂げてくれるのだろう。

 それは、果たして偉業と称賛されるか愚行と罵られるか。

 心が躍る。胸が熱くなる。


 これは、予兆。または兆し。


 さぁ、進め。淀んだリアルと血生臭い仮想世界に抗い覇道を作りべし。

 これは、彼の物語。彼だけに与えられた、彼のみにだけ許された冒険譚。

 その先にあるのは、希望か絶望か。

 切り開くは未来か破滅か。

 見せてくれ、君の生きざま。君の雄姿。


 プロローグは終了。

 幕が上がる。舞台は整った。

 主役は一人。観客も一人。

 たった一人だけのための劇が始まる。


 それは行く先の見えない物語。彼が進み、彼が選ぶ物語。

 喜劇となるか、悲劇となるか。終わりがどうなるか誰にもわからない。

 でも、見たい。熱く、美しい物語を見せてくれ。



 いざ、開演だ。



☆☆☆☆☆☆



 BGOのとあるサイトに一つの動画がアップされた。

 映し出されるのは一人の男と二人の女。対峙しているのは太刀を握るモンスター。

 つたない連携であるが、うまく立ち回る三人組。


 一人は剣を持ち

 一人は杖を握り

 一人は弓を引く


 男の剣技は研ぎ澄まされており、女の魔法は相手を気遣うように慈愛に満ちており、女の矢はひたむきに真っすぐに飛ぶ。




 激しくも苦しい戦闘は続き、決着はついた。

 











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