第40話 イベント終了



 激しい戦いの終わりに残ったのは乱れた呼吸と静寂だけだった。

 シロは前方で仰向けで倒れているアサシンフロッグを呆然と眺めていた。


「終わった、のか?」


 自信なさげに呟くシロ。もやは最後の攻防は記憶に遠い感覚で実感が湧かなかった。しかし、アサシンフロッグの体が光となり弾けるように消え、広場にはシロたちだけが残された。


「シロ君!!」


 名前を呼ばれて顔を向けると笑顔で走ってくるユキの姿が目に映った。そして、ユキは勢いそのままにシロの目の前で軽く飛ぶとそのまま腕を体に巻き付けた。

 反動で尻餅をつくシロは馴染みのあるハイテンションさを見てようやく戦いが終わったことを実感した。


「って、苦しいから離れろ」

「わ、ごめんごめん」


 シロが冷静になってそうツッコむとユキは慌てて体を離した。彼女も自分の思いもよらない大胆な行動に恥ずかしさを覚え、顔をほんのりと紅潮させる。

 シロがゆっくりとその場から立ち上がると目の前に文字が浮かび上がっていた。


『レアスキル【影分身】を取得可能となりました』


 レアスキル、特定のモンスターを倒すことによって得ることが出来るスキルである。レアとつくこともあってか有名なスキルだ。だが、それを取得するために倒さないといけないモンスターが中々見つけることが出来ないし運よく見つけられたとしてもモンスターがバカに強いためレア度が増している品物である。


「また面倒なものを……」


 文字を見ながらシロは呟く。こんなものを取得してしまったら余計目立つのではないか。シロは小さくため息を吐いた。そのままシロはメニューを開いてアイテム欄を確認する。アイテム欄にはアサシンフロッグの毒や皮などが収納されていた。その中でシロが注目したのは、一本の刀である。画面をタッチしてみると目の前でそれが現れた。

 それを右手で持ち、説明文を見る。



 名刀政宗:STR+15%、AGI+15%、抜刀速度+55



「おぅ、これは……」


 説明文を読み終わるとシロは刀を仕舞った。これはまた自分には勿体ないほどの刀が出て来たなと本音がこぼれる。さらにシロの視界に一拍遅れて文字が出て来る。


『スキル【体術】が取得可能となりました。スキル【立体機動】が取得可能になりました』


 【体術】は多分いままでパンチやキックをかましていたため取得可能となったのだろう。

 【立体機動】に関しても前の【デビルズパレード】の一件で木と木を飛び回ったり空中で剣を振ったのが要因となっただろうと予想出来る。あと、アサシンフロッグを倒したことでシロのレベルが一気に上昇し、53から61へとなっていた。これは素直に嬉しい。

 一通り自分の状況の収集を終わらせたシロは文字を消して、疲れたであろうユキとフィーリアを労うことにした。


「二人ともお疲れ。少し休むか」

「うん、そうしよう。何だか終わったらどっと疲れが出て来た気がするよ」

「そうですね」


 シロが労いの言葉を掛けるとユキとフィーリアは揃ってその場に座り込んだ。BGO上級者でも稀に見る強敵を前にした緊張から解放されて安心したのだろう。


「しばらく、ここで休んだら移動しよう。人が集まってくるだろうし、そしたら、終了までどっかで休むか」

 

 さすがにあれだけの激戦をしてもう終了まで戦う気力は三人にはなかった。まだイベント終了まで時間があるがそれまでポップするモンスターを狩ることはせず静かに過ごそうとした。さらに、掲示板なんかでアサシンフロッグの情報を聞きつけたプレイヤーが殺到する可能性もある。多くのプレイヤーを苦しめたモンスターをたった三人で倒したなんて知られたら色々と聞かれそうだ。そんな面倒は御免被る。ここはさっさと移動したほうが得策だろう。

 だが、その心配は杞憂に終わる。《ガウス街》の全体に感情のない声が響いた。


『全モンスターの討伐を確認しました。これにてイベント、防衛戦を終了します』


 それを聞いたシロは眉を上げた。あまりにも早すぎるイベントの終了に不信感があったのだ。しかし、空から響く大勢の叫び声がそれを証明していた。


「スゲェな、もう全部狩ったのかよ」

「ほんと、皆すごいね」


 素直に感嘆するシロ。それにユキも同意するかのように頷く。始まって一時間とちょっとしか経過していないのに、全モンスターを狩りつくしてしまうとはトップギルド恐るべし。

 その時、フィーリアがおもむろに立ち上がりシロの傍まで来た。


「? どうしたフィーリア」

「あの……」


 シロが首を傾げてフィーリアに尋ねる。フィーリアは何かを言いたげにしてスカートを握りしめていた。


「……逃げることって駄目な事だと思いますか?」


 急にそんなことを言ってきたフィーリアにシロは戦闘が始まる前にした自分の発言を思い出す。今まで顔を俯かせ気味だったフィーリアが今は真っすぐとシロの目を見つめて来る。シロはその真剣な顔を見て、当たり障りのない言葉を言うことは出来なかった。


「……言ったと思うけど、別に逃げることは恥ずべき行為ではない。だけど、自分の嫌なことからいつまでも目を背けてばかりいたらいつか追い込まれる……と思う」


 最後は濁したがシロは自分が思っている言葉を並べる。それはいつの間にか自分の心のなかに染みついていたものだった。

 フィーリアはその言葉を聞いて、握りしめていた手の力を抜いて次には笑った顔を見せた。だが、シロはその笑顔に違和感を覚えた。


「今、何時ですか?」


 シロがフィーリアの違和感について考えていると突然彼女は時刻を訊いてきた。予期していなかった質問にシロは怪訝な表情をする。


「4時くらいだよ」


 フィーリアを疑惑の目で見るシロよりも早くユキが横から質問に答えた。フィーリアはその答えを聞くと「そっか」と呟いた。そして、メニュー画面を開いて操作していく。


「私、今日はもうこれでやめてもいいですか?」

「え? あ、うん、大丈夫だよ。ね、シロ君?」

「あ、あぁ、イベントも終わったみたいだし。ログアウトしても問題ないだろう」


 フィーリアが訊くとシロとユキは困惑した顔を浮かべながらも言った。いつもと様子が違うフィーリアにシロは謎の危機感を感じる。繋ぎ止めようとシロは言葉を絞り出す。


「これからなんか用事でもあるのか?」

「はい、これから……私にとってとても大事なことが」


 先ほど同様の笑顔を向けるフィーリア。だが、やはりどこか違和感を感じるシロ。シロだけでなくユキも嫌な予感がした。そんな二人をよそにフィーリアはログアウトボタンを出す。


「それじゃ、二人ともまたね」


 フィーリアは最後にそう言い残すとログアウトして行った。


「「…………」」


 ログアウトしたフィーリアのいた場所を二人は無言で眺めた。シロは先ほど見せたフィーリアの顔を思い出す。まるで、覚悟を決めたような、戦場へ駆け出そうとする者の笑顔のようであった。嫌な予感がする、なんの根拠もないが直感的にそう判断する。

 シロはすぐにメニューを開いてネットに接続する。ゲームのなかでもネットが出来るから世の中便利になったものだ。ネットを繋いだシロが検索したのは三倉芳だった。しかし、前に調べた時同様彼女の今までの経歴やプロフィールだけが出て来る。


(思い過ごしか?)


 フィーリアの見せた笑顔にかかった影は自分の勘違いではという考えがよぎる。しかし、払拭されないモヤモヤが彼のなかを漂う。

 

「シロ君……」


 隣でユキが自分を呼ぶ声が聞こえた。シロはそこに顔を向けると彼女も自分と同じようにメニューを開いていた。そして、画面をシロの方へ差し出す。シロは画面を覗き込むと映し出されていたのはとあるSNSであった。


「これって……」


 映し出されている画面の上には三倉芳の名前があった。


「これ、三倉芳のSNSみたいなんだけど……」


 画面には三倉芳の出演するアニメの告知や日常の何気ない呟きまで書かれている。だが、シロが注目したのはその下のコメント欄だ。そこにはファンらしき人たちのコメントが書かれており、大半が三倉芳を応援するコメントやアニメを楽しみにしているという趣旨のコメントばかりである。しかし、シロはその中で一つだけ不審なコメントを発見した。そのコメントを書いた人のアカウントをタッチし、その人が過去に書いたコメントを眺める。


『いつも応援してます』


『この間のアニメ見ました。とっても面白かったです』


 最初は普通のファンらしいコメントが並んでいた。だが、最近になってコメントが怪しくなってきた。


『あなたの声を聞いていると落ち着きます』


『あぁ、あなたの声が自分に響きます、あなたのお顔を一度でいいから見てみたい』


『とうとう君を見つけたよ。やはり僕らは運命の赤い糸で結ばれているんだな。いつか君を迎えに行きたい僕らは離れていても心で繋がっているよ』


『君に会えないから手紙を送ったよ。読んでくれているかな? 僕の君に対する想いが伝わっていると信じよう。だって僕らは相手を想いあっているのだから』


 ここまで読んでシロは顔を歪ませた。明らかにファンという存在から外れたコメントである。あまりにも自分本位で妄想じみたコメントがその後も並んでいた。同じコメントを見たのだろうユキはシロ以上に顔が強張っている。


 シロもこれを読んで気持ち悪さを感じたが、では三倉芳はどうだろうか? 他人から見ても気持ち悪さを感じるこれを三倉芳はきっともっと気持ち悪さを感じただろう。いや、恐怖すら感じたに違いない。そして、このコメントを見る限り相手は三倉芳宛てに手紙を送っているはずだ。その内容は読んだ本人しか分からないがこれよりも恐ろしい内容だったのではないだろうか。あまりの恐ろしさに怯えたのではないだろうか。怖さのあまり逃げ出したくなったのではないだろうか。人のそんな側面を見て、他人に対して一歩引いてしまうのではないだろうか。


 そう考えるとシロは全ての辻褄があう気がした。

 彼女が転校してきた理由、他人に対して一歩引いていた理由、普段の声を隠していた理由。その全てがこのコメントで説明がつく。そして、この間買い物の帰りに浮かべた恐怖の顔をシロは思い出す。

 もし、逃げた相手にたまたま出くわしたらどれだけの恐怖だろう。それは想像を絶するものに違いない。だが、そんな様子をシロたちの前では隠していた。きっと二人を巻き込まないようにと配慮したのではないだろうか。

 そして、先ほど見せたフィーリアの顔。まるで覚悟を決めたような顔だった。逃げないこと、それはつまり__


「!!」

「シロ君?」


 黙り込んで思考を張り巡らせていたシロを見てユキは心配そうな表情で呼びかける。シロはそれに答える前に行動していた。


「ユキ、俺も落ちるわじゃあな」

「え、ちょ、ちょっと!?」


 メニュー画面を開いて、ログアウトボタンを押すシロ。視界は暗転して気が付くといつもの自分の部屋となっていた。

 雑にVR機を外すと和樹は家を飛び出す。最悪のケースが和樹の脳裏から離れなかった。  


 


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