第34話 イベント間近
「……はい?」
シロの突然の発言に素っ頓狂な声を出すユキ。それもそうだろう、いきなり同級生が人気声優だと言われれば誰だって理解不能に陥るだろう。
「え……え? フィーリアが人気女性声優の三倉芳?」
ユキ自身、アニメなどに詳しくないがその名前だけは知っていた。今、アニメファンたちの間で絶大な人気を成している三倉芳。十人十色の声帯を使いわけ、幼女からお年寄り、または男性役までこなす実力もさることながら歌も達者でリリースした歌は音楽ランキングに入るなどとテレビで言われていた情報を頭の中で再生させる。
しかし、そんな人気声優があのフィーリアであるとはユキは到底結びつかなかった。
「どうして、そう思うの?」
「まず、疑問に思ったのはあいつの声だ」
「声?」
「あぁ、あいつは普段、地声を使っていない」
シロがそう思う根拠となったのは前に図書館で出会った時だ。あの時、シロとぶつかった彼女から発せられた小さな悲鳴、それが前にユキたちと一緒にVR機を買いにいった家電量販店で見たアニメのキャラクターの声とそっくりだったのだ。
最初はシロも気のせいだろう、と思っていたが裕樹から奪った腕時計で疑問が深まった。フィーリア、姫野桜香と三倉芳は同一人物ではないのかと。
「で、でも声が似ているだけで同じ人だなんて……」
「まぁ、名前が三倉芳じゃなかったら俺も他人の空似で終わっただろうな」
「名前?」
不可解な事を言うシロにユキはさらに首を傾げる。一体名前がなんだって言うのだろうか?
「三倉芳、三倉の部分を違う読み方にしてみろ」
「みくら、……さんくら?」
「……さくらだ」
ユキの天然発言に目を細めたシロだがぼけているわけではないようだ。逆に心配になってしまうが、気にせずに続ける。
「三倉芳、違う読み方だと、さくらかおり、じゃあ、さくらかおりを違う漢字に当てはめると……」
「
「正解」
行きついた答えにハッとした表情を見せるユキにシロは言った。答えにたどり着いたシロとユキはしばらく無言になった。
「それ、フィーリアには……」
「直接は聞いてないが、反応を見る限り間違いないな」
「でも、それが分かったところでシロ君は何がしたいの?」
確かにシロの言いたいことは理解出来た。だが、それが分かったところでユキやシロに特に何の利益はないと思うのだが。
「ま、確かにそうだが、一応頭に入れといてくれ。特にどうこうしたいわけではないし」
「……どういう風に接すればいいのかな」
「いつも通りでいいんじゃないか?」
本人の肯定が取れていないがシロはほぼ間違いなくフィーリアが三倉芳だと思っていた。けれど、フィーリアはシロたちの前では隠している。それを無理にほじくるような真似はしないが色々と気になってしまうだろう。
シロはそれでユキがフィーリアに対する態度が変わってしまう恐れがあったがクラスで見せる屈託ない明るくで天然なユキの性格を考慮した結果、話しておいたほうがいいと判断した。
ユキも最初は困った顔をしていたが自分で落としどころを決めたのか最後は力強く頷いた。それを見てシロは取り敢えず一安心した。
「あれ? 二人ともどうしたんですか」
「あわわわわわ!!? ふぃ、ふぃふぃふぃフィーリア戻ったの!?」
「ダメだこりゃ」
分かりやすくきょどるユキを見ながらシロはため息を隠せなかった。
☆☆☆☆☆☆
《ガウス街》北門
「ボス! 全員揃いました!」
「ご苦労、門が開いたら一気に前進すると皆に伝えておけ」
「了解!!」
街の北側にある門の前で強面で赤い髪の男が部下らしき人に指示を出していた。北門の周辺には赤い鎧を身に纏ったプレイヤーたちが異様なオーラを放ちながら門を睨みつけていた。
「見ろよ、あれが【
「あぁ、それに先頭にいる男。【
赤い鎧集団を遠巻きに眺めながらプレイヤーがヒソヒソと話している。赤い髪の男、レオンはそんな話に耳を貸さずただ門だけを見ていた。その後ろ姿から放たれているオーラにギルドメンバーさえも話かけづらさを感じていた。
「なぁ、今日のボスなんか怖くないか?」
「それだけ気合が入っているってことだろ。俺等も負けないように頑張ろうぜ」
「おう、そうだな」
偉大なるギルマスの背を見ながら人知れずギルメンの士気が上がる。だが、あの後ろ姿の本当の意味を知っているのはこの中でたった一人だけだった。
(あぁ、またデート誘えなかったんだな……)
レオンのすぐ後ろ、こちらも赤い鎧を身に纏い背中に大剣を背負っている男性がレオンの後ろ姿を哀れな目で見ていた。
「……シン、なんか俺を憐れんでないか?」
「いいや別に」
急に核心をついてくるレオンに焦りを顔に出さないように否定する。どうも、レオンはこういう時は勘が鋭いから怖い。
「……ならいい」
「というかレオン、またミクちゃんをデート誘えなかったのか?」
「な、べ、別にそんなんじゃねぇよ!!」
「分かりやすいなほんとお前って」
レオンが【
「全くリアルでもこっちでもそういう所はヘタレなんだよな」
「うるせぇなこら」
「ハイハイ、強がるくらいなら連絡先の一つでもゲットしろよ。せっかくリアルでも知り合えたんだから」
「…………」
シンにあしらわれてレオンから発せられている殺気が強まる。それを感じたギルメンと周辺のプレイヤーらが冷や汗を流していることをレオンは気づいていなかった。
☆☆☆☆☆☆
《ガウス街》西門
「はぁ、なんだかなぁ」
「どうしたんですかマスター?」
「うん、最近学校が忙しくてね」
「あぁ、マスター、リアルでは女子大生でしたっけ」
《ガウス街》の西門でため息を吐く女性プレイヤーとその横で心配そうに声を掛ける女性プレイヤーがいた。マスターと呼ばれた女性は紺色の髪をお団子にし、全身を水色のローブで包んでいる。手には分厚い書物を持ち、憂鬱そうにため息を吐いていた。
その横にいる女性は女騎士を思わせるような鎧をつけ、気品さと気高さを兼ね揃えていた。そんな二人の周りにいた男性プレイヤーたちは自然と二人に視線が奪われていた。
「でも、もうすぐイベントなんですからしっかりしてください。曲がりなりにも【
「え~、でも実質ギルド運営してるのってアリスちゃんじゃん」
「それでも、マスターが【
「は~い、期待に応えられるように頑張ります」
アリスの言葉に気だるそうに答える
「もうちょっとシャキっと出来ないですかねぇ」
「えぇ? 私結構しっかり者で通ってるわよ」
「ハイハイ、もうすぐ門開きますよ」
ふわふわしたミクに対してため息を吐きながらアリスはイベント開始を待った。
☆☆☆☆☆☆
《ガウス街》東門
「まだ~?」
「もうすぐだから大人しくしてなさい」
《ガウス街》東門にも例のごとく人が殺到していた。その人だかりから少し離れたところで一人の和服少女が体を落ち着きなくブラブラとさせていた。
「あ~、まだかな~?」
「あと数分で門が開くはずだから、いつでも飛び出せるようにしてよねミルフィー」
「は~い」
「ふふ、エルちゃんお母さんみたい」
「誰がこいつの母親だ!」
「おか~さん、おやつ食べたい」
「だから、アタシはあんたの母親なんかじゃないわ!!」
まるでコントのようなやり取りを行っている三人。近くにいた三人のプレイヤーもつられたように笑う。
「相変わらず、仲がいいね」
「あ~、何でリュウがここにいるの?」
「うわっ、【
微笑ましいやり取りをしていた集団に近づく一人の男性。ギルド【緑営会】ギルドマスターのリュウだった。
「こんにちは、【
『こ、こんにちは』
「みんな~、そんな緊張しなくていいんだよ~、もっと気楽にいこうよ~」
「あんたは気が抜けすぎよ」
BGO一の生産系プレイヤーを目の前にして緊張する五人とは反対にミルフィーは元ギルメンだからだろうかいつも通りの気の抜けた声を出す。
「それで~? リュウはギルドどうしたの~?」
「あぁ、ウチは今回は自由参加にしておいたんだ。ウチ、戦闘特化のギルドじゃないし」
「へ~、リュウは~?」
「僕は今回は気ままに参加する予定だよ。素材も集めとかないといけないし」
「大手生産ギルドのマスターって大変なんですね」
「いやいや、ウチは比較的楽な方だよ。基本ギルメンは好き勝手やってるからね」
【緑営会】は普通のギルドとは違い、生産を主な活動目的としている。ギルドメンバーはそれぞれ店などを持ち、新たなレシピ作りにいそしんでいるらしい。
「それよりもエルちゃんの方が大変でしょ。マスターとしてミルフィーの面倒とか、ミルフィーの制御とか、ミルフィーの世話とか……」
「あれ~? リュウ、まるで私がいつも迷惑かけているみたいな言い方だね~」
「いや、本当、その通りなんですよ」
「エルちゃん!?」
思わない伏兵につい大声をあげてしまったミルフィー。その様子を見て面白そうに頬を緩めるリュウ。
「はは、ほんと仲良しだねミルフィーたちのギルドは、んじゃ、僕はそろそろ自分の場所に戻るよ。お互い頑張ろうね」
「は、はい、頑張りましょう!」
「リュウバイバイ~」
ミルフィーの言葉にリュウは手を振りながらその場から離れて行った。ミルフィー以外の五人も離れて行くリュウに会釈をした。
☆☆☆☆☆☆
イベント開始まであと二分、刻々と時間が過ぎる度に噴水広場にいるプレイヤーたちの熱気が強まって行った。隣を見てみるとユキもせわしなく体を動かして、落ち着きがない様子であった。
「もう少し落ち着いたらどうだ?」
「む、無理だよ。逆にどうしてシロ君はそんなに冷静なの?」
「いや、別にこれくらいでわざわざ緊張しないだろ」
そう言うシロにユキはフィーリアのほうに顔を向ける。つられるようにシロも首を反対に動かす。
「…………」
そこには、傍から見ても分かるくらい足をガタガタと震えさせているフィーリアがいた。
「……なんか、スマン」
「いや、私はいいんだけど……」
分かりやすく緊張しているフィーリアを見て、いたたまれない気持ちになったシロはユキに謝ってしまった。
「お~い、フィーリア、大丈夫か?」
「は、はひ! だだ、だいびょうぶです!!」
「よし、まずゆっくり深呼吸をしよう」
シロに言われてフィーリアはゆっくりと呼吸を整える。気のせいか、数分前にも同じようなやり取りをしたような気がシロはした。
「あれ? ユキさんですか?」
シロたちがイベント開始を待っていると突然、前を通過しようとしていた集団のなかから一人の少女がユキの顔を見て言った。
「あ、ノインちゃん! ノインちゃんたちもこっちだったんだ」
声を掛けられたユキは知り合いなのか親し気な声を出した。ノインと呼ばれた少女と面識がないシロとフィーリアは首を傾げる。二人の反応に気づいたユキはノインを自分の前に出して紹介した。
「紹介するね、この子はノインちゃん、リアルで私の中学の後輩なの」
「初めまして、ノインです」
「どうも、シロです」
「フィ、フィーリアです」
丁寧にお辞儀をするノインに思わず二人も頭を下げた。栗色の髪をポニーテールにして、腰にナイフを提げている彼女は顔を上げるとシロの方をまじまじと見る。直視を受けるシロはたじろいでしまいそうになるが凝視してくる少女の顔にどこか見覚えがあった。
「あっ、もしかして九さん?」
「はい! ということは白井さんですよね。その節はお世話になりました」
そう言ってノインは左手の指に光る紅色の指輪を見せた。以前、PK騒動で指輪を盗られたノインこと九彩夏は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「実は前々から直接お礼言いたかったんですけど、中々機会がなくて……」
「いや、そんな気にすることじゃない。俺は大したことはしてない」
「え? でも、ユキさんからシロさんがあの《シルバー》から取り返してくれたって」
ユキの方を見て確認するかのように言うノイン。その視線から逃れるかのよに顔を明後日のほうに向けるユキにシロはジト目を突き付けた。
PK騒動のことをむやみに人に話すなと口を酸っぱくするくらい言ったのだが、あまり効果はなかったようだ。そのことは後でしっかりと聞かせてもうとしてシロはまず彼女の対処を行う。
「はは、まぁ、あれはまぐれのようなものだ。相手が油断してくれただけであって、決して俺の実力ではない」
「でも、取り返してくれたことは事実なんですよね?」
「それは……まぁ、そうだが」
「それでけで十分です。本当にありがとうございました」
そう言って再び頭を深く下げるノイン。感謝されることに慣れてないのでどう反応していいのか分からないシロはただ黙ってそれを見ていた。
「ノイン? 早くしないとイベントが始まるわよ!」
「すぐ行く! じゃ、私はこれで」
ノインはユキとフィーリアにも軽く会釈して、駆け足でその場を離れた。
「…………」
「……ユキ」
「はい……」
「イベント終わったら、話があるからな」
「…………はい」
抑揚のなに平坦な声にユキはしょんぼりとしながら頷いた。二人の様子に訳を知らないフィーリアはキョトン顔で首を傾げた。
そして午後三時、街全体に機械音のノイズが流れ感情のない声が空に響き渡った。
『午後三時を回りました。これよりイベント、【防衛戦】を開始します』
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