第31話 説教



 アザゼルの光が弾けるのを確認するとシロは吐息を一つ吐いて、両手剣を背中の鞘に仕舞った。周囲は戦闘の終わった静けさが残った。


「……はぁ、疲れた」


 【番狂わせキリングジャイアント】効果が切れた瞬間、体のだるさがシロに襲い掛かった。ステータスを一気に向上させるこのスキルは、発動から一分間効果が持続する。だが、効果が切れと時に疲れがどっと出てくるのだ。


(使い方を考える必要があるな)

 

「シロ君!!」


 呼ばれて振り返るとユキが走ってくるのが見えた。そのキラキラとしている笑顔が眩しくて思わず目を細める。


「おう、生きてたか」

「何今の!? ねぇねぇ、なんか紫の光がこう、ぶわーってしてそしたらシロ君がぶおーって……」

「落ち着け、言っていることが阿保みたいだぞ」


 興奮しているユキをなだめるシロ。どうやら【番狂わせキリングジャイアント】がユキのハイテンションの元のようだ。ユキは数秒、クールタイムを置いて再度問う。


「それで、今のは?」

「さっきのは【番狂わせキリングジャイアント】、自分よりレベルの高い敵に対して自身の全ステータスを向上させるスキルだ」


 ホックの酒場で存在を伝えていたのでユキはそれだけの説明で納得したようだ。近付けていた顔を離す。急接近してきた顔に息が詰まる思いになりかけていたシロは安堵の息を漏らす。


「……シロ君」

「おう、フィーリアも大丈夫だったか?」

「はい、シロ君がすぐに来てくれましたから」


 同じようにシロの傍まで来ていたフィーリアの様子を確認する。始めて二日目でPKに遭遇するなんて不幸を体験した彼女がシロは一番気がかりであった。これでゲームを止めるなんてのも言いかねないからだ。そうやってこのゲームを去った人の話をシロは昔からよく聞いていた。


「えっと、散々だったな。怖かったか?」

「はい、怖かったです……」


 やっぱりか、いや誰だって初めてPKに遭遇するときは怖いものだ。特に今までMMOというジャンルのゲームをしたことがない人間ならそうだろう。

 しかし、シロの心配をよそにフィーリアが次に出したのは意外なものだった。


「でも、ユキちゃんが手、握ってくれていたから。大丈夫でした」


 そう言って顔を俯かせたのは恥ずかしさからかそれとも目に溜まっている涙を見せない為かは分からなかった。

 あの時、泣きそうでただ震えるだけだったフィーリアが逃げれたのはひとえにユキの存在が大きい。もし、これでユキがいなかったら彼女はきっと一番最初にやられていただろう。


「だから、ありがとう二人とも」


 顔を俯かせながら二人にお礼を言うフィーリア。それに対してユキは嬉しそうに笑い、シロは少し照れくさそに頭を掻いた。


「……あの」


 ほんわかとした会話の最中に遠慮気味な声が割って入って来た。ユキの後ろのほうを見るとアッシュが何だかおどおどした様子で立っていた。

 シロは親し気な目つきから一変して真面目な表情をしてみせる。


「何?」

「その、何だ、今回はその、助かった」


 口調に生意気さが残っていたが一応、感謝の言葉を述べていることなので受け取っておくシロ。だが、表情が崩れることはなかった。


「一つ聞いても?」

「……なんだ」

「どうして、このフィールドを選んだ」

「え、どうしてって……」


 シロの問いにアッシュはパーティメンバーを見る。メンバーも質問の意図がよく分からないとばかりに首を傾げた。


「ここに来る時話し合いで決まったんだけど……」

「アンタらはバカなの?」


 ビシッと何の脈絡もなく発せられた言葉にアッシュたちは一瞬何を言われているのか理解できなかった。


「シ、シロ君!? いきなり何を」

「ちょっと黙ってろ」


 その言葉は冷たくそして鋭く、ユキの介入を阻止した。無表情さがそれをより際立たせ威力は抜群だった。だが、いきなり罵倒されたアッシュは徐々に怒りの感情が追い付いてくる。


「……どういう意味だ」

「言葉の通りだ」

「は? 何が言いたいんだ」

「はぁ、だからバカは嫌いなんだよな」

「っ、なんだと!! お前俺等を助けたからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」


 シロの態度に怒りの沸点に到達したアッシュの怒号が飛ぶ。

 邪悪な空気が二人の間に漂う。ユキとフィーリア、さらにアッシュのパーティーメンバーもこの状況をどうすることも出来ずにいた。


「じゃあ、バカに分かるように易しく教えてやる。まず一つ、この《ドゥームゾ森林帯》は適正レベルが50以上のフィールドだ。そんなフィールドに初めて二日目のフィーリアを連れてくるとか論外だろ」

「それは……」

「まさか、ただ寄生させるだけでいいとか思ってたわけじゃないよな?」


 シロに言われてアッシュは黙り込む。

 寄生とはパーティプレイなどで他の人に任せて、自分は楽して経験値やアイテムをゲットするという意味である。今回の場合だと、フィーリアが明らかにレベル差があるモンスターに一撃だけ入れてあとは他のメンバーがそれを倒す。すると、倒したモンスターの経験値がフィーリアに入ってくるという戦法である。

 しかし、それは一部のプレイヤーに忌み嫌われる行為であり、まず本人が戦い方を学ぶことが出来ないのだ。それでレベルは上がるだろうが、本人のプレイヤースキルが伸びないのが問題なのだ。


「二つ、転移無効エリアがあるのに何でわざわざ足を踏み入れた? 普通に掲示板なんかに載ってる情報だぞ」


 BGOのなかにいくつか存在する転移無効エリア、そのほとんどが最前線プレイヤーたちによって明らかになり攻略Wikiに載せられている。シロの指摘にアッシュは反論出来ずに奥歯を噛みしめていた。


「最後に、話し合いが行われたとか言ってたけどフィーリアの意見をちゃんと聞いたのかお前らは? 聞いてないよな、初心者は何も言わずに黙ってついてこいとか思っていたんだろ」

「っ!? 俺たちはそんなことっ」

「じゃあ、ユキ、話し合いでこいつ、いやこのなかの誰かがフィーリアに意見を求めたか?」

 

 シロはアッシュの後ろにいるメンバーを指しながらユキに訊く。訊かれてユキは思い返す、確かにユキ自身がフィーリアについて言及した場面はあるがフィーリア本人から意見を求めることはなかった。


「……なかったと思う」

「だ、そうだ。ようは自分たちの都合でフィーリアを好き勝手に連れまわしたわけだ。これくらいの失敗も分からないからバカだと言っているんだ」

「テメェ、ちょっと俺たちを助けたからって」

「なに? 俺何か間違っていること言ったか? あんたらはどう思う?」


 シロはアッシュの後ろで佇んでいる三人に話を振った。三人は気まずい顔を浮かべ、顔を俯かせる。


「……三人は分かってるようだな。結局、お前は自分のことしか頭になかったわけだ」


 フィーリアのレベリングを手伝うと言ったのは建前で本音はユキにいい格好がしたかっただけだろう。別に本人はそんなこと考えていないつもりだったかもしれないが、人というものは無意識に優先順位を決めることがある。今回の場合は、彼の中の優先順位がフィーリアよりユキが上だったという話だ。

 シロは前に現実で和樹のことを『ガリ勉』と評した安藤を思い出す。彼は視界が少しばかり狭いのではないだろうか。

 

「~~~!!!」


 言い返したいけど言い返せないアッシュ。そのどこにぶつければいいか分らない衝動をただ黙って内に秘めさせた。


「さて、説教もここまでにして帰るか。行くぞユキ、フィーリア」

「えっ、あ、うん」

「…………はい」


 気まずい空気を払拭することなくシロは歩きだした。二人はアッシュとシロを交互に見るが結局シロのあとを追いかけた。四人を通り過ぎる際、ユキは一言いつもと変わらない、明るい振る舞いを見せ。フィーリアはぺこり、とお辞儀をしてからその場をあとにした。

 残された四人は気まずいさが漂っているなかにしばらくお互い何も言わずに佇んでいた。



☆☆☆☆☆☆



「ところでシロ君、その恰好は?」


 帰り道、パーティ設定を解除させたユキがいつの間にか変わったシロの恰好について尋ねた。


「ん? あぁ、ちょっと知り合いの鍛治屋のおっさんに借りた」


 袖の裾を引っ張りながらシロはチャットを貰った時の状況を説明した。そこでユキは色々と訊きたいことがあるのを思い出した。


「どうやってここまで? シロ君まだここのポータルにアクティベートしてないよね?」

「走ってきた」

「何で私たちがあそこにいるって分かったの?」

「【察知】のおかげ」

「ていうか、ここまで来るの結構速かったよね? モンスターとか出くわさなかったの?」

「いや~、4つもフィールドを超えるの大変だったぞ。モンスターがいるから出くわさないように木と木を飛び移って来たのが思ったより難しくてな」

「おっかしいでしょう!!?」


 普通にシロが言ってのける内容にユキは我慢ならずツッコんでしまった。

 まず、10分で街からここまで来るのが不可能だ。ユキたちでも20分以上はかかった道のりだからだ。それにモンスターに出くわさなかったことも明らかにおかしい。そして、木と木を飛び移って来たと言ってるがそんなとこは普通の人間のやることではない。

 【察知】に関してもスキルの範囲はせいぜい自分の半径1m程度のはず、なのにシロはスキルを使って居場所が分からないユキたちの存在に気が付いたというのがあり得ないことなのだ。



 だが、シロはBGOの第一陣で最前線プレイヤーとしての情報をもとにユキたちがいるフィールドまでの最短ルートを辿って来ただけだし、それで驚かれるこのほうが不思議である。


「そうか? 昔はよくやってたぞ」

「いやいや、あり得ないから【察知】の範囲どのくらいよ」

「さぁ? 半径10mくらいかな」

「チートだ!」

「失礼な、チート行為なんて一切行っていません」

「じゃあなんで【察知】の効果範囲が半径10mもあるのよ!!」

「【察知】は消費MPがないけど、所持しているMP量で効果が増幅すると聞いてるけどな」


 【察知】スキルの効果範囲はスキル保持者のMP量に応じて広くなる。大体500MPくらい持っているとシロのように半径10mくらい造作もない。しかし、これにはデメリットが存在する。【察知】は頭の中に周辺の地図が映し出され、誰かがいると光となって知らせる。常時効果を発揮しているその【察知】がもし半径10mの効果範囲を示していたら遠くにいる相手が頭の中で光続けて、目の前の敵に集中できないという事例が多発しているのだ。だから、【察知】スキル保持者は効果範囲の設定をせいぜい自身の半径1mくらいにしているのだ。



 その話をユキにするが納得した様子を見せない。しかし、出来るものは出来るのだからしょうがない。

 二人の会話を傍で聞いていたフィーリアは会話の中身がよく分からないので黙ったまま歩き続けていた。


「フィーリア? 大丈夫か」

「え、はい、ちょっと疲れちゃっただけだから」

「そうか、もうすぐ転移無効エリアから抜けるからそこで街に帰るぞ。今日はそこで終わりにしよう」

「そうだね、今日はもうやめておこう」

「…二人ともごめんなさい」

「気にするな、また今度集まればいい」

「そうだよ! 明日一緒に続けしよう」


 初めてのPKに巻き込まれたフィーリアを気遣うシロとユキ。

 二人の優しさにフィーリアは言葉に出来ないほど感謝していた。


「あ、ごめんなさい。明日と明後日は用事があって、ゲーム出来ないと思います」

「え、そっか、残念……」

「そりゃあ、フィーリアにはフィーリアの都合があるからしょうがないだろ」

「うぅ…」

「ユキちゃん、ごめんなさい。で、でも最終日にはまたゲーム出来るから、その時一緒にしましょう」

「うん!」


 フィーリアが二日、用事があることを伝えると分かりやすくガッカリ顔をするユキに焦った彼女が今度、一緒にしようと言うとパァッと花を咲かせたような笑顔に戻り頷いた。



 その後、三人は無事に転移無効エリアから脱出し街に帰還、そのまま解散となった。

 



 



 

 

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