第30話 悪魔の進軍



「テメェ誰だ!!」

「ぎゃんぎゃん騒ぐなよ、うるさいな」


 両手で耳を押さえながらシロは顔をしかめてスキンヘッドに言う。まるで、いつもユキと接している時のようだった。

 シロは堂々と道を塞いでいたプレイヤーたちの間を通り抜け、ユキたちの所まで歩いてきた。状況が読み込めてないのではと思わせるほど冷静で緊張感がないその態度にユキたちだけじゃなく、取り囲んでいたPK集団まで呆気に取られていた。


「……シロ君」

「よ、50分ぶりか? よく生きたな、というかお前つくづくPKに縁があるよな」


 まるで心配などしていないかのような言いぐさにユキは少々腹が立ったがチャットを飛ばして10分も経っていないのにここまで来た事実に関しての驚きの方が大きかった。

 シロはユキの隣で今だに肩を震えさせているフィーリアのほうを向き、笑いかける。まるで小さい子をあやすかのような顔だった。フィーリアはシロの顔を見ると目をぱちくりとさせ、呆然とした。

 何故、こんな状況でそんな笑顔が出来るの? フィーリアの声にならない疑問が頭のなかで響いた。


「さてと、これはこれは面倒な状況だな」

「おい! 何、人を無視して勝手に喋ってんだよ!」


 苛々した声でスキンヘッドが叫ぶ。シロはそれにも怯えることなく前を見据えた。取り囲んでいるプレイヤーたちも彼に注目する。


「どうも、PKギルド【デビルズパレード】の皆さん」

『!!??』


 まるで知り合いに挨拶するかのように親し気な声を出すシロ。しかし、アッシュたちはシロから発せられたその言葉に目を見開いた。対して、ユキとフィーリアは聞き慣れない名前に首を傾げる。


「……ほう、テメェよく分かったな」

「そりゃ、BGO二大PKギルドの一つですからね。ちなみにあんたのことも知ってるぜ、【デビルズパレード】ギルドマスターのアザゼルさん」

「ギャハハ! こりゃあ参ったぜ!! 名前バレてんじゃなぇか」


(このテンションも変わってないなぁ)


 感慨深げにアザゼルを眺めるシロは昔を思い出す。

 シルバーとして活動していた頃に何度か戦ったことがあるがその時はレベル差があったためか危な気なく返り討ちに出来た。だが、今は向こうの方がレベルが高いはずだ。まわりの連中も平均レベルは70以上あることが頭の上に表示されているアイコンで確認できる。

 それはそうと、プライバシー設定オフにしてないんかい。まぁ、名前を売っておこうという魂胆なのだろう。漏れなく全員名前が真っ赤である。



 BGOに存在するPKギルドのなかで有名なギルドの一つが【デビルズパレード】。

 彼らはPK行為を楽しむことを主な活動目的としており、PK対象は最前線のプレイヤーから初心者まで幅が広い。PKを行う頻度も多いため注意される集団である。

 そして、そんな【デビルズパレード】と真逆に位置する性質を持つのがPKギルド【女郎蜘蛛】である。

 こちらは【デビルズパレード】とは違い、ターゲットを高レベルのプレイヤー及び有名なプレイヤーに絞り活動している。主な活動目的は命のやり取りを行うヒリヒリとした緊張感を味わうこととしている。簡単に言えばバトルを楽しむことだ。【デビルズパレード】がいきなり襲い掛かるのであれば【女郎蜘蛛】はPKを行う際にしっかりとPK宣言をしてからフィールドを駆け出す。

 それを紳士的だと言う輩がいるがやっていることはたいして変わらないのではとシロは昔から疑問を抱いている。


「さ~て、助っ人が登場したところでさっさと殺たいんだけどよ~、準備はいいか?」


 シロが昔の思い出に浸っているところでしびれを切らしたように体をうずうずとさせながらアザゼルが下品な笑みを浮かべる。まるで、食事を目の前にして涎を垂らしている獣のようである。よく見ると周りのメンバーも武器を構えながら今か今かとリーダーの合図を待っていた。

 アッシュたちに緊張が走る。シロが駆けつけたところで人数が六人から七人になっただけ、さらにフィーリアはまだ初心者、モンスターとの戦い方を教えられていても対人での戦い方はまだ教えてもらっていない。実質、まともに戦えるのは六人だけだ。

 アッシュは歯を食いしばり、気合を入れる。


「あ~、ちょっといいですか?」


 そんな緊張感と不釣り合いな府抜けた声がシロから出て来た。


「……チッ、何だよ、まだ言いたい事があるのか」


 雰囲気を邪魔され、舌打ちを隠さないアザゼルはシロを睨みつける。そんな飢えた獣のような目つきにもシロはビビらず言葉を発した。


「一つ提案なんですけどいいですか?」

「ほぅ、命乞いでもする気か? なら、土下座して『助けてください』って言うことだな! ギャハハ」

「あ、いえ、そういうんじゃなくてですね」


 アザゼルの言葉を軽く流してシロは続けた。


「俺とあなた方だけで戦いませんか?」

「…………はあ? テメェ何言ってんだ、頭湧いたか?」


 意味の分からない提案にアザゼルは睨みを強めて威嚇するように声を投げる。


「いいや、残念ながら真面目に言ってんだよねこれが」

「ギャハハ! つまりお前は仲間を助けるために自分を犠牲にしようってか? ギャハハ! いいね、格好いいよ君!!」


 アザゼルの笑い声に合わせるように他のメンバーも笑いが起こる。


「……何か勘違いしてない?」

「んあ?」

「別にこいつらは俺の仲間じゃないし、強いて言うならこの白い奴とピンクの子が知り合いってだけだ」

「はぁ? じゃ、お前の目的はなんだよ」

「だ・か・ら、アンタらに面白いゲームを提案しているんじゃないか」

「……面白いゲームだあ?」


 シロの言葉にアザゼルは急に真面目な顔になり、目の前の人物を注意深く観察する。

 緊張の面影もないその堂々とした態度、そして普通にPK集団のリーダーと対等に会話していることを気にも留めていない目つき。


(何考えてんだこいつ……)


 不審な目で自分を見るアザゼルにシロは短く口角を上げ、目を細めた。

 人を小馬鹿にする目、まるで自分など大したことないと決めつけるかのような態度。それは恐らくシロの挑発だったんだろう、だが舐められた状態で生かしておくわけにもいかなくなった。


「……上等だ、お前さんをたーーぷりと痛めつけて、その余裕な顔を恐怖に染めてやるよ!! ギャハハハハハハハハハハ!!!」


 サバイバルナイフの刃先を舐め、見下すような目つきでシロを睨むアザゼル。そんなアザゼルの言葉にシロは満足げに微笑んで、気持ちを戦闘態勢に切り替える。


「というわけで、ここから俺だけでやるから後ろに下がって見学でもしてろ」

「ちょっ、何勝手に決めてんだよ! この人数を一人で戦うなんて無理だ、相手は【デビルズパレード】だぞ!!」

「そうよ、ここは隙を見てまた逃げるしか……」

「シロ君」


 アッシュとクルミがシロの行動に異論を唱えるなかユキが不安げな声で彼を呼ぶ。名前を呼ばれたシロはユキと顔を見合わせる。真っすぐに見つめられて恥ずかしくなり先に目を逸らした。だが、彼の目を見た瞬間に分かったことがある。


「だったら、あいつが時間を稼いでいる間にも俺等だけでも逃げよう!!」


 アッシュが話しかけてくるがユキはそれに反応を示さない。


「ユキさん?」

「…………」


 無言でシロの背中を眺めるユキの目にもう、最初のような戸惑いや焦りはなくなっていた。そこには若干諦めに似た表情を浮かべている。もう、彼に何を言っても無駄なのだろう。

 だって、彼は___この状況を楽しんでいるのだから。



☆☆☆☆☆☆



 後ろに背負っている両手剣を取り出し、剣道選手みたいに構える。剣道をやったことないが近接武器は大体昔嗜んだため、使いにくいということはなかった。

 背後には、ユキたちが異様な光景についてこれていない様子で佇んでいた。その中でユキだけが信用しきった目でシロを見つめている。


「一応、ルールとして俺と戦っている間は他の奴に襲い掛かることは禁止していいか?」

「あぁ、いいぜ。だが、お前が死んだら後ろの連中も楽しく料理してやるよ」

「……出来ればいいな」


 ぼそりと呟いた言葉は誰も拾えていない。シロは顔を俯かせて、表情をほぐす。今、シロの頬は緩みに緩みかかって笑っていた。こんな表情をユキたちに見られたら危ない奴だと思われるかもしれない。 

 しかし、シロはこの状況を楽しんでいた。明らかに自分よりレベルが高いプレイヤー約20名、しかも対人戦闘に特化された連中だ。そんな連中と戦えることが肌をピリピリさせていた。


「殺れ」


 静かに言い放たれた言葉によって戦闘は開始された。凶器を持った殺人集団がシロ目がけて飛び出してくる。

 真っ先にシロとの距離を詰めた一人が振りかぶられた剣を振る。シロはそれをバックステップでかわし、両手剣を横一線で斬りだす。しかし、相手も簡単にそれを受け止めた。

 打ち付けられた剣同士が火花を散らしていると、頭のなかでアラームが鳴った。これは【危険回避】が相手による攻撃を知らせる音だ。シロはすかさず【察知】で自分の後ろにプレイヤーがいるのを感じ取る。すぐに両手剣を引いて、しゃがみ込んだ。途端、シロの頭の上を大きな剣が通過。


「ちっ」


 後ろにいたプレイヤーが舌打ちをする。が、そんな隙をシロが見逃すことがなかった。しゃがみ込むと同時に足を後ろにいるプレイヤーの腹に喰らわす。


「ぐほっ!」


 腹に蹴りを入れられた相手は後ろに飛ばされる。シロは両手剣を前にいる相手に対して斜め上に斬りつけた。油断していた相手は胴体を斬りつけられた反動で一瞬、宙に浮く。そこを狙って喉元に剣を突き刺すとさらに体に10連撃与える。HPを一気に持っていかれた相手は絶命の光となった。


「まずは一人」

「テメェ!」

「よくも仲間を!!」

「こういう時の団結力は流石だなぁ」


 次に襲い掛かる二人の斬撃をシロは軽々と避ける。全く当たらない攻撃に二人は焦りの顔を浮かべた。


「このっ」

「野郎が!!」


 左右から攻撃を仕掛ける二人をシロは見切り、数秒早く自分のところに辿り着くだろう右の相手の腕を瞬時に取り、関節を決めるかのように自分の前に身を出す。


「ちょっ!!」

「ぎゃああああ!!」


 勢いよく振られた斧に仲間の脳天にぶち込まれた。やられた右の彼を目つぶし代わりに、シロは斧のプレイヤーの背後にまわり大きく振りかぶられた両手剣をがら空きの背中に先ほど同様に10回攻撃を当てる。仕上げに背中をブスッ、と刺して終わり。

 うるさい叫び声を上げながらこちらも光となった。


「これで残り17人」


 次の標的を選ぶシロ。その言いようのない迫力に【デビルズパレード】のメンバーは腰が引きつつあった。回避行動もそうだが、あの速い斬撃はそんじょそこらにいるプレイヤーにはできないであろう動きである。


「何やってんだ! 相手はたった一人だぞ、遠距離から魔法をブチ込んでやれ!!」


 アザゼルの命令でシロと距離をとっていたメンバーが詠唱を始める。


『【ファイヤーボール】!』


 一斉に放たれた火の玉はシロの視界いっぱいに広がり、その場だけ明るくなる。



 ドッカーン!!



 爆音とともに舞った土埃に後ろのユキたちは顔を腕で庇う。ユキは目を細めて戦況を確かめるが土埃のせいで人の影一人見えなかった。やがて、土埃が晴れ視界が安定してきてユキが見たのは大きく開いた穴だった。

 そこはさっきまでシロが立っていた場所。だが、そこにシロの姿はなかった。


「……やったか?」


 アザゼルは眉を下げながら呟く。あの数の魔法を防ぐことが出来るとは思わなかったからだ。だが、それは俗に言うフラグが立ったというやつだった。


「いや~、危なかったわ~」

「!?」


 どこからともなく聞こえるシロの声。それに驚いたのはアザゼルだけでない。ユキたちやギルドメンバーたちもどこから発せられているのか分からない声を探してキョロキョロとさせた。


「ここだよ、ここ」


 アザゼルは木の上の方を見る。すると、そこに太い木の枝に立っているシロがいた。

 

「いつの間に……」


 魔法がシロが立っていた場所に到達するまでほんの1、2秒である。その一瞬であそこまで移動するとはどんな反射神経しているのか不思議であった。

 呆けるアザゼルを他所に、枝から飛び降りてシロは残り人数を確かめる。


「さて、そろそろ終わりとしましょうか」

「はっ! 降参でもしようってか?」

「それはしないって言わなかったっけ? まぁ、いいやさっさと終わらせたいし」

「くっ、余裕なのも今のうちだぞこらぁ!!」


 アザゼルの悪役的セリフを聞いてシロは顔をにんまりとさせる。アザゼルはそれを舐められていると思って余計腹が立った。

 シロは、両手剣を構え直して残りの敵の立ち位置を確認する。そして、おおよその行動進路と相手の行動を予想する。全ての準備が整ったところで満を持して、小さく唱えた。


「【番狂わせ《キリングジャイアント》】」


 紫色の光がシロの体を包み込む。エフェクトとしてはそれだけだったがシロは確実に変化を感じていた。


(体が軽い……)


 シロの変化に【デビルズパレード】のメンバーがざわつく。

 途端、シロは駆け出した。一歩目から分かるそのスピード、シロはその変化に驚きつつも進路に従って突き進む。相手はまるで時を止められたかのように静止している。否、自身の体感スピードが上がって相手がゆっくりと見えるのだ。



 一人目の懐に入るとシロは流れるように7回ほど斬る。そして、そのまま次の相手の所へ向かう。斬られたプレイヤーは数秒後に光の粒子となって消えた。

 疾風のごとく相手を斬りつけていくシロ。次々に消えていく仲間を見てアザゼルの表情が怒りから困惑したものへと変わった。今までも彼の動きはレベルからは予想されないものであったが【番狂わせ《キリングジャイアント》】の効果によってさらに上がった速度。スキルを使う前の速度に目が慣れてしまっている彼らにはシロの動きを追うのは難しかった。

 剣を盾で受け止めようとする相手を盾の隙間から斬り、すぐにまた標的を狙う。ステータスの向上を効果に持つ【番狂わせ《キリングジャイアント》】はシロのステータスを大幅に上げ、相手を一掃した。


「さて、あとはあんた一人だ」


 いつの間にか目の前まで来ているシロにアザゼルは恐怖を感じた。殺戮を楽しむ彼らと同等、いやそれ以上に彼の表情が生き生きとしていたからだ。


「あ、あ……」


 言葉にならない悲鳴が喉にかかる。口から出せないその恐怖がさらにアザゼルを混乱させた。シロは静かに両手剣をアザゼルの顔に近付ける。

 足が震える、口がガタガタと音を出す。こいつは一体何者だ、こんな見るからに中級のプレイヤーに何故自分ら負けているんだ? こんなのはあの『シルバー』以外初めてだ。


「チェックメイトだ」


 敗北を告げるシロ。その顔はまだやり足りないが我慢しているのが丸わかりであった。

 だが、殺されるのが怖くて何が殺人ギルドだ。こんなところで逃げるのなら、華々しく散ってやる。


「チックショーが!!」

「あんたならそう来ると思ってたよ」


 サバイバルナイフを片手に突撃をかますアザゼル。しかし、シロはその不意打ちにも対応しヒラリとかわしてすれ違いざまに十字の印を刻み込んだ。


「まだまだぁぁぁ!!」

「っ、せいっ!」


ダメージを食らっても、その目は衰えずシロに向かってナイフを突き立てようと動く。しかし、シロはそれをスキルによって回避すると背中に米印のように傷をつけた。

勝敗は決した。彼のHPが0を指し示す。


「……けっ、負けたぜ。お前名前は?」

「……シロだ」


 後ろを向いたまま名前を聞かれ、正直に名乗る。


「そうか、じゃあ、お前ウチのブラックリストに載せといてやるよ」

「もう、俺の知り合いにちょっかい出すなよ」

「ギャハハ、肝に銘じておくよ」


 そう言って再び下品な笑い声を上げながらアザゼルは泡が弾けるように消えた。




 





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