第29話 逃走劇



 謎の道をアッシュたちは臆することなく進んでいた。カサカサ、と草木が揺れる音だけが静かに木霊す。

 フィーリアの後ろを歩いているユキはしきりに周りに気は配っている。先ほどから誰かに見られているような気がするのだ。


「どうしたのユキさん?」


 ユキが執拗に周りを見渡しているのを不審に思ったのだろう、後ろを歩くベンが訊いてきた。前のフィーリアも不安そうな顔をする。

 ここで誤魔化すのもあれなので、ユキは素直に自分の考えを言ってみることにした。


「何だか誰かに見られている気がして」

「そう? 俺は特に気にならないけど」


 ユキの言葉に先頭を歩いているアッシュが応える。他のメンバーもアッシュと同意見のようでユキの意見に首を傾げた。


(気のせいかな?)


 煩わしさを残しながらもユキは一旦、底に考えを沈める。そうしている間にもアッシュはどんどん道を歩いて行く。

 しかし、時折突き刺さる何かがやはり気になる。嫌な予感が治まらないユキはアッシュに来た道を戻ろうと口を開いた瞬間__


「!? 伏せろ!」


 突然、アッシュの怒号にも近い声にユキたちは咄嗟にその場でしゃがみ込んだ。



 ドゴーン!!



「……え?」


 ユキたちがしゃがみ込んだとほぼ同時に彼女たちの上を何かが通過し、後ろの方で爆発したような音が轟いた。

 ユキが呆然としている間に他の四人は各々の武器を素早く取り出し、辺りに目をやる。フィーリアは突然のことに体が固まっていた。


「誰だ!」


 ロングソードと盾を構えながらアッシュは誰も見えない暗闇に呼びかけた。すると、下品な笑い声が暗闇から空気を振動させてこちらまで渡ってくる。それは一つだけではなく、ユキたちを取り囲むように数を増していく。


「ギャハハ! ようこそ我々の狩場へ」


 高らかと笑い声を上げ、正面から一人の男性プレイヤーが現れた。スキンヘッドに眼帯をあてているその男性はサバイバルナイフを片手に悠々とした態度でアッシュと対峙する。


「お前らPKか!」

「ギャハハ! そう、俺等は人を殺して楽しくこのゲームをする集団でーす」

「……囲まれたわね」

「一体いつから……」

「さあ、いつからでしょうか!? ギャハハハハハ!」


 スキンヘッドが笑うと合わせて周りのプレイヤーも不愉快な笑いを発する。その光景にフィーリアは体を震わせて涙目を浮かべている。その様子を見ていた為かユキは対照的に冷静を保っていた。

 そして、彼女は小さな声で震えるフィーリアに告げた。


「……フィーリア、チャットの仕方は覚えてる?」

「……え?」


 毅然とした口調のユキにフィーリアは潤んだ瞳を上へと向ける。

 どうして急にそんなことを言い出したのだろうか。危ない状況の最中、彼女はユキに対して疑問を抱く。しかし、答えないわけにはいかないので、小さく頷いた。


「なら、今すぐにシロ君にチャットを送って。周りに気づかれないように私の陰に隠れてね。短くていい、素早さだけを意識して」


 視線を一切彼女に向けないまま淡々とそう告げるユキ。そこでフィーリアはどうやらユキはシロに助けを求めようとしていると理解した。


 涙目であるフィーリアであったがまわりに気づかれないようにメニューを操作してチャットを打ち込む。送り主はシロだ。まだログアウトしていないことを祈って短い文で送る。その様子をユキも確認した。

 

「……くそ、やるしかないか」

「おお! 潔いがいいね。それとも女の前で格好つけただけか?」

「ちょっとアッシュ! この人数を相手にする気!? 20人はいるわよ」

「クルミの言う通り、【転移石】で逃げたほうがいいよ」


 武器を握る手に力を加えるアッシュにクルミとベンが小声で止める。


「ギャハハ! 残念ながらここは転移無効エリアなんだよ!」


 ベンの言葉が聞こえたのかスキンヘッドの男が五人に無残な事実を教える。

 転移無効エリア。フィールドにまれに存在するエリアでそこに足を踏み入れたらそこから出る限り転移することが出来ない。どうやらあの不自然な道の境が無効エリアだったらしい。それに思い至ったアッシュは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 アッシュたちの会話をよそにユキとフィーリアはシロからの返信を待った。そして、チャットに返信があった。場所を聞いてきたのでフィーリアは素早く指を動かし、送信する。これでシロが来てくれるわけだが、果たしてそれまで時間を稼ぐことが出来るだろうか。


「さーて、お喋りもここまでにして楽しい楽しいショーといきましょうか」


 緊張が五人にかかる、フィーリアは怖がって身動きが自由に聞かない様子だ。ユキは庇うように前に出てフィーリアを背中に隠す。

 スキンヘッドが下品な声を上げている間、アッシュはベンに目線を送る。ベンはその目線に静かに頷いた。そして、杖を地面に置き準備を整える。

 スキンヘッドが片手を挙げ、仲間に伝える。ゆっくりと手が下ろすと同時に叫び出した。


「殺れ!!」

「【デザートストーム】!!」


 スキンヘッドの合図とともに飛び出して来たプレイヤーにベンが大声で魔法を発動させた。すると、ベンたちを中心に竜巻が発生しプレイヤーたちを飲み込んだ。


「走れ!」


 ベンの魔法が発動するのを確認するとアッシュは大声で叫んだ。瞬間、全員来た道を戻るように疾走した。 ユキもフィーリアの手を取り、遅れないように駆け出した。


「追え! あちらさんは追いかけっこが好きみたいだぜ。付き合ってやるよ命がけの鬼ごっこよを!!」


 後ろからおぞましい声が聞こえるがユキたちは振り返らず走った。竜巻に巻き込まれたプレイヤーたちは死ぬまでに至らず、地面に落ちるとすぐさまユキたちを追いかけた。



☆☆☆☆☆☆



「待てやこらぁ!」

「お兄さんたち怖くないよ~」

「一緒に遊ぼうよぅ」


 後ろから聞こえるセリフにユキは寒気を覚えたが足は止まらず前へと全力で進んでいた。


「くそっ、ベン! 足止めは!?」

「僕のスキルレベルじゃ、たいして効果ないよ!」


 走りながらベントアッシュが対策を話し合う。ベンが時々、【ファイヤーボール】や【ウォーターボール】を発射させるがどれも避けられてたいして時間を稼ぐことが出来ない。ユキはフィーリアの世話でいっぱいで攻撃まで気がまわらなかった。

 こういう時、弓使いのフィーリアが走りながら攻撃出来ればいいのだが当の本人が恐怖で怯えているので無理な話である。それもBGOを始めて二日目、PKという行為があることすら知らなかったフィーリアにとって今起こっていることは異様なものだと認識している。


「は~い、行き止まり~」

「くそ! 先回りされた」


 アッシュたちの前にプレイヤーが複数、道を塞いでいた。


「ギャハハ! どうしたの~? もうお終いかな?」


 後ろから先ほどのスキンヘッドが現れ、再び囲まれる形となったユキたち。ここから脱出する可能性はだいぶ低いだろう。


「どうするアッシュ?」

「……やるしかないな」

「この状況じゃ仕方ないね」

「…………」


 四人は覚悟を決めた様子で真剣な表情で武器を構える。ユキもフィーリアの傍で白い短杖をプレイヤーに向けた。

 一触即発の空気の中、じりじりと取り囲んだプレイヤーたちが距離を縮めてくる。ユキも構える短杖が小刻みに震える。前に『シルバー』にやられた時のことを思い出す。あれでPKに慣れた気がしていたがどうやらそう簡単に慣れるものでないようだ。


「さ~て、どう料理しようかな? たっぷりと苦しみ悔しがり泣きそうな顔を見せてくれよ」


 スキンヘッドがサバイバルナイフを器用に回しながら近づいて来る。そして、ユキたちが飛び出そうとした瞬間のことだった。


「あんまりいい趣味とは言えないな」

「ぐえっ!!」

「……は?」


 突然、ユキたちの退路を塞いでいたプレイヤーの一人が呻き声を出し、うつ伏せに倒れ込んだ。ユキたちの前にいたスキンヘッドが視界にとらえたその光景を見て、短く呟いた。

 後ろから聞こえるそんな声にユキたちは一斉に振り返った。そして、ユキの視界に映ったのは__


「……シロ君」

「なるほど、こういう事だったのか」


 腕を組みながら一人納得した表情を浮かべてるシロだった。






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