第25話 悪夢

 広場で解散となったシロたちは、また明日集合することを予定するとログアウトした。

 しかし数秒後、ログアウトしたはずのシロとユキの姿が広場に現れた。


「よう、さっきぶり」

「う、うん」


 シロの挨拶になんと返してよいかわからずユキは頷くだけとなった。シロはとりあえず広場にあるベンチに座り、ユキに隣を薦める。ユキも素直に隣に腰掛けた。


「で、これはどういう事?」


 隣に座ったユキはシロに尋ねた。

 事の始まりはモカの店を出て、ポーションを買いに行っていた時だった。フィーリアと会話をしていたユキの頭に突然、声が流れてきたのだ。その声の人物とは、シロである。

 ユキが体験した現象はBGOにある機能の一つ、『個人チャット』である。フレンド登録した相手にしか使えないこの機能は、特定の相手に対して声を発することなく会話ができるという仕組みになっている。シロはこの機能を使ってユキにとある指示を出した。


『フィーリアとログアウトした後、またログインすること』


 この指示の意図が分からず、ユキは慌てて振り返ろうとしたが予想していたのか、シロはすかさず『個人チャット』で止めることに成功した。

 その後フィーリアと一緒にログアウトし、また広場に集合となったわけだがユキはシロが一体何のために再び自分を呼び出したのか見当がつかなかった。

 しばらく、無言の時間が流れる。沈黙に耐えかねてユキが口を開こうとした時、先にシロの口が開いた。


「お前、フィーリアのことどう思う?」

「……え?」


 言っている意味がよく分からなかった。だが、彼の顔がやたら真剣だったのでユキは正直に自分が思っていることを伝えた。


「……いい子だと思うよ。まだ会話はぎこちなくなるけど、それでもちゃんと私の話を聞いてくれるし返事もしてくれる。それに今日だって楽しそうにしてたよ」

「……そっか」

「ねぇシロ君、一体何考えてるの」


 ユキのその質問にシロは迷う素振りを見せた。しかし、シロは正直に自分の考えを教えることを選択した。


「なあユキ、フィーリアのアバターを見て感じたことないか、もしくは今日のフィーリアの様子でもいい」

「? 特に変わったところはなかったと思うけど」


 ユキはフィーリアの姿をよく思い出した。髪の色や長さは変わっていたがそれはほんの些細なことだ。現にユキだって髪の色を銀色にしている。何が問題なんだろうか?


「俺はあいつのアバターを見て少し違和感を感じた」

「違和感?」

「それが何なのか最初は分からなかったがモカさんの店に行ったところで分かった」

「それって?」

「あいつ、声が若干低くなっていたんだ」


 BGOではアバター作成の際に様々な変更が可能となる。ユキみたいに髪の色や長さ、そして声質の変更もこの世界では可能なのだ。


「そう、かな? 私はよく分からなかったけど」

「いつもぼそぼそとしか喋らないからな、分かりづらいんだろ」


 しかし、席も隣で最初に質問攻めをされていた時にその声を誰よりも聞いていたのはシロだ。そのおかげか今日のフィーリアの声の変化に気づくことが出来た。


「でも、それってそこまで変かな?」

「別に変ってわけじゃないが……」

「ないが?」

「今日のあいつは今まで見た中で一番よく声を出していたような気がしてな」

「あ、そう、かも?」


 自信がないのか最後のほうが疑問形になっていたがユキもそうかもしれないと思った。買い物の時や教室でもぼそぼそとしか話さないフィーリアが今日この世界ではちゃんとはっきり言葉を紡いでいた。


「それが何か問題でも?」

「いや、問題ってほどでもない。だが、何でだろうなと思っただけだ」

「?? 私たちに慣れてきたってことじゃないの」

「そう簡単に慣れるわけないよ」

「……どうしてそう思うの?」

「だってお前、今まで何回あいつと会話した?」


 フィーリアがシロたちの学校に転校してきてまだ三日、さらに学校に登校したのがたった二日、その間にユキとフィーリアが会話した回数と言えばほんの僅かである。そんな数回の間にぼそぼそとしか話さなかった人が急にはっきりと言葉を口にするのは不自然だ。

 

「でも、心境の変化があったのかもしれないし、人って成長するものだし…」

「人はそんな簡単に成長しない」


 シロのその言葉にユキは冷気を感じた。まるで感情が籠ってない、でも説得力のある言葉。シロは前を向いているため横顔しか見えないがユキには悲しそうに見えた。


「……」

「……」


 なんとなく気まずくなる両者。シロは失敗したとでも言いたそうな顔を浮かべる。柄にもなく感情的になってしまった。


「それでだ、フィーリアの急激な変化に俺はあいつが何か隠しているのではと考えている」


 気まずい空気の中、シロはなるだけいつも通りな口調で話を続けた。


「何かって何?」

「それが分かれば苦労しない」


 若干ぎくしゃくしているがユキも気にしてない体で喋る。


「……じゃあ、どうするの?」

「……どうしよう」


 仮にフィーリアが隠し事をしていたとしてそれをシロたちが知る義務も権利もない。


(でもなぁ)


 シロは今日、VR機を買って帰った時に見た桜香の顔を思う出す。それとシロの桜香に抱くこのモヤモヤも関係しているのではないかと推測している。


「ま、今度何となく聞いといてくれ」

「えっ、私が聞くの?」

「俺が人の隠し事をさりげなく聞き出せるほどのコミュ力を持っているとでも?」

「いや、そんないい顔で言われても……」


 自分の事は自分がよく知っている。適材適所、自分が出来ないことは他に任せればいい。


「はぁ、まぁいいけど。あんまり期待しないでね」

「あぁ、期待しないでいるよ」

「……むぅ」


 シロの態度に不満げなユキ。そんなユキを横目にシロは今後フィーリアとどう接していけばいいのか考えていた。



☆☆☆☆☆☆



 夢を見た。

 暗い部屋の隅っこで顔を膝で隠し、震えている少女。その少女の対角線上にあるのは多数の手紙。宛先は自分になっており、差出人の名前は記載されていない。どこにでもある白紙の紙にはびっしりと文字が羅列されていた。そこに記載されている文字たちを少女は見ることが出来なかった。

 しかし、少女はその手紙を手に取ろうとした。理由は分からない、恐怖心なのか好奇心なのか、その時少女を動かしたのは一体何なのか少女自身も分からなかった。

 そして、少女の手が手紙に触れようとした瞬間。


「!!??」


 紙であるはずの手紙から黒い腕が伸び、手紙に触れようとした少女の手を掴んだ。突然起こったのとあまりの恐怖に少女は声を上げることも出来なかった。必死に振り払おうとするがとてつもない力で全く動かない黒い腕。その黒い腕は徐々に少女の手から腕へと浸食していき、胸、腰、太ももと体全体が真っ黒く染まっていく。

 少女は助けを求めようと声を張り上げた。だが、何故か声が出せない。訳が分からず必死にもがくがその間にも腕は少女の体をむしばむ。やがて、腕は少女の顔を覆いつくそうと伸びてきた。


「~~~!!!」


 助けを求めて声を出そうとするが少女の願いとは裏腹に声は出てこない。そして、腕はゆっくりと少女の顔を…………


























「やめてっ!!」


 ガバッと勢いよくベットから起き上がるとそこはよく知っている自分の部屋だった。カーテンの隙間から朝日が差し込み、部屋に光を与えている。


「ハァハァハァ、夢……」


 桜香は荒い呼吸と激しい動悸を落ち着かせるため、ゆっくりと空気を肺へ送る。やがて、動悸は治まり呼吸も正常に戻った。

 桜香はベットから降り、部屋のカーテンを開けると光の眩しさに目を細める。振り返り部屋を見渡す、畳が敷かれた部屋にはベットと机の他に数個の段ボール箱があるだけだった。桜香が夢に出た手紙は一切存在していない。

 そのことに安心した桜香はパジャマを着替え、部屋を出た。











「あら、桜香ちゃんおはよう」

「おはよう桜香」

「おはよう、おじいちゃん、おばあちゃん」


 部屋を出て、リビングに行くと桜香の祖父母が孫を見るなり笑顔で挨拶をした。祖父はテーブルで新聞を読み、祖母は朝食の準備をしていた。


「おばあちゃん、手伝うよ」

「あらそう、じゃ、お味噌汁を出してくれるかい?」

「うん、分かった」


 桜香は祖母の隣に立ち、三人分の器に味噌汁を注いでそれをテーブルに並べる。テーブルには白米と味噌汁に鮭の塩焼きの定番メニューである。朝食の用意が終わると祖母とともに席に着いた。


「いただきます」


 桜香は両手を合わせて言うと箸を持ち、食べ始めた。


「おいしいかい?」


 桜香が鮭の塩焼きを口に運ぶと対面に座る祖母が尋ねる。


「うん、とってもおいしいよ」

「そうかいそうかい」


 桜香の言葉に祖母は嬉しそうに目を細めた。炊き立てのごはんに温かい味噌汁それに塩加減抜群の鮭を食べていると昨夜見た夢を忘れられた。

 おいしそうに食べる桜香の姿を見て、祖父母は微笑ましく思えた。転勤族である桜香の父が海外に赴任になった時、桜香は現在の祖父母の世話になることになった。二人はたった一人の孫である桜香をそれはそれは歓迎して、大事に扱ってくれている。桜香自身もそんな祖父母の愛情がとても暖かかった。



 桜香たちが朝食を済ませるとダイニングテーブルの上に一枚の茶封筒があるのを桜香は見つけた。


「? おばあちゃん、これ何?」

「ん? あぁ、桜香ちゃん宛てに届いていたんだよ」

「……私宛て? 荒木さんからかな」


 桜香は茶封筒に手を伸ばし、持ち上げる。何の変哲もない茶封筒、自分宛てだと言われて桜香が思い当たるのは両親かスーツを着た女性だけだ。



 封筒を持って部屋に戻った桜香はベットに腰かけ送り主を確認する。が、どこにも送り主の名前は明記されていなかった。この時、桜香は嫌な予感がした。なぜか昨夜見た夢を思い出す。

 そんなバカなと首を振る。そんな訳がない、きっと思い過ごしだ、そう考えるが手の震えは止まらない。怖い物見たさなのか桜香は封筒の封を切る。A4サイズの封筒には一枚の紙が入っていた。

 ゆっくりと慎重に封筒の中身を取り出す。


「__!!?」


 封筒の中身を見た瞬間、桜香の震えは大きくなった。自分の肩を抱き、止めようと努力するが治まる気配を見せない。それどころか寒気が起こり、視界が歪むのを感じた。


























 



 悪夢はまだ終わっていなかった。


 



 





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