第24話 買い物



「それで、これからのことだけど……」

「……何か?」

「いや、何でもないです」


 改めてフィーリアの方に顔を向けるとストローでジュースをブクブクとさせて不機嫌そうな顔をしていた。置いてけぼりにあってのが癪に障ったようだ。


「……と、とにかく、これからどうするか決めよう。二人は時間は大丈夫なのか?」

「……私はまだ大丈夫です」

「私も全然オッケーだよ。ていうかシロ君こそいいの?」


 時刻は午後5時30分、いつもなら家事と勉強をしている時間だが、家事はゲームを始める前に済ましたし勉強も朝にノルマはやって来たから問題はなかった。


「俺ももう少しだけいいぞ」

「そっか、ならこれからフィーリアの装備見に行かない?」

「そ、装備ですか?」

「うん、可愛い服とかあるよ~。ポーションとかも必要だけど後にして、防具を買いに行こうよ!」


 ユキの提案にシロは勢いよく頷く。今、フィーリアの着ている初期装備の服装はフィーリアのある部分を押さえられず男性プレイヤーたちの目を奪う危険なものだ、すみやかにサイズのあったものにしたほうがいいだろう。ユキの提案にフィーリアも異論を示さず、防具を買いに行くことが決定した。


「よしっ、んじゃ、行くか」


 シロたちはホックにお代を払うと店を出て、中心街へと向かった。



☆☆☆☆☆☆



 中心街は今日も盛況である。露店を開いて食べ物を売っている人、パーティを募っている人、普通に観光している人、人の多さなら今日のショッピングモールをしのぐかもしれない。

 そんな人の多さにフィーリアは顔を強張らせているがユキがはぐれないようにとつないだ手をしっかりと握って歩いていた。シロも手をつなぐようにユキに差し伸ばされたが丁重にお断りした。


「やっぱ、人多いな」

「そうだね。GW《ゴールデンウィーク》ってのもあるけど、やっぱりあれのせいかな」

「あれって?」

「シロ君、運営からのお知らせ見てないの?」

「全く見てない」

「はぁ、ま、シロ君がそういう人だってわかってるけど、お知らせくらいちゃんと見ようよ。メンテナンスのお知らせとか色々と情報が入ってくるから」

「ハイハイ、で? なんかあるのか」

「あ、うん。GW《ゴールデンウィーク》最終日にイベントがあるらしいよ、だからか皆その準備に忙しいんだと思うよ」

「へぇ、なるほどな」


 歩きながら二人が会話するなか、フィーリアは顔を俯かせてトコトコとついていく。あまりの人の多さに気分が悪くなってしまったようだ。どうにか人の波をかわして歩き続けるとフィーリアは突然、パフっとユキの背中に顔をぶつけてしまった。

 慌てて謝まっていたがユキはフィーリアに顔を見るとほのぼのとした顔を浮かべている。


「着いたよ」


 そう言われてフィーリアは再び歩き出したユキに手を引かれて、店のなかに入った。店の中を見渡すと黒と白を基調とした壁には何段もの棚があり、そこに帽子やアクセサリーなどが置かれている。決して広くはないが立派な店と呼べるほどの広さをもっていた。


「こんにちはー、モカさんいますかー」


 誰もいない店内を見てユキは声を出す。すると程なくして、奥から返事が返って来た。


「はーい、いらっしゃいませ。ま、ユキちゃん、こんにちは」


 現れたここの店主らしき女性はユキの顔を見るなり嬉しそうに微笑んだ。


「お久しぶりです、あ、この人はこの店の店主でモカさん」

「「こ、こんにちは」」

「どうも、モカです。あなたたちはユキちゃんのお友達?」

「はい、シロ君に今日始めたばかりのフィーリアです」


 ユキがシロたちを紹介すると二人は黙って会釈した。初対面で緊張している二人を見てモカはその初々しさに愛おしさを感じた。


「二人ともよろしくね、それでユキちゃん、今日の御用は?」

「えっと、フィーリアの服を買いに来たんですけど……」


 そう言ってユキはフィーリアの肩を掴んで自分の前へと出す。フィーリアは緊張した面持ちでモカと対峙する。


「…………」


 フィーリアを下から観察するように視線を送るモカ。まるで獲物を吟味している獣の目のようで背筋がぞっ、となった。

 モカは何度もフィーリアの全身を観察する。


「う~ん、まずいわね……」

「まずい?」


 予期せぬ言葉にユキは首を傾げる。

 一体何がまずいと言うのだろうか…。ユキの疑問に難しい顔をするモカが一言。


「可愛すぎる!!」

「ほえっ!?」


 我慢が出来なくなったモカはカウンターからシロたちの方へ移動してきて、おもむろにフィーリアをギュッと抱きしめた。突然のことにフィーリアは混乱する。モカのその行動にユキはあちゃ~、と苦笑いを浮かべた。状況の目まぐるしい変化にシロも困惑する。

 

「えっと、どういうこと?」

「ははは、モカさん女の子を見るといつもこうなっちゃうんだよね」


 シロの質問にユキは簡単に説明した。どうやらモカは可愛いものが好きで初めてユキと会った時もフィーリアのように抱きしめられたらしい。

 シロとユキがそんな会話をしている間にもフィーリアはモカに顔をすり寄せられ、まるでペットのような扱いを受けていた。見かねたユキが止めに入る。


「も~、モカさん! その辺にしてください、フィーリアが固まってますよ!」

「あら、やだごめんなさい。私ったらつい……」

「あ、い、いえ……」


 強引にユキがモカをフィーリアから引き離すと我に返ったようで微笑みながらモカが謝る。フィーリアは先ほどの衝撃が抜けてないのか顔を引きつらせている。


「え~と、何だったかしら?」

「だから、フィーリアの服を買いに来たんですよ」

「あぁ、そうだったわね。それで、フィーリアちゃんは武器を何を使うのかしら?」


 ようやく本題に入るとモカはおっとりした態度に戻り、フィーリアに訊いた。


「ゆ、弓です」

「う~ん、なるほど、となると身軽なのがいいかしら、リクエストとかはある? ウチは大抵の要望なら叶えられるわよ。何ならメイド服や修道服も、フフフフフ……」

「え、えと、ふ、普通のでお願いします」


 徐々に顔が怖くなるモカに怯えながらもしっかりと要望を言うフィーリア。彼女の本性が垣間見れたような気がした。

 その後、ユキが間に立ち、フィーリアの服を決めていく。色はどうするか、どんな形状にするか、そんな会話が熱く繰り広げられた。やはり女子、と言うべきか話し合いは長引き(ほとんどユキとモカしか喋ってない)シロは退屈で欠伸が何度も出てくる。

 

(これ、俺が来る必要なかったな)


 今更ながらに後悔するシロ。とりあえず、カウンターにある椅子に座り、三人の話し合いが終わるまで掲示板でも眺めながらゆっくりとしていた。


 








「終わったよシロ君」


 30分くらいが経過した頃、掲示板を流し目で見ていたシロはユキの声で顔を上げた。

 そこには上から桃色の厚手のポンチョに黒いスカート、紺のソックスに茶色のブーツという組み合わせになったフィーリアがいた。露出も控えめで男どもが見ていた胸もポンチョで隠せられていた。これで他人からの視線が減ることだろう。

 先ほどまでの初期装備と比べて華やかに着飾られたフィーリアは恥ずかしいのか顔を俯かせて、もぞもぞと身体を動かしていた。


「どうシロ君?」

「似合ってると思うよ」


 ユキに感想を求められて素直に答えるとフィーリアは顔を赤くしさらに目線を下げた。シロとしては目のやり場に困らなくなって大助かりである。ユキとモカも満足げにドヤ顔を見合わせる。


「じゃ、じゃあ、こ、これにします……」

「は~い、お代は3000Eいただくわ」

「なっ!?」


 モカの提示する値段にシロは驚愕した。服一式で3000Eは破格の安さである。相場がどれくらいかは知らないが最低でも10000Eはするだろうと踏んでいたシロは疑惑の目をモカに向ける。しかし、モカはおっとりとした微笑みを崩すことない、裏があるとは思えなかった。


「あの、モカさん……」

「ん? 何かなシロ君」

「3000Eはさすがに安すぎじゃ……」

「あぁ、いいのよ別に私、ここは趣味でやってるもんだし、それにフィーリアちゃん可愛いからお姉さん目の保養になったお礼も込みよ」


 コソコソと話すモカとシロを傍らにユキとフィーリアは服の感想で盛り上がっていた。


「趣味? ってことは本職があるということですか」

「ふふ、正解。私、どっちかっていうと鍛治がメインなのよね」

「へぇ、意外ですね」

「シロ君も武器欲しくなったらいつでもいらっしゃい。素材があればいつでも作ってあげるわよ」

「その時はお願いします」


 モカはシロにちゃっかりと宣伝を済ませるとフィーリアからお金を受け取った。用を済ませた三人はモカからまた来るように約束され、店を出た。


「いいのが買えたね」

「……うん」


店を出たユキがフィーリアの服を見ながら言うとフィーリアは嬉しそうに微笑んだ。三人はそのままポーションを買いに行くことになったが道中、ユキとフィーリアの会話は止まらなかった。

 主にユキがBGOの事を一方的に喋っていただけであったがフィーリアはそれを不快とは思わず、しきりに相槌を打っていた。


「__!?」


 だが、途中ユキの顔に衝撃が走った。一瞬、後ろを振り返ろうとする素振りを見せるが何かに止められたようにピタッと動作を停止させ、また再びフィーリアに話始めた。

 その挙動を不審に思ったフィーリアであったがユキに変わった様子はなく。さっきのようにマシンガンのような話をするユキにフィーリアは相槌を打つだけだった。


 三人はその後、フィーリアに必要なポーションを買い、余った時間で大まかな中心街の案内をさらに1時間ほどして解散となった。

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