第20話 思い出
桜香の勘違いを正した和樹は再び会話を弾ませようとしたがまた桜香の人見知りが発動してしまった。昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り、結局大した会話ができないまま三人は教室に戻った。
だが、その後桜香が誰かと会話を弾ませることはなく。早くもクラスと孤立してしまいそうな雰囲気を漂わさせ、転校初日が幕を落とした。そんな新しい隣人の様子を見ていた和樹はどうしたもんかと悩ませた。
「ん~、やっぱり時間をかけて仲良くなるしかないんじゃない?」
「…やっぱそうだよな」
呟きながらドロップアイテムを整理するシロ。場所はBGOの北側フィールドの《ロンデル平野》、今日もレベリングをしているシロとユキ。一休みのついでにシロはユキに桜香のことについて相談していた。
「でも、あの様子じゃ、ちょっと難しいかもな。ユキから見て姫野ってどう思う?」
「んん~、後ろから見てる限りだと話す意思はあると思うんだけど、共通の話題がないって感じかな?」
ユキは桜香の顔を思い出しながら自分の考えを話す。クラスの生徒たちが桜香に話しかけようとすると緊張からか桜香は顔を俯かせていた。さらに、何か質問されると答えているようではあったがその声は小さくよく耳を澄ませていないと聞き取れないくらいであった。
「そっか、う~ん、どうしたもんかなぁ」
シロは視線を宙に向けて考え込んでいるとふと隣から視線を感じて目線を下げるとユキが顔を近づけて覗き込んでいた。
「…何?」
「いや、随分と姫野さんのこと気にかけてるようだったから……」
基本他人に興味を示さないシロがこうも桜香のことを気にしているのがユキには意外だった。
「ん~、なんかこう、あいつ見てるとモヤモヤするんだよな」
「!?」
シロは屋上で見せた桜香の顔を思い出す。あの怯えた表情をどこかで見たことがあるような気がするのだが全く思い出せない。
シロの発言に目を見開くユキ。そんな彼女を見てシロは首を傾げる。なにかおかしいことを言っただろうか?
「そ、そそそそれって、ももももしかして、ひ、一目ぼ……」
「お~い、ユキ? 戻ってこーい」
心ここにあらずのユキが何かぶつぶつ言ってるがシロは取り敢えず、肩を揺らして現実に連れ戻す。数回肩を揺らすとユキの目に光が戻ってきた。どうやら正気に戻ったようである。シロは帰ってきたユキに顔を近づけて顔色を窺う。
「大丈夫か?」
「え? う、うん、大丈夫……!!?」
シロが顔を近づけた途端、ユキの顔は温度を上昇させ段々と赤くなる。
「大丈夫ってお前、顔赤いぞ熱でもあるんじゃ…」
「本当に大丈夫だから! ほら、次行こうよ!!」
顔を素早くシロから逸らすとくるりと方向を180度変え、歩き出した。シロはユキの背中を眺めながら不思議そうに顔を傾るがすぐに後を追うように歩き出した。
☆☆☆☆☆☆
シロとユキがBGOでそんな会話をしていた頃、とある家のとある部屋にあるベットで一人の少女が顔をうずくませていた。少女は今日の出来事を思い返しながらため息をつく。
全く人と話しが出来なかったことへの情けなさもあるのだが彼女が今落ち込んでいる理由は他にあった。
「…かー君」
少女___姫野桜香の視線の先にある一枚の写真。小学生の時に撮られた何気ない日常の写真には楽しそうに当時のクラスメイトたちが桜香と一緒に写っていた。写真の中の桜香の隣には無邪気な笑顔でカメラにピースしている少年がいた。
そんな少年を隣にしている桜香は顔を赤くしながらも嬉しそうに微笑んでいる。そんな写真を見て彼女は頬を緩めると足をバタバタとさせる。言いようのない衝動が込み上げてきたようだ。
桜香は今日偶然隣の席になった和樹の顔を思い浮かべる。
(かー君、大人っぽくなったなぁ)
桜香は傍にあったぬいぐるみを抱えるとそれを力いっぱい抱きしめた。
写真に写し出されていたのは幼き日の和樹の顔だった。
彼女が和樹と出会ったのは小学校四年生の時、親が転勤族で度々転校することが多かった桜香が次に転校してきたのが和樹が通っていた小学校である。
そして、たまたま和樹がいるクラスに転校してきた桜香はその時も今と同じように中々、クラスに馴染めずにいた。そんな桜香に親しくしてくれたのが和樹である。和樹はぼそぼそとしか話せない桜香に嫌な顔一つしないで積極的に話しかけてきてくれた。
そんな和樹のおかげか桜香も段々とクラスに馴染んでいった。たくさん友達ができ、楽しく学校生活を送っていた彼女はいつの間にか自然と和樹にいつも視線がいっていた。元気で明るく誰にでも優しい彼は桜香には輝いて見えた。そして、和樹を見るたびに胸をドキドキさせている自分に気付いた。やがて、それが”恋”だと気付くのにそう時間がかからなかった。
しかし、その恋が実ることはなかった。三学期に入ったある日、桜香はまたもや転校を余儀なくされたのだ。その時は随分と両親を困らせたのを覚えている。
転校したくない、祖父母のいる家で暮らす、そう泣きながら猛抗議した。せっかく楽しくなってきた学校生活、それを失くしたくなかったのだ。両親は優しく頭を撫でながら「ごめんね」としか言わなかった。
結局、桜香は両親と共に引っ越しをすることとなった。引っ越し当日、見送りに来てくれた友達の中に和樹の姿もあった。和樹は号泣する桜香に対して笑顔で頑張れ、とだけ言った。
こうして、桜香の初恋は終わりを見せたかのように思えたのだが…。
「まさかまた会えるなんて」
嬉しさのあまりだらしない顔をする桜香であったが一つ問題が生じた。
「でも、私の事忘れちゃったみたいだし…」
桜香は一目見た瞬間から和樹に気付いたのだが、一方の和樹は桜香には気が付いていない様子である。休み時間も一切話しかける気配を見せず、言葉も他人行儀であった。
「それに、あんな綺麗な子と仲良さげだったし…」
クラスの雰囲気に慣れず避難した屋上で出くわした和樹と途中から現れた雪。二人が桜香の目の前で仲良さげに話をしているのを見ていると気持ちが鉛のように重くなった。
(…でも付き合ってるわけじゃないんだよね)
二人の雰囲気に思わず二人の関係を問うような真似をしてしまったが和樹のあの真剣な表情から嘘を言っているようには見えなかった。それだけが唯一の救いである。
「明日、ちゃんと話してみよう」
桜香はそう決心し電気を消すと眠りについた。
☆☆☆☆☆☆
翌日、和樹は朝の恒例行事化している予習をしていた。だが、今日は何故か落ち着けない。その理由は、時々感じる隣からの視線のせいであると和樹は随分前から知っている。
(何故こっちを見る?)
隣の桜香に気づかれないように視線を横に移す。
桜香は時折、チラッ、チラッ、とこちらの様子を窺うように視線を向けるのだが一方で話しかけて来る気配は感じられない。後一歩という所で勇気が出ないのだ。そんなことをつゆ知らず和樹は自分が一体何をしでかしたのかを思い出そうとしいていた。
(あれか、昨日の弁当のことか? ボッチ飯のことをバラしたら殺るぞ的なあれか、俺命狙われてるのか?)
そんな的外れもいいところの妄想を漂わせていると雪が元気よく教室に入って来た。教室に入って来た雪は真っ先に和樹の元へ駆け寄る。何やら慌てているようだ。
「白井君!? 悪いんだけど、数学の課題見せてくれる?」
「悪い柊、俺は今自衛のために何をすればいいのか考えているから無理だ」
「…何の話?」
和樹の妄想話にキョトンとした顔をする雪。その反応を見て和樹は正気に戻った。改めて、慌てる雪に顔を向ける。
「またやってきてないのか、もうこれで何度目だ?」
「うぅ、昨日、シロ君と別れてからもう一狩りしていたら遅くなって……」
「ゲームは一日一時間って習わなかったのか? だから、毎回毎回こういうことになるんだろうが」
まるで母親のように雪に説教する和樹。その言葉に反論することが出来ず明らかに萎れていく雪。こういう事は何度も経験してきている、その度に和樹が課題を見せる羽目になるのだが今回ばかりは心を鬼にすべきであろうと和樹は思った。
「他を当たれ、俺は見せないぞ」
「えぇ~、お願い! この通りだよ」
上目遣いで和樹に懇願する雪。その目は若干、潤んでおり中々の破壊力を持っている。一瞬、その目にやられそうになる和樹であったが寸前で持ちこたえることに成功した。
和樹は雪から顔を背けると向いた方向で桜香と目が合った。桜香は慌てて、顔を俯かるがすぐに視線を和樹の方へと向けた。
その様子を見ていて和樹は妙案を思いついた。
和樹は体を桜香の方に方向転換させるとなるべくフレンドリーな感じで声を掛けた。
「姫野さん、数学の課題やった?」
「えっ? あ、は、はい、一応……」
和樹から声を掛けられるとは思ってもなかったのだろう、桜香は一瞬呆然とした表情をしたが顔を俯かせながら答える。その声は相変わらず蚊が鳴くような声であったが和樹はしっかりと桜香の言葉を聞くと今度は雪の方を手で示しながら続けた。
「悪いんだけど、こいつに数学の課題見せてやってくれるかな?」
「……………え?」
ポカンとした表情を見せる桜香。対照的に和樹は雪の方に顔を向ける。雪もその意味深な目にハテナマークを浮かべたがすぐにその意図に気づいた。
「お願い姫野さん! 課題しなかったらあの先生怖いんだよ」
両手を合わせて顔を下げる雪。その必死な様子に桜香はたじろいでしまうが困った人を放っておけない彼女は小刻みに首を縦に振った。それを見て和樹と雪は頷き合う。
雪はぱあーっ、と明るい顔をすると桜香に近寄った。
「ありがとう! 助かるよ姫野さん!!」
「あ、いえ……」
両手を握られて感謝される桜香の顔は困惑の色を示していた。だが、どことなく嬉しそうな目をしていることに和樹は見逃さなかった。
(これで姫野が馴染んでくれるといいんだが……)
和樹はノートを取り出し必死に答えを写す雪と落ち着かずにソワソワしている桜香を見ながらそう思った。その光景に微笑ましさを感じながら教科書に目を落とした。
「そういえばさ、姫野さん……」
和樹が教科書に目を通していると横から雪が何か桜香に話をしているのが聞こえる。どこか弾んだその声色に和樹はなぜか危機感を感じた。そんな和樹におかまいなく雪はノートに答えを書き込みながら続けた。
「………ゲームとかって興味ある?」
その言葉に和樹は文字通り血の気が一気に引くのが分かった。
雪は相変わらず明るい無邪気な笑みを浮かべていた。
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