第19話 転校生
翌日、和樹はいつものように教室の扉を開ける。すると、扉が開ける音を聞きつけたのか友達と会話していた雪がせっせと和樹の元へとやって来た。その行動に和樹は苦い顔になる。
BGOでは一緒に行動している和樹と雪であるが学校では二人はあくまでもクラスメイト。クラスカーストでトップの雪と底辺に近い和樹が一緒にいるのは周りから見て不自然なのだ。だから、和樹はBGO以外では必要以上に関わらないように言っているのだが雪は聞く耳を持たない。
「白井君、おはよう」
「……おう」
朝から爽やかな笑顔で挨拶をする雪に和樹はぶっきらぼうな返事をする。教室にいる男子たちからの殺意の視線を一身に浴びる和樹はそそくさと席替えをした新しい席へと逃げた。
すると、和樹の目にいつもの教室の違和感が映った。和樹の席は窓際から一つ横に移動させた場所にあり、席替え前に雪がいた位置である。一方、雪の席は和樹が座っていた位置に移動させていた。その雪の席の後ろにポツンと空の席が一つだけ置いてあった。
「…なんだこれ?」
「あぁ、これね、朝来たらあったの」
和樹の言葉に雪が説明をしてくる。見渡せば昨日の時点ではなかったはずの席があることに和樹だけでなくクラスメイトたちもザワザワと各々の予想を話していた。
「何なんだろうねこれ?」
「まぁ、大体の予想はつくけどな」
「え? 白井君分かるの?」
「…逆に分からないのか」
「………」
和樹に言われて考える素振りを見せる雪に小さくため息を吐いてから席に着いた。いつものように最初の授業の準備をして、最近中々取れない勉強のため教科書を開いた。
その間にも雪は顔をしかめながらも一生懸命考えていた。
☆☆☆☆☆☆
「お~い、席に着け~」
朝の予鈴が鳴るとやる気がなさそうな声を出しながら担任が教室に入って来た。担任の登場で教室で空いている席について話していた生徒たちは一斉に動き出した。
生徒が皆席に着いたのを確認すると担任は口を開き始めた。
「よしっ、今日も欠席者なしだな」
名簿を眺めながら担任教師は呟くと視線を上げ、全員に聞こえるように言った。
「いいか? 皆大体予想が出来てると思うが今日、うちのクラスに転校生が来てるぞ」
担任のその一言に教室が騒がしくなり始めた。ザワザワとする教室の中で唯一大人しく座っているのは和樹だけである。隣の雪も近くにいる友達とどんな子が来るのだろうかとワクワクとした様子である。
「先生! 男子ですか女子ですか?」
盛り上がりを見せる教室で誰かが担任に訊いた。
「…野郎共喜べ、女子だ」
「「「やっほーい!!」」」
担任の一言で男子のテンションが高くなった。さらに騒がしくなる教室を静かにさせると担任は教室の扉を見た。
「入って来い」
皆が教室の扉を注目する中ゆっくりと扉が開く。和樹も扉の方に目を向けるとそこに一人の少女が立っていた。
真新しい制服に身を包み、肩まである少し茶色かかった髪はおさげにし、丸い眼鏡をしたその少女は顔を俯かせていた。
緊張しているのか担任に促されるとやっと教室に入る。教卓の近くまで来ると担任は後ろの黒板に少女の名前を書き出した。書き終わると担任は少女にだけ聞こえるように自己紹介を指示する。クラスの視線を浴びながら少女はぼそぼそと言葉を発した。
「ひ、
それだけ言うと少女は深くお辞儀をする。生徒たちはそのガチガチの少女を見てどういう反応を示せばいいのかと困っていた。
パチパチパチ…
すると、静かな教室に乾いた音が鳴り響く。少女とクラスの生徒たちが音のする方を見ると雪が一人で両手を叩いていた。皆に注目されようが気にせず拍手を続ける雪。
パチパチ…
それに合わせるかのように雪の隣から乾いた音が聞こえた。雪は隣を見ると無表情で拍手をする和樹の姿があった。和樹が続けたことにより伝染するかのように拍手が広がった。
しばらく、拍手の音が教室に広がり、やがて音が止むのを待って担任が口を開いた。
「それじゃあ、姫野の席は…あ、そうだ、柊」
「はい?」
「お前、ちょっと席後ろにずれてくれ」
「えぇ!?」
「なんだ? 何か問題あるのか?」
「い、いいえ…」
「んじゃ、よろしく」
「……はぁ」
突然の席替えに戸惑った声を出す雪。初めてで色々と分からないことがあるから隣がいた方がいいだろうという先生の配慮を理解出来ている和樹は雪の驚きように首を傾げた。視界には悪い笑顔を浮かべるクラスの男子たちの顔が映ったが特に気に留めなかった。
渋々とした様子で雪は席を後ろに移動させると担任は満足そうに頷いた。
「じゃあ、姫野の席は白井の隣だな。白井、色々教えてやれよ」
(うゎ、めんどくせぇ)
そう思いながらも口には出さず和樹は黙って頷く。その時、和樹の顔を視認した桜香の瞳孔が広がったのだが、それに誰かが気付くことはなかった。
席に座るように促すと桜香はなおも緊張した面持ちで足を動かした。席に移動する際もクラスの視線を(主に男子)受ける桜香。その視線はある一点に注がれていた。
「おぉ、これは…」
「俺、このクラスでよかった」
歩くたびに大きく上下に揺れる胸を見ながら男子が呟くのが和樹には聞こえてきた。思わず和樹もその立派な胸を見てしまう。しかし、あまり見るのも不謹慎なのですぐに目を逸らす。
「あ、あの…」
(まずっ! 見てたのバレたか!?)
いつの間にか隣の席に移動していた桜香が話しかけて来たので慌てて和樹は被せるように言葉を出す。
「か、かー…「白井和樹だ、よろしく姫野さん」…えっ?」
急に言葉を被せたのに驚いたのか桜香は呆然とした表情を浮かべた。その様子を見て、和樹は胸を見ていたことに気づいていないと分かった。
では、何故呆然としているのか?
「えっと、その、どうしたの?」
「え? あ、いえ、何でもないです……」
「??」
首を傾げる和樹と対照的にどこか落ち込んだ様子の桜香。そのまま彼女は和樹の隣の席に腰を下ろした。
桜香が席に着くのを確認すると担任はそのまま朝のHRを続けた。
☆☆☆☆☆☆
あっという間に昼休みに入った。和樹は鞄から弁当箱を取り出すといつもの屋上に行くべく席を立った。チラリと隣を見ると桜香がクラスメイトたちに囲まれて質問攻めにあっていた。
だが、押し寄せる生徒たちに対して、桜香は切羽詰まった様子でまともに受け答えが出来ていない様子である。その様子を目の当たりにした生徒たちも困っている。どうにか会話を成り立たせようと奮起していたがやがて一人、また一人と適当に理由をつけて席を離れて行った。
(ま、徐々に慣れるだろう)
まだ転校初日だ、最初は緊張で会話が成り立たないだけで時間をかければクラスになじむだろう。和樹はそう結論付けて教室から出て行った。
屋上で昼食を食べ、いつものように寝転がっている和樹。場所は屋上の扉の上にある貯水タンクの横、そこに十分なスペースがあるのを発見した和樹はそこを仮眠スペースとしている。
最近、雪と一緒にBGOをやっているからかやけに眠気が襲ってくるのだ。授業中に寝るわけにもいかないのでこうやって昼休みにわずかな休息をしているのがいつの間にか日課となっていた。勿論、携帯でタイマーを設定しているので授業に遅れることはない。あの時の失敗は決して無駄ではなかったのだ。
和樹が心地よい睡眠をしていると突然、屋上の扉が開く音がした。
(また柊か?)
この屋上に用もなく来るのは和樹か雪だけである。告白スポットとして有名なのでそういう場面に出くわすことが何回かあるのだが……。
和樹はそういう危険を事前に回避するためそっと下を覗いた。だが、そこには誰もおらず、日に当てられているコンクリートの地面だけがあった。
「気のせいか?」
だが、確かに扉が開く音が聞こえたのだ。和樹は不審に思いながら再度屋上を観察する。しかし、これと言って異変はない。そう思って自分の真下を見下ろす和樹。
「あっ」
「えっ?」
見下ろした先に桜香が一人で女子らしい小さな弁当箱を開いて愕然と見上げていた。和樹は一瞬、状況が把握できなかった。他に誰かがいるのかと隣を見たが誰もいない。それを確認すると和樹はまた桜香の方を見る。
互いに視線が重なり、気まずい沈黙が流れた。和樹は何故か見てはいけないものを見てしまったような気がした。
「……一人か?」
沈黙に耐えかねた和樹はようやく一言言葉を出した。
「……はい」
「そっか…」
和樹の言葉に弱々しく頷く桜香。
再び沈黙が続く。
(さて困ったぞ…)
空気の悪さに圧倒されるまま和樹は必死に頭を働かせていた。こういう時に何も会話を弾ませられない自分のコミュ力のなさに今更ながら呆れてしまう。
和樹が必死にこの状況を打破しようと模索していると…
「シロ君~? いる~?」
まさに天からのお導き、コミュ力の塊の雪が屋上の扉を開けてやってきた。
「あれ、姫野さん? シ……白井君と知り合いだったの?」
「俺は初めてお前がいてよかったと思っているよ」
「え、何? 急にどうしたの?」
若干、バカにされたような気がするが気にせず雪は和樹の下で固まっている桜香に目をむけた。彼女は和樹と雪を交互に見ると再び視線を下げた。
雪は上に立っている和樹に説明を求めるように目を向ける。和樹は素早く雪の近くに行くと現在の状況を簡単に説明した。
「……ということなんだ。どうにか出来ないか?」
「あぁ~、なるほど、確かにシロ君ってあれだからね」
「あれって…まぁいいや、とりあえずどうにかしてくれ」
「ふっふっふ、私に任せなさい!」
和樹は雪の言葉にツッコミたくなったが寸前で押し戻して、状況の打破を求めた。BGOでは和樹に頼りっぱなしの雪が今回は頼られているといういつもとは逆の立場になって少しご機嫌になった。自信満々の様子に安堵する和樹。後は任せてしばらく成り行きを見届る。
「姫野さん初めまして、私、柊雪って言うんだ。よろしくね」
「………は、はい」
「姫野さんは前はどこに住んでいたの?」
「…………T町です」
「えっと、趣味とかってあるかな?」
「………特に」
「…転校は親の都合とか? あ、話たくないんだったら別にいいよ」
「……………すみません、話せません」
会話が成立できてない。
いや、ある程度の質問に答えようとしているが答えが短すぎ話が膨らまないのだ。雪は後ろを振り返り、涙目で和樹にSOSを放つ。先ほどの自信はどこへ行ってしまったのやら。
(まさか柊ですら相手にならんとは)
その結果に和樹は戦慄した。雪ほどのコミュ力マスターがここまで苦戦するとはまるで難攻不落の城のようである。雪は一時離脱して和樹と作戦会議を始めた。
「…どうしよう」
「いや、任せろって言ったのお前だろ。どうにかしろよ」
「うぅ~、だって姫野さん何だか怯えてるみたいだし……」
「あの…」
作戦会議中の二人の後ろで小さいながらもしっかりと二人のとは別のものが聞こえて来た。二人は慌てて振り返ると桜香がいつの間にか弁当箱をしまい、和樹と雪をまるで観察するかのように見ていた。
突然のことに困惑する雪に代わり、和樹が口を開いた。
「何?」
「えっと、そ、その、ふ、二人は、つつつ付き合ってるんですかっ?」
「えぇ!!?」
いきなりの質問に和樹以上に困惑した声を上げる雪。質問した本人は小刻みに肩を震えさせ、怯えている表情をし今にも泣き出しそうな感じであった。
その表情にどこか見覚えがある和樹であったがすぐにその考えを頭から追い出し、桜香を諭すようにゆっくりと言葉を出した。
「何でそう思うんだ?」
「だ、だって、ふふふ二人、仲よさそうだったから……」
言いながら顔を俯かせる桜香。和樹は慌てることなく冷静に話を続ける。
「いいかい姫野さん? 間違っても俺と柊はそんな関係ではない」
「そ、そうなの?」
「あぁ、というかそういうことは出来れば口に出さないでほしい」
「どうして?」
「そんな根も葉もない噂がたったら俺はもうこの学校で生きていけなくなるからだ」
「………??」
和樹の言葉の意味がよく分からない桜香であるが彼の真剣な表情に鬼気迫るものを感じたため縦に振った。
「じゃ、じゃあ、二人は、そ、その、こここ恋人とかでは……」
「ない、断じてない、あり得ない、地動説が崩れるくらいあり得ない」
「そ、そうなんだ……」
「全く、お前もそう思うだろ…ってなんで頬を膨らませているんですか柊さん?」
「……知らないっ」
和樹がいかに桜香が言っていることが間違いなのか力説すると何故か雪の顔は明らかに不機嫌になっていた。理由が分からず疑問符を頭に浮かべる和樹であった特に気に留めることもなかった。
「というわけで、それは姫野さんの勘違いだよ」
「そ、そっか勘違い‥‥‥うん」
「姫野さん?」
どこかホッとした顔をする彼女に和樹は声を掛けるが聞こえていないのか、嬉しそうに微笑む桜香にまた頭の中で何かが引っかかった。
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