ありがとうIT革命

お題:悔しいテロリスト 必須要素:iPhone


 青いほうを切ってしまった。小さい頃、母さんがおたまで熱々の味噌汁をひとすくいしてすすってから、僕にこう言ったものだ。「赤いほうを切りなさい」と。

 当時僕は中学生になって1ヶ月が経ったばかりで、初めて自分の小遣いで服を買った。胸元に十字架が大きく印刷され漆黒の闇を感じさせるシャツだったが、見栄を張って一サイズ大きいものを買ってしまい、家に帰って鏡の前でシャツを着てみると長袖のようになってしまった。

 僕が服のタグを切ろうとした時だ。「赤いほうを切りなさい」僕は間違えて服の装飾であるチェーンにハサミを入れてしまうところだった。

 それから10年後、僕はテロ組織の玄関に送られてきた爆弾の処理に直面していた。すっかり社会の荒波に揉まれて荒み切った僕は数々の政治家やYoutuberを殺害し立派なテロ組織の一員となっていた。この日本で悪は議会とネットを制すものと相場が決まっており、この世界を正しい状態へと戻すためには日本中の政治家とYoutuberを殺して燃やす必要があった。テロ組織の社長は僕を見込んでなにかと可愛がってくれ、数十分前に殺したばかりの危険なガスライティング妄想癖のあるYoutuberの生首を漆塗りのトレイにのせて社長室のドアを叩くと、「お入り」とさも嬉しそうに僕をそばに呼び寄せるのだった。

 社長はこう言った。「いいかい、私が君の歳の頃は、ホテルのエントランスで敵対組織が社長を襲わないか一晩中寝ずに過ごしたものだ……だが君はもっと善いことをするんだ。スキルを身につけ、たとえ足を洗っても立派に社会でやっていけるようにしなさい」そして僕は硝煙の匂いを嗅ぎながら爆弾処理に関するコードを一通り覚えたというわけだった。社長は僕にシナモンの飴を一つ握らせ、頚動脈の組織図を見せてこう言うのだった。「赤いほうを切りなさい」と。

 だが僕は青いほうを切ってしまった。あれほど言われたにもかかわらず。手に握ったペンチは間違いなく青を潰していた。慢心だった。iPhoneで次のターゲットのYoutuberの動画を見ていたら思いの外面白くて見入ってしまったのだった。Aibo開封レビューは爆笑もので、「青いほうを切って!青いほうを切って!」と壊れたように繰り返すものだから大笑いしていたのだ。だが、それがいけなかった。

 高校生の時……好きな女の子が散々「赤いほうを切って」と僕に頼んだものだ。僕らはよく帰り道の草原で花輪を作って互いの頭に被せあった。彼女は花の名前をよく知っていて、オトギリソウだとかハグルマソウ、ハハコグサ、ハルジオン、とにかくこの世に存在する植物で知らない名前はなかった。彼女は花畑に生えるポピーを指して「赤いほうを切って」とせがんだ。僕は丁寧にカッターで茎の断面を斜めに切ってやり、彼女の可愛らしい耳元にさしてあげた。彼女はとても美しかったし、天使、マリア様、女優、アイドル、なんでもいいが、あのきらめきは僕だけのものだったから、彼女と花畑でじゃれあった日にはとろけそうなほどうっとりして家に帰った。

 しかし、いつしか彼女は学校に姿を見せなくなった。噂によれば人気イケボYoutuberとカラオケの個室で即日オフパコをしてしまったという。噂を聞いた翌日僕は人気Youtuberの家を5chの情報にて住所を特定し、彼とオフパコの経験がある女性を全て調べ上げた。数々の流出写真を漁る中で、どう見ても彼女としか思えない髪型の女が赤らんだ顔でダブルピースをしている画像を見つけてしまった。僕は相当ショックを受けたが、彼女に幸せになってほしい気持ちに変わりはなかった。

 絶対赤いほうを切るよ。僕は間違えずに彼の家のベルを鳴らし、玄関から出てきたところで彼の首をぎこぎこスライスしたのち彼の家のよく手入れされたオープンキッチンに入り首の断面をベシャメルソースで和え、今僕がいるテロ組織のもとに献上したのだった。社長はたいそう喜んでくれ、彼の公式チャンネルにて料理動画を公開した。再生回数はうなぎのぼりで、テロ組織の存在を大きく知らしめることに貢献した。

 なのに僕は!此の期に及んで青いほうを切ってしまったのだ。どう考えても極悪YoutuberのAiboレビューの罠にまんまとはまったのだ。時限爆弾のカウントが止まる。だが、これは爆弾が止まったわけじゃなく……次の瞬間には僕の右目を鋭い金属片が突き刺し、ペンチを握った手が容赦ない熱に溶かされてとんでもない温度の鉄が指先を焦がす。足元が生命線を断たれたように冷え切ってゆく。

 僕は死ぬのだ。青いほうを切ったばっかりに……

 目の前が真っ暗になる。意識が遠のく。

 せめて、あの子に告白したかった。

 今、幸せに暮らしているだろうか?

 あの子が幸せなら、僕は……

 

 


 尋常じゃない量の破片と煙が口の中に飛び込んでくるが何もできない。身体中が燃えるように痛い。しかし、僕はここで気づく。生きていると。身体中の感覚が確かに存在する。まだ左手が動く!手のひらに何か硬くて平べったいものが当たった。

 それはiPhoneだった。僕のつなぎの胸ポケットに行儀よくおさまった金属板が、心臓に達するはずだった鉄の破片を食い止めていたのだ。

 ああ、ジョブズよ、友よ、革命者よ。僕はまだ、そっちには行けないみたいだ。

 優しい手が僕を抱きかかえて荷台へ乗せる。

 「今助けるからな!」社長の声だ……



 命拾いもできる。そう、iPhoneならね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

即興小説供養 @reizouko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る