君と風

お題 君と風


 毒風が君を直撃しそうになり、私は慌てて防毒マスクを締め直してやった。埼玉県民唯一の生き残りである君は相変わらずあっちこっち向いた目でうわ言を喋っていて私はこのまま君が死ねばいいのにと思ったが、最後の良心があなたを風から救った。

 私は先生から君を地上33459mにある核シェルターに導くよう言い渡されている。しかしあなたは命こそ助かったもののすでに毒風を数ミリ吸ってしまっており、意識が混濁している。もしかしたら視神経もやられているかもしれない。しかし、それは私にはわからない。ただ一つの事実は、あなたは私をこの埼玉という危険な地に降ろさせ、あなたを救出させようとしている。埼玉県民など大嫌いなのだが、先生が言うのだから仕方がない。

 大宮駅からタラップを登ってひたすら核シェルターに向かわねばならないが、あなたは物をつかめないためヘリを要請してある。操縦はもちろん私だ。ギアを最大限上げ埼玉の大空へ舞い上がる。ヘリ内は浄化装置が働いているのでマスクを外してもらって結構だが、向こう側から東京都民と静岡県民の武装迷彩ヘリが近づいてきているので外さないほうが賢明だろう。

 私は手元にあるボタンを探り、対空ミサイルを彼らに向かって発射する。相手は群をなしているのに、こちらは残り2発。これではお話にならないので逃げることにしよう。私は必死に上昇して彼らを避ける。

 その時、足元にガクンと衝撃を感じた。

 「おい!何やってる……!」思わず叫んでしまった。

 君、なんのボタンを押したんだ!?

 ミサイルを発射したのか!私は必死にミサイルの行き先を探す。なんと埼玉県民のシェルターにまっすぐ向かっているではないか。まずいことになった。私は怒りに任せてあなたの頭をフロントガラスに打ち付ける。あなたの額から血が滲み出し、気分が良くなったので、もっと打ち付けて血を流れさせた。

 毒風が強くなり、ヘリの操縦が不安定になる。私は先生に無線で危険を知らせる。

 「先生、埼玉県民の生き残りが対空ミサイルを核シェルターに向かって発射してしまいました!」

 『何!?わかった、防衛システムを発動させる。その間、君はなんとか逃げていてくれ」

 クソ野郎、東京都民と静岡県民がもうそこまで迫っているのに!奴らは容赦なく機銃掃射で私たちのヘリに穴を開ける。東京都民の傲慢さは有名で、奴らは自分らの領土に他県の飛行機が一ミクロンでも立ち入るとすかさず腰巾着の静岡県民と共に総攻撃してくるのだ。十年前まで腰巾着ポジションは埼玉県民だったが、ある日劣悪な環境の埼京線と湘南新宿ラインに反旗を翻し池袋をひっ捕まえて東京都からの完全独立を決めたというわけだった。戸田公園の戦い、記憶に新しいだろう?それとも、もう思考能力も残っていないかな?

 君には言ってなかったが、私は千葉県民だ。蔑んだのか?もういい、慣れっこだ。元はと言えばこの毒風は、千葉県が対策を怠ったがゆえに全国に広がってしまったのだから。それから千葉県民は身分を隠して生きて来た。ディズニーランドは”東京”の名を剥奪され、キャストらは惨殺された……おっと、これ以上はいけない。

 操縦が言うことをきかなくなってきた。ぼろアパッチを改造したこのヘリももう限界だ。

 万事休すか。そう覚悟を決めた時、血を流した君が初めて私の方を向いた。

 「風が……語りかけている」

 君はそう言って、ヘリのドアを開けた。

 「何をする!?」

 容赦なく毒風が流れ込んでくる。大気圏外の毒風は強力で、このマスクでも防ぎきれない。私は本当に君を殺したいと思った。

 しかし、あなたは懐から何かを取り出した。

 白旗だ。

 あなたは敵に向かって白旗を振る。

 何か規則に従って振っているようだが……

 そこで私は気づいた。あなたはモールス信号でこう言っているのだ。

 『LOVE AND PEACE』

 いつのまにか、東京都民と静岡県民の攻撃が止んでいた。マスクをしていて彼らの表情は見えなかったが、彼らは泣いているように見えた。

 しかし、あなたは毒風を胸いっぱい吸ってしまっただろう。あなたはドアを閉め、ヘリの床に倒れ込んだ。

 私は君に駆け寄る。「君……自分を犠牲にしてまで……」

 君はひたいから血を流して、私に微笑みかける。

 「埼玉県民は風邪に強い。だから、大丈夫……」

 「でも……!」

 私はあなたのマスクを外して自分のものもその隣に置いた。

 君は口からよだれを垂らしているが、よく見ると綺麗な瞳をしている。

 私は君の肺に息を吹き込んだ。これが私の初キスとなった。

 これでいい。恋心が芽生えたのは、私だけだろうが……

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