即興小説供養

@reizouko

秋の終わりに、燃えるような熱情を

 お題 小説の火事 必須要素 ところてん 


 明治時代に建てられた、バロック建築が堂々たる面構えを見せる大日本帝国出版社にて、男の声が厳かに響く。

 「僕も『女の子になっちゃう〜^♡』とかやってみたいんです」

 名だたる文豪たちが自らの力作を持ち込んだという大日本帝国出版社にて、とある一室が貸し切られ極秘の話し合いがもたれている。

 「確かに前立腺開発により女性と同程度、もしくはそれ以上の快楽を得ることが可能だ。ただし、普通のセックスではもう満足ができない体になるだろう……。君がそれでもいいなら、最適なプランを提案するが」

 「お願いします!!」

 彼はそう意気込んだ。「僕は今までエロ小説書きとして細々と出版してきた……溢れるリビドーを小説という媒体にぶつけられれば、とりあえずはそれでよかった。しかし、快楽は知れば知るほど、後戻りはできなくなるわけで」

 「書いているだけでは己の欲望を満たせなくなってしまったというわけだ」

 「その通りです。僕が前立腺開発をすれば今書いているエロ小説にもより一層リアリズムが加わるでしょうし、悪い話ではないと思います」

 「わかった……。ちなみに君、女性経験はあるか?」

 「僕が同性愛者かという話ですか?そんな疑問は野暮ですね。僕は快楽さえ得られればそれでいいんですよ。男だろうと女だろうと僕のAnalの裏側を作品へと昇華できる人物であれば誰でも構わない。さあ、一体誰が僕の前立腺を開発してくれるっていうんです」

 「英語表記にしても汚いものは汚いぞ。まあいい、開発する人物はニューハーフだ。男の娘というには年齢がきついが、見苦しくはない。これが彼の連絡先だ。すぐにでも行ってみたまえ。奴は天国を見せてくれる」

 ムスク系の香水の香りが狭い会議室に広がる。

 「伊坂幸美……。ありがとうございます。ちなみに編集長は開発済みなのですか」

 「…………よろしくな、兄弟」

 編集長と売れっ子官能小説作家の間に、固い絆が生まれた。



 伊坂幸美の住居は新宿3丁目から徒歩10分のマンションにあった。ベルを鳴らすと、黒髪のゴスロリ服を来た女が出て来た。異様に背が高く、どっさりカフス部分についたレースから伸びる手は骨ばっていた。しかし"見苦しくはない"。顔はなかなか美人だったからだ。

 「あなたが小説家の夏目さん?伊坂です。どうぞこちらに」

 いかにもニトリで全部揃えましたという家具類が並ぶ。ゲーム、漫画がそこかしこに散らばっているが、肝心の調教器具等は見当たらない。

 夏目の疑問を察してか、伊坂は先に口を開いた。「部屋に入ってすぐ物騒なものがあったら、引くでしょ」

 「伊坂さん、あなたは僕を天国に連れて行ってくれると……」

 「その前に一つ、聞きたいことがあるの」

 座って、と促されるまま人をダメにするソファに腰掛ける。

 「あなた、小説家なんでしょ。純粋に、前立腺開発がしたいわけ?」

 「どういう意味ですか。決まってるじゃないですか、僕は高みを目指しているのです。僕もかつて、ただpenisをこすっていればいいと思っている時期がありました。しかし不肖ながら文学に関わる身、これからの官能小説を背負っていく身として、僕は体験しうる全ての性的興奮、それに伴う快感を体験しなければならない。それが読者の好奇心を満たすならばなおさら」

 伊坂はAndroidスマートフォンを取り出し、ため息をついた。

 「やっぱりね。あなた、本当は前立腺開発なんかする必要ないのよ」

 「さっきから何を言って……」

 「夏目さんのツイッターを調べさせてもらったわ」

 そう言うと、伊坂は夏目の裏アカウントを表示した。

 「どこでこの垢を!?」

 「ニューハーフのネットワークなめんじゃないわよ」

 確かに夏目は裏垢を持っていた。それはネットで知り合ったSM同好の趣を持つ者たちで繋がる、フォロワー数十人程度の小さなアカウントであった。

 「これを見ると、あなた、相当いっちゃってるみたいね。例えばこれ、口の中にタバコの灰を入れられてるじゃない」

 「ああ、これですか?Sっ気のあるフォロワーさんに僕の口を灰皿にしてもらったんですよ。苦いし熱いしでクッソ気持ちよかったな〜。これを小説のネタにしたらコアなファンから大評判でしてね。ほら、リプを見てください。賞賛のコメントでいっぱいです」

 「そりゃそう言うの好きな人たちの集まりなんだから当然でしょ。普通の人はね、口に灰を入れられたら死ぬほど嫌がるのよ」

 「えっ!?」

 夏目は衝撃を受けた。まさか、咥内にタバコの火を押し付けられて気持ちよくない人がいるなんて……

 「2週間前のこのツイートもやばいわね。一般の乗客が乗る深夜バスの中でアナルセックスするなんて異常だわ。だってこれ画像見る限りUSJ帰りの直行便でしょ?子供もいたはずよ」

 「いましたよ。そうじゃないと興奮しないじゃないですか。USJのハロウィンナイトでゾンビに追いかけられて疲れきった後に固くて居心地の悪い座席の上でセックスするのが最高に気持ちいい、そうですよね?」

 「一般人は深夜バスの中では普通寝るのよ」

 「えっ!?」

 夏目はまたしても衝撃を受けた。深夜バスなんて走るラブホみたいなものじゃないか……

 「これを見るとあなた、どうやら行為ではなくシチュエーションに興奮するようね」

 「シチュエーション……」

 一理あった。彼は普段小説を構成するとき、まず登場人物が置かれる状況を第一に想定してから物語を組み立てるのだった。例えば旅館で雪景色の中行為に及ぶ、というシチュエーションを最初に思いついたなら、それに適した登場人物のキャラクター付けと話の運びを考えるのだった。そうして性格を決めればあとはキャラクターが勝手に動いてくれる。雪景色、静まり返った旅館の一室の中ではどういった対位が一番興奮するか、セリフは、境遇は、過去の記憶は、因縁は、彼の物語はそこから広がるのだった。

 「つまり、僕は”快楽を得る”行為自体には興奮しないと言うことでしょうか」

 「おそらくね。例えば今、私が突然フェラしてあげるとか言っても全く興奮しないでしょう?」

 「しません。お膳立ても興奮するシチュエーションも何一つありませんからね。それにあなたは普段いろんな男にフェラしてそうなので、僕にされたところでそれは当たり前の行為ですから」

 「背徳感、か……」

 伊坂はソファベッドにもたれて考え込む。私は今まで単なる開発を生業として生計を立ててきた。そこに情緒は一切なく、ただ身体の反応だけを計算して開発する、作業のようなものだった。大抵の男は身体の反応に逆らえないため、この方法が通用した。しかしこの官能小説家は違う。とあるシチュエーションの中に、ふさわしい要素が盛り込まれて初めて彼は性的興奮を覚えるのだ。

 これは難題だ、と伊坂は頭を抱えた。ただ前立腺を開発しても、この男は気持ちよくなれないだろう。

 「僕は前立腺開発、できないんでしょうか……」

 夏目は苦々しく呟いた。ここ数分で自分の常識が覆されてしまったショックに、未だに気持ちが追いつけなかったのだ。

 さすがに伊坂は可哀想になって、思わず口を滑らせてしまった。

 「最強の背徳感の中で精嚢を刺激すれば、いけるかもしれないわね……」

 「最強の背徳感!?」

 途端に夏目の顔に生気が戻る。

 「ええ……。例えば、緊迫感の中でのところてんとかね。時間制限があったりとか……その中で逃げられなかったりとか……」

 「いい!!いいですね!!!」

 「その状況を作るには……」

 「火事だ!」

 夏目が立ち上がった。すっかり想像力の翼が広がったようだった。

 「火事の中でのオーガズムです!家が燃える絶望、逃げられない僕、その中で味わう最強のドライオーガズム……!!これだ!伊坂さん、ありがとうございます!さあ、来たる日に向けてAnal開発を行いましょう!!」

 「火事ってそんな突飛な……だいたい、誰の家を燃やすのよ?」

 「僕の家を使ってください!書籍は全てデジタル化されてますし、そろそろ引っ越そうと思ってたところだったのでちょうどよかった!」

 伊坂は後悔した。ヤバいやつに引っかかってしまったのだと気付いた時にはもう遅かった。彼のツイッターを見た時に断ればよかったと激しく過去の自分を恨んだ。

 「ええと……私も行くのよね?」

 「そうですよ。あなたが僕の前立腺を刺激するんですから」

 「わかったわ……。あなたの息子についてるピアスは熱くなって危険だから、外した方がいいわよ。全く、あんなに留めて、私だったら気がおかしくなるわよ……」

 「まさか、普通の人はPenisにピアスを開けないとか言うんじゃないでしょうね?」

 「開けないわよ」

 「えっ!?」

 さすがの夏目も冷や汗が垂れるほどの衝撃を受けた。じゃあ逆にどこにピアスをつけるって言うんだ……?

 「ちょうどいいからあなたのツイッターを使ってアナル開発を始めましょう。見られると興奮するたちのようだから」

 「さすがよくわかっていらっしゃる。これからは伊坂先生と呼ばせていただきます」

 「やめてよ。ひたすら逃げてる堺雅人大好きなんだから」




 夏目の家に火をつける当日、伊坂は夏目の新しい小説のプロットを受け取っていた。

 「秋の終わりに、燃えるような熱情を」

 300ページほどの中編だったが、さすがの売れっ子官能作家、飽きさせることなく最後まで読ませる筆使いであった。寝る前に読み始めたはずが、あまりの面白さに気づけば朝を迎えるまで読んでしまった。

 (この人の才能は本物だわ。今日の計画、何としても成功させないと)

 夏目の家は築30年の古い木造2階建てで、いかにもよく燃えそうな居住まいだった。

 「夏目さん、伊坂です。準備はいいかしら?」

 しかし、一向に夏目は降りてこない。不審に思った伊坂が扉を押すと、空いている。

 (まさか逃げたんじゃないでしょうね)

 古い木の匂いと揮発剤の匂いが立ち込めている。2階に寝室があった。

 「夏目さん?」

 ベッドが盛り上がっている。自分で開発でもしているのかしら?

 「あ……伊坂さん」

 「やだ、大変!」

 夏目は顔を真っ赤にして布団にうずくまっていたのだった。どう見ても体調は最悪で、体温計を見ると40度と表示されていた。今すぐ病院に行った方がいいだろう。

 「お医者さんを呼ぶわ……」

 「待ってください!」

 手にしたスマートフォンを、夏目が突然起き上がって投げ飛ばした。

 「今日の計画は決行です!絶対に成功させたいんです!」

 「だけど、あなたのコンディションじゃ……」

 「いえ、最高ですよ!」

 夏目の息が上がる。

 「こんな絶好のチャンス、逃してなるものですか。インフルエンザにかかって確信しました。この堪え難い頭痛、吐き気、これらがAnalの快感とないまぜになった時……究極のオーガズムが得られると!」

 なんてこった……

 この男、モノホンのマゾじゃないか。

 「あなた、本気なの……?」

 「もちろんです。さあ、灯油はもう満遍なくまいてあります。マッチに火をつけて、投げてください!」

 彼の手元に、買ったばかりの新品のマッチが握られている。

 「……わかったわ」

 伊坂はマッチを擦った。ひらひらと美しい炎が揺れる。

 もう、どうにでもなれ!

 彼女は足元に火のついたマッチを落とした。途端に、舞台装置のような火が部屋中に広がる。

 伊坂は夏目の下着を脱がし手際よく開発に当たった。すでにアナル開発は終えているため、前立腺を刺激すれば来たるべき快楽が訪れるはずだった。

 「興奮している?」

 「しています。このまま行きたいと思います!」

 スマートフォンのカメラを夏目の後ろに構えながら、伊坂は懸命に夏目の精嚢を指先でなぞる。駆け出しの頃、店長が教えてくれた刺激法である。

 「いいかい、自分のこれぞという武器を一つだけ持っておくんだ。いざという時に必ず君を助けてくれるはずだ。信じられるもの、それが伊坂くんのコアとなるのだからね」

 そう、私の信じられるもの、それは店で鍛えた指さばき。何人もの悩める子羊たちを救ってきた実績がある。

 この男をイかせなければ、私の名が廃る……!

 ツイッターで彼のフォロワーに前立腺開発の様子を中継しているのだった。画面内に文字が流れる。「夏目さんならやってくれると思ってました!」「この発想はなかった」「今度また灰皿やってください」

 部屋の中は異常な暑さだ。というか物理的に熱い。一階が崩れ始め、床がバキバキと崩壊直前の音がする。

 夏目は死んだように枕に突っ伏している。陰茎は反応しているため、意識は失っていないようだが、このままでは過呼吸により命の危険があるだろう。

 「夏目さん、水を飲んで。汗はいくらでもかいていいのよ」

 夏目の手がペットボトルに伸びる。

 「気持ちいい?」

 「……最高です」

 しかし、彼の体力もそろそろ限界だろう。すすり泣く声が聞こえる。肌は火に負けず劣らず焼けそうなほど熱いし、時折腹がうねる。嘔吐感と射精感が、彼の下腹でせめぎ合っているのだろう。これは一つの戦いであった。

 彼の直腸が収縮するのが指先に伝わる。そして、伊坂のゴスロリ服のリボンに火が移った。

 (まずい……!)

 「夏目さん、フィニッシュいくわよ!」

 伊坂の指が全てアナル内に挿入される。「イけっ!!」

 その時、床が抜けた……


 



 「いやあ、よかったよ夏目くん!」

 電話からでも編集長の上機嫌な様子がわかる。

 「今回も初版売り上げは絶好調だ。重版は確定だろうな。しかし、火事に見舞われたのは災難だったね」

 「ええまあ、もともと引っ越すつもりだったので……」

 「売り上げで新しい部屋を探すといいよ。ところで、彼との開発はどうだったかね」

 「最高でした。緊迫感の中、新たな扉が開けた様は壮観でしたね。今、伊坂さんの家にいるんですよ」

 「そうか。よろしく言っておいてくれ。たまに君のPenisが恋しくなると」

 夏目は電話を切って、伊坂の額の冷えピタを張り替えてやった。

 「大丈夫ですか?」

 「ええ……昨日よりはだいぶ楽になったわ」

 伊坂はセーラー服風のパジャマを着てソファベッドに横たわっているが、微妙に丈が合わずつんつるてんになっている。プリーツを模したスカートから伸びる脚は、微妙にごつい。

 「すみません。僕が無理を言ったせいで、インフルエンザをうつしてしまって」

 「そこじゃないでしょ。死ぬかと思ったわよ本当」

 「ベッドに乗っていたから、即死せずにすみましたね」

 「得意げに言わないでよ!あたしのゴスロリがダメになっちゃったじゃない!そりゃ、わかってはいたけど、配信されるっていうから一番お気に入りのを着てきちゃったのよ……」

 部屋の一角に煤だらけのゴスロリ服がかかっている。リボンはおおかた焼けてしまい、真っ白だったエプロンは燃えた木材に擦れて薄汚れてしまっている。

 「明日から何着て生きてけばいいって言うのよ〜……」

 伊坂が薄い毛布を抱いて縮こまってしまった。あんなに手入れされていた長い黒髪も、今では脂じみている。夏目は濡れたタオルで髪を拭いてやった。「ダメなのよ、あたしの髪は、専用のシャンプーとコンディショナーじゃないとサラサラにならないの……」よく見ると、うっすら腕毛が伸び始めていた。

 「身体を拭いてあげましょうか。もう何日も風呂に入っていないんでしょう」

 「嫌よ!私の裸は滅多に見せないのよ。それに今はボロボロだし、お腹にも毛が生えてるし、もう最悪よ!女の子としてダメよこんなんじゃ……」

 伊坂が完全に拗ねてしまった。夏目は困り果てて部屋を見回す。カイジ全巻、サイコブレイク、MACのリップ、シャネルの香水など、ミスマッチな品々が雑多に置かれている。

 「僕はそういうの興奮しますよ」

 伊坂は反応しない。

 「困ったなあ」

 彼は自身の小説を思い返してみる。以前から、何か足りないと思っていた。だがその正体はつかめず、ずっと官能描写に力を入れてきた。

 性衝動以外の感情…… 人間を動かす根源となるものはなんだろう?

 何年も前立腺開発に携わってきた彼女が本当に求めているものはなんなのだろう?

 夏目は、静かに口を開いた。

 「ゴスロリ服ぐらいいくらでも買ってあげますよ」

 伊坂が身じろぎする。

 「伊坂さんは僕の無理なお願いを聞いてくれた。僕は今までリビドーの発現だけが人間を形作るものだと思っていた。しかし、それは違ったようです」

 夏目は伊坂の肩を優しく叩いた。

 「伊阪さん、あなたの”男の娘”としての誇り……そして職業への熱意。僕はそこに心を打たれました。僕がドライオーガズムを迎えることができたのは、火事のせいでも僕のマゾっ気のせいでもなんでもない。あなたの、その情熱だったんです」

 いつの間にか伊坂は起き上がり、夏目を驚いたように見つめていた。

 「あなたがそんなまともなことを言うなんて」

 「本心です」

 「夏目さん……」

 窓ガラスが小刻みに震えている。新宿のビル街を通ってくる隙間風は冷たい。夏目は着流しの上に羽織っているコートを伊坂にかけてやった。

 冬が近づいていた。

 「じゃあ、今度高田馬場のショップに来てちょうだい。ゴスロリに妥協はしないわよ」

 「それがあなたの情熱なら」

 伊坂は優しく微笑んだ。

 「髪、拭いてくれる?……看病してくれて、ありがと」





 前立腺開発から始まった二人の奇妙な友情。それは職に情熱を捧げる、二人の共同作業でもあった。官能小説のように甘美ではなくとも、確かな信頼感がそこに生まれていた。

 そしてまた、大日本帝国出版社に新たな作品が持ち込まれる……。

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